アオハルクエスト
ヤマモト ユウスケ
一章
青春乱闘大声援(2)
問うた武田に、輝木は土の顔で満面の笑みを浮かべて言った。
「芸術的こだわりです!」
「であれば、我からは何も言わないのである!」
土肌や木肌の荒々しい造形ゆえに、|そういう部分《・・・・・・》は再現されていない。だが、トカゲに対処する応援団員や、盾としての役割を終えて荒い息を吐く相撲部が、
「枝で髪を表現しているのに、ボディ側に枝がないってことは、そういう解釈していいってことだよな!?」
「アートは見る側の解釈が重要だからな。良いに決まってんだろ」
「木のうろってさァ……えっちでごわすよなァ……」
中学生みたいになっている。これはいけない。
「集中するのである! バフを絶やさず、トカゲを輝木殿に近づけないように! あれだけ大きいと、張り付いてくるような小さな相手は逆に難敵となるのである! 裸像に乱されすぎであるぞ!」
大真面目に注意したら、団員達が顔を見合わせた。
「団長はいいっすよね、女の子が待ってるし」
「ハァー……硬派な団長はどこへ行ったんですかねぇ……」
「うるさいのである! そもそも高円殿とはそういう関係ではない! 体、文の枠を超えた協力関係を結ぶと決めた、いわば戦友であり――」
言い返しかけて、しかし、
(我まで集中を乱してどうするのである!?)
正気に返って、武田は言った。
「――いいから集中するのである!」
●
地竜と輝木の戦闘は、膠着状態にあった。
どちらも攻撃力は相応。しかし、かたや頑丈な黒い外皮を持つ巨大生物で、かたや土と木で出来た痛覚なき巨人。単なる殴り合いでは、決着が付きづらい。
しかし、あえて優勢、劣勢を語るなら、
(取り込んだ土と木を剥がされるたびに、質量が減ってるんだよね! やば!)
ダメージによって体積が減り、素材の摂食補給に時間と体力を必要とする輝木が劣勢であろう。少なくとも、輝木自身はそう感じていた。
摂食した物質によって素材が変わるのはゴーレムの生態。そこに人型ではあり得ない構造を追加するのが【未完成造形/エメスシェイプ】というスキル。そして、その造形を等身大という枠から大きく変更する【輝ける輝木まろんの大美術/アイ・アム・コンテンポラリー:ACE】もまたスキル。
つまり、使用するたびに体力を消耗する。それも十メートル級の造形となれば、
(日に二回が限度なんだよね!)
だから、今回の戦闘において二度目はない。敗走か、【隔離結界/クロスルーム】送りか、どちらかとなる。夕景の教室の中で永遠に自習を送る羽目になるという、隔離結界の光景も一度は見てみたいが、
(でも|自分から《・・・・》隔離結界に入るのは駄目って、木蓮君に言われてるし……)
ストップがかけられている。あと今日は駄目だ。勝利して帰る日だから。
なので、
「【輝ける輝木まろんの大美術/アイ・アム・コンテンポラリー:ACE】――!」
出し惜しみなく、今、二回目を使う。
相手は造形の変更を待ってはくれない。地竜の前腕が、輝木の胸を打つ。――鋭い爪が沈み込み、貫通する。
土肌を、あえて柔らかくしたのだ。
地竜が腕を引き抜こうとして、しかし、抜けない。
「貫通した状態で固めたのであるな!?」
正解だが、反応している余裕がない。流動的な変化もまた芸術。造形の完成を行わず、変更を行い続ける。
地竜がもう片方の腕で輝木を押して、沈んだ腕を抜こうとする。それも取り込む。両腕を、輝木のボディで固定した状態となった。
巨大質量の変形を繰り返したせいで、頭がくらくらする。
「でも、これで……!」
空いた両の拳で、恐竜型の頭部を左右から勢いよく打ち、挟んだ。
打撃と衝撃。脳にダメージを与え、さらにそのまま変形させて、頭部を包み込むひとかたまりの土塊を整形する。
地竜を含む魔獣の生態はよくわかっていないが、
「呼吸器官を塞げば大抵死ぬよね!」
造形を確定し、固める。土と木のゴーレムが地竜を体全体で半ば飲み込んでいる現状の造形は好みではないが、これもまたアートだ。
地竜が後ろ足でもがく。尾が振り回され、周囲のトカゲ型や巨樹を打ち据え、跳ね飛ばす。
「ぐ……っ!」
激しい動きに連動して、体の固定が緩む。腕の拘束が外れてしまえば、その巨大な爪で顔の封印も剥がされてしまうだろう。しかし、これ以上【輝ける輝木まろんの大美術/アイ・アム・コンテンポラリー:ACE】は使えない。
「おおおお……!」
そこで、トロールが雄叫びを上げて、地竜の後ろ足に組み付いた。
足は巨大な筋肉の塊だ。激しい動きに、振り落とされそうになっているが、
「根性見せるでごわす!」
「食った分働くでごわす!」
と、二名の相撲部員が続いて足に組み付き、地竜の動きを大幅に制限する。
「――お頼み申す、輝木殿!」
「任されましたー!」
恐竜が足掻く。輝木は、全身から土をこぼしつつも、決死の力を込める。
木の骨を軋ませ、土の筋肉を締め上げて、地竜を封じ込める。
相撲部員達も全力でしがみついている。周囲では武田達がトカゲ型を蹴散らして、こちらが集中できるようしてくれている。
少しずつ、少しずつ恐竜型の動きが鈍っていく。
そして、
「……動かなくなりました!」
気絶か窒息かわからないが、抵抗がなくなった。
――そこで、輝木に限界が来た。
ぽんっ、と音を立てて、巨大裸像の首の後ろから、こぶし大の丸い核が排出される。武田が慌てて受け止めると、核の周りに淡い光が集まって、小さな人型を形成した。その人型はデフォルメされた輝木まろんそのもので、
「もうむりですー」
と、体相応の小さな声で主張した。
武田は恐竜型が動かないこと、そして頭全体を土塊が覆っていることを確認し、
「輝木殿、お見事である! 見事、地竜を討伐せしめた!」
手のひらに立つ小さなゴーレムに、そう伝えた。
ゴーレムは嬉しそうに笑った後、すぐにその目を驚きで丸くした。
「たけださん、うしろー!」
反射的に振り返る。巨樹がある。そして、巨樹の陰から、のっそりと姿を現したものがある。
それは、黄色い竜の目であり、その数は六つ。
「――地竜が、もう三頭であるか……!?」