キマイラ文庫

アオハルクエスト

ヤマモト ユウスケ

ビューワー設定

文字サイズ

フォント

背景色

組み方向

アオハルクエスト

ヤマモト ユウスケ

一章

地竜戦(5)


 聖十郎は、小さな両手を緩やかに広げて、会議室の皆に見せた。


「さて、勇気とやる気と暴力性に満ちあふれた我が学友ども、有志諸君よ。今回の恐竜型モンスター、命名“地竜”討伐は、特殊な事例ではあるが、おそらくは“よくある特殊な事例”になると考えられる案件だ。つまりは――武田代表、自分で言うかね?」


 長机の端にいる男に話を振る。武田は頷いて立ち上がった。


「体育会代表、武田権太郎である。“よくある特殊な事例”について話す前に、現状を共有しよう。現状、つまり、戦闘行為を我ら体育会が占有的に請け負っている状態である。それは、我らが主に獣人であり、戦闘に適しているからであった。しかし――」


 武田は馬耳を揺らして、息を吐いた。


「――我らは戦闘の専門家ではない。最初から分かっていたことであるが、我ら体育会系こそが誰よりも肉体を上手く動かせるのだという自負と矜持が、その表明をここまで遅らせてしまったのである。今回の“よくある特殊な事例”は、我らだけでは対処しきれん事例である。つまりは――助けていただきたい。助けてほしいのである。我ら体育会だけでは地竜を倒せんがゆえに」


 聖十郎は内心で「やっと素直になったなコイツ」と思いつつ、右手を挙げて口を開く。


「ありがとう、武田代表。というわけで、生徒会としても、まったく同意見でな。助けてくれ。我々は戦闘の専門家ではないから、キモい両腕ティラノを倒す手段が思いつかん。まあそもそも、戦闘の専門家なんて、高校にいるわけがない。知恵が足りん」


 しかし、


「そっち方向の知識がある者なら、いないわけではない。すでにeスポーツサークルとミリタリー研究会には参加を約束してもらっている。歴史研究会、サバゲー同好会にも助力を請い、一旦、“何が出来るか”を把握してもらうために、今日の会議に招待している状態だ」


 会議室内で、ちらほらと会釈が見える。彼らは、現実が見えている側の人間だ。つまり、


(自分たちはマニアかつオタクだが、しかし素人……ゆえに、現実の戦闘行為には役に立たないという、ごく当たり前の結論を持っている)


 知れば知るほど、詳しくなれば詳しくなるほど、乖離を把握できるようになる。だから、彼らはこれまで、前線に出ようとしなかった。


「私達はみな素人、それが事実。しかし、その中で、彼らが|マシな素人《・・・・・》なのは、間違いの無い事実だろう。であれば、三人寄れば文殊の知恵だ。地竜を倒すために晴天学園の知を結集したいのだ。……とはいえ、船頭多くして船山に上ることになるわけにはいかんから、そこは武田に立って貰うがね」


 前置きが長くなったが、スタンスは示せた。


「我々は総力を以て、この異世界に挑まなければならない。口にすれば、何を今更という話ではあるが……しかし、それが全て、アルファでオメガだ。体育会、文化会、その他あいまいな立ち位置のサークルから帰宅部に至るまで、全員が力を尽くす。ギルド委員会とクエスト方式は、そのための仕組みだ」


 というわけで、


「前置きが長くなったが、仕事の話をしよう。公共事業としての拠点防衛は、あくまで学園内だけ、学園長の【晴天領域/スクールリング】の範囲と定めている。今回のような郊外遠征は、可能な限り防衛担当の力を使わずに終わらせたい」


 語る。


「出来れば、少数精鋭の有志によって、スマートに解決したい。ゆえに、クエストを発出し、諸君らを集めたわけだが――ひとまず、この形式に関して何か質問はあるかね?」


 手を上げたのは、狐耳の美女だ。


「はい、そこの悪女。質問を述べたまえ」

「悪女とはまた過大な評価でございますけれど、ええ、代表委員長の源湊でございます。質問なのですが――野球部の斉藤様のスキルで、遠距離から倒してしまえば良いのではありませんか?」

「良い質問であるな。我が答えよう」


 武田権太郎が再びマイクを手に取った。


「その策は我も考えたが、問題点が二つと、事情がひとつあるのである。問題点のその一は索敵。地竜は、おそらく学園近隣を徘徊しているが、その居場所を正確に把握出来ないのである。狙い撃ちは難しい」


 二つ目は、と言葉を続ける。


「校外がジャングルであること、である。斉藤はカーブも投げられるが、威力は下がる。あれだけ巨樹が多いと、モンスターに届く前に障害物にぶつかる可能性の方が高いだろう」


 そして、最後に事情。


「現状、巨鳥型モンスターが再出現した場合、対応できるのは斉藤だけなのである。飛行能力を持つ種族の生徒もいるのであるが、斉藤なしでの対処は難しい。そんな防衛戦力を校外に遠征させるのは避けたいのである」


 なるほど、と源湊が頷いた。


「納得いたしました。ありがとうございます」

「うむ。黒揚羽生徒会長、マイクを返そう」

「ありがとう、武田。では、ほかには?」


 はーい、と元気よく手が上がった。

 聖十郎が指を差すより先に、栗毛を跳ねさせ、女子生徒が立ち上がった。


「現代美術研究会、会頭の輝木まろんです!」


 ●


 輝木まろんは笑顔で問う。

 先輩で権力者だが、物怖じはまったくしない。そもそも、そういう感情を得たことがないタイプだ。


「根本的な質問なんですけど……わざわざ校外に行く意味って、何なんですか?」


 だって、


「危ないじゃないですか、外。だったら、引きこもっていれば良いんじゃ無いかって思うんですけど、駄目なんですか? 学園内で防衛だけやってれば、ひとまず安心安全なんじゃないですか?」

「いい質問だな、問題児。木蓮の裸像を作ることを許可しよう」

「会長!? 何言ってるんですか!?」

「わーい! ありがとうございます!」


 輝木は両手を挙げて喜んだ。だって、細身の悪魔の裸像だ。作りたいに決まっている。しかも荒坂木蓮だ。輝木は木蓮が好きだ。性格が良くて生真面目で優しくて、そして何より揶揄った時の反応が面白い。


「で、外へ行く目的は、そうだな。一言で言えば調査だが……調査の目的は情報の収集と有用な資材の捜索だ。一つずつ見ていこう」


 生徒会長がちっちゃい指を一本立てた。


「まず、情報収集について……無論、今はありとあらゆる情報が欲しいのだが……主に欲しい情報は二つだな。一つ、地球に帰るためのヒント。これは説明不要だろう。二つ、開墾可能な場所の捜索。コレが結構重要なのだ」

「開墾?」


 首をかしげると、木蓮がごほんと咳を打った。


「そこの説明は、僕から。いいですか、輝木さん。いま、我々晴天学園が直面している問題は、SP不足……ざっくり言うと、金がありません。人間――僕はダークデーモンですけど――ご飯を食べないと、生きていけませんよね」

「私はゴーレムだから、最悪、土と水を補給するだけでも生きていけるよ? 見た目は悪くなっちゃうけど」

「あー、そういう種族もいますが……生徒、職員の大半は、食事が必要です。輝木さんみたいに食事がほぼ必要な異種族もいますけど、大型の獣人種は相当な量を食べます。水道光熱費等を加味して、一人あたり一日平均1000SPかかると試算しています。上下差はありますけど。しかし、我々のSPは限られています。なので、我々に必要なものは、」


 木蓮は言葉を区切って、非常にわかりやすく言ってくれた。


「節約です」