キマイラ文庫

アオハルクエスト

ヤマモト ユウスケ

ビューワー設定

文字サイズ

フォント

背景色

組み方向

アオハルクエスト

ヤマモト ユウスケ

一章

青春白球大暴投(4)


 如月院真理愛は、鷹の翼がひときわ大きく羽ばたくのを見た。


(突っ込んできます――!)


 そう思って、真理愛はサイコキネシスに力を込める。

 【黒魔法/サイコキネシス】は、校章型の魔法陣を力場として形成する能力で、


(感覚としては、動かせる丸い壁を生み出す能力……といったところでしょうか)


 同時に展開できる校章陣の数に限りはないが、壁状の力場ゆえに複雑な動作は出来ないし、強度やサイズ、距離にも限界がある。生み出すたびに疲労を感じてもいるから、おそらく、体力的な上限があるのだろう。

 現実的な同時展開可能数は、せいぜい四枚。それ以上は操作に集中できない。一枚を扱うときですら、手指で示して――例えるなら、巨大なスマホをフリックするような感覚で操作しているのだ。それらを、効率的に防御に回すなら。


(狼用に一枚、あとはすべて鷹の前に……!)


 右手の操作で三枚を重ね、鷹の進路に置く。

 狼はこちらを囲って様子見をしているが、つまり鷹の突撃が終わった後に襲い掛かってくる算段だろう。あるいは、鷹の突撃に巻き込まれたくないのかもしれない。

 鷹は加速している。はるか高度から、数秒もしないうちに突っ込んでくる。おそらく、時速百キロを超える勢いで。


「止めます……!」


 宣言する。その、一秒後。


 ゴッ!! と、上空、斜め上の角度から、鷹が突っ込んだ。


 ――力場がたわみ、ガラスのように砕ける。破られたのだ。三枚が、ほとんど一瞬で破られた。多少の妨害にはなったが、速度をいくらか落とした程度。

 まずい、と真理愛が認識するよりも早く、予測していたかのように、動いた者がいた。


「おお……!」


 斎藤だ。鷹の頭部に、金属バットのフルスイングを叩き込む。

 それによって、進路がズレた。

 砂埃を巻き上げて、突っ込んできた勢いそのままに、鷹は真理愛たちの斜め後ろに向かって突っ込んだ。巻き込まれた数匹の狼が、一緒になって転がっていく。ベンチ席に突っ込んで、いろいろなものを破壊して、ようやく止まった。

 桐野が苦しそうに「グラウンドが……」と呟いた。

 一方で、斎藤は眉をひそめた。衝撃でくの字に変形したバットを捨てて、「まだだ!」と叫ぶ。


「副会長のバリアの、おかげで遅くなったから、まだ狙えたけどよ……芯にヒットした感覚がない。てかバリバリのファウルゾーンだ! まだ生きてるぞ、あいつ!」


 真理愛は見た。鷹がベンチ席から飛び出して、こちらに向かって突進し始めている。両羽が、羽ばたいている。――もう一度、飛ぶ気だ。


「如月院副会長、迎撃しろ! 飛ばせるな! 防げる威力ではなかったし、斎藤のバットも折れた! 次は全員やられるぞ!!」

「は、はい!」


 真理愛は余らせていた校章陣を鷹に向かって射出する。正面から校章陣の衝突を食らった鷹は、少しだけ仰け反ったが、それだけだ。抑えつけるには、威力がまるで足りない。

 鷹は大きく羽ばたいて、その巨体を宙に浮かせた。鋭い爪先が、真理愛たちに向く。真理愛は反射的に、腕に抱いた聖十郎を抱え込んで伏せた。

 耳がおかしくなりそうな音を立てて、豪風が頭上を通り過ぎていく。

 ――きゃあ、と誰かが叫んだ。


「――桐野!?」


 桐野が、その爪先に握りしめられていた。

 掻っ攫われたのである。


 ●


 斎藤はすでに、ビッグフットの能力を把握していた。

 【走攻守三拍子/フィジカルブースト:バランス】――すでに巨大かつ強靭なビッグフットの身体能力を一段階引き上げる力だ。

 つまり、何ら特別なことが出来るような能力ではない。


「真理愛!」

「ダメです! 私の【黒魔法/サイコキネシス】じゃ、もうあそこまでは……!」


 生徒会長と副会長が、何か言っている。

 斎藤は空を見上げた。鷹は、どんどん遠くなっていく。まだ飛び始めだが、高度を上げて本気で飛び始めたら、追い付くことなど不可能になる。

 そうなったら――そうなったら、桐野は、どうなる? 巣に連れ帰られるのか、あるいは高高度から地面にたたきつけられるのか。どちらにせよ、ろくな未来にはならないだろう。

 ピンチだ。崖っぷち。満塁で敵チームの四番バッターを迎えるようなもの。


(――どうする!?)


 斎藤の脳の芯が燃え上がるくらい赤熱して、動きが止まる。


「――斎藤ォ! 受け取れ、バカ!」


 誰かの声がした。はっとする。振り返ると、グラウンドの入り口あたりで小林が腕を振りかぶっている。反射的に手を構えると、ビッグフットの分厚い手のひらに、ばしん! と快音を立てて、白球が収まった。白い革のボールに赤い縫い糸。高校練習用の硬式野球ボール。

 体のサイズが変わって、片手で簡単に握り込めてしまう。感覚がまるで違う。そのはずなのに、いつも通り斎藤の手のひらに――馴染む。


「お前の武器はそれだろうが! 投げろ、エース!」


 小林の言葉に、体の芯がさらに熱くなる。燃え上がるように、熱く。

 黒揚羽生徒会長が「届くのか!?」と驚いている。届くかどうかではない。届かせるのだ。


「ピッチャー……振りかぶってェ……」


 投球のフォームを取りながら、呟く。青い光が、斎藤の内側から漏れ出て、背中で一つの形を作る。

 月桂樹の模様で作られた円の中に、荒々しい毛筆体で『晴天』の文字を収めた晴天学園の|校章《エンブレム》。

 校章陣。【走攻守三拍子/フィジカルブースト:バランス】の出力が、跳ね上がる。

 そして、


 ――|青春《アオハル》が、|超稼働《フルドライブ》する。


 ●


 ――魂の輝きが一定値を突破いたしました。ACE認定を行います。


 【走攻守三拍子/フィジカルブースト:バランス】

 【一番投手斎藤/ファーストピッチャー:ACE】


 ――今後も皆様の奮闘を遠く地球よりお祈りしております。


 ●


 「投げた」までは言わない。ただ、歯を食いしばって全身を駆動させるだけだ。地面を踏みしめた力が、足腰から背中を通って、腕のしなりでボールに伝達する。

 野球を始めてからずっと、毎日欠かさずやり続けていたこと。

 ただ、最高の一投を夢想して、それを再現すべく汗を流して、しかし、そうはならない現実と戦うだけ。つまるところ、いつも通りの、


(――全力投球だ!)


 どぱんッ! と、空気が破裂する。

 青空に、白が一閃。

 白球は音を置き去りにし、空を突っ走る。

 渾身の一投が、狙い通りに鷹の体へと吸い込まれた。

 命中――。

 大砲のような一撃が、鷹の肉体に衝撃を伝える。速度は、そのまま圧力となって、鷹の内側から外側へと広がって、鷹の肉体が大きく膨らんだ。

 直後、大きな筒状の白球通過痕を中心にして、風船のように破裂した。

 鷹が、落ちる。

 ――同時に、爪から解放された桐野も落下する。

 斎藤は、投球後の残身もそこそこに、猛烈な勢いで走り出した。


「おおおおお……ッ!」


 二、三塁間を抜けて、まだ走る。

 目指す場所は、グラウンドの端、ギリギリの位置。

 ――スライディングで滑り込む。落ちてきた桐野の体を、両手で受けとめる。ビッグフットの大きくて強靱な肉体で、桐野のことを力強く抱きしめた。


「よかった、桐野……!」


 抱きしめられた桐野は目を白黒させ、少しだけ、状況を把握するための間を置いて、斎藤の顔を見つめた。


「……ピッチャーが無理に捕球しようとするのは、よくない癖ですよ」

「見逃したくなかったもんでな」


 斎藤は笑った。笑って、そして、ごく自然に言葉が零れ落ちた。


「桐野、好きだ。付き合ってくれ」


 ●


 全てを見ていた小林が、右拳を前に出した。


「――ットライクぅ……! ど真ん中じゃねえか!」