アオハルクエスト
ヤマモト ユウスケ
一章
黒獅子(3)
真理愛は、その光景を一番近くで見ていた。
抱きしめていた聖十郎が、膨らんで、姿を変えていったのだ。
身長三〇センチメートルのぬいぐるみじみた妖精形態から、転移前と同じ身長一七〇センチメートルの肉体へと。
ただし、その背中からはひときわ大きな黒い蝶の羽が広がって、輝く鱗粉を散らしている。
聖十郎は己の羽で滞空し、真理愛を振り返った。
「……ふむ。どうかね? イケてるかね?」
「抱きしめにくくなりましたね」
「私からは抱きしめやすくなったがね」
「あら、それは……素敵ですね」
笑う。
驚きはあったが、それ以上に通じ合うものがあった。
『さて諸君! 気合を入れ直したまえ!』
蝶の羽が羽ばたき、鱗粉が拡散する。
『晴天学園の興亡、この一戦にあり! 奮起せよ晴天学徒!』
念話が拡散し、共鳴し……、反応が返ってくる。
生徒達の『おう』と応じる声、『怪我人こっち二人』という報告、『黒獅子は玉砂利の外に出ないっぽい』という観察……。
それらが一瞬聞こえて、しかし、すぐに聞こえなくなる――否、別の|チャンネル《・・・・・》に繋がれているのだ。その事柄専用のボイスチャンネルへと。
真理愛は、気づく。
(これは……全員が、聖十郎君を介して繋がって――)
鱗粉だ。鱗粉に触れた者達全員が、念話で接続されている。
他人と他人を繋ぐのは、かなりの体力を消耗するはずなのに、それを難なくこなしている。
しかも、おそらく――その中で行われている会話を把握し、適切な相手と繋ぎ、チャンネルを共有させているのは、黒揚羽聖十郎だ。
それは、ひとつの連携を生む。
『――私が来た! この暴君が、前線に来た! よもやこれでも負けるとは言うまいな! さあ、勝つぞ、諸君!』
戦場を上空から俯瞰して見る聖十郎と、必要な情報と行動を託され実行する生徒達の連携を。
『正面、バスケ部! そうだ、黒獅子の視線に入れ! 攻撃されそうになったらすぐに散開しろ! 無理に攻撃する必要はない! タゲとったらすぐ回避だ!』
聖十郎が指示を出す。
魔獣の正面には、|バスケ部《兎獣人》など、足の速い者達を。
『遅くてパワーのある奴らは横から行け! 獅子吼の竜巻は驚異だが、口から出ると分かっているなら、避けようはいくらでもある!』
その隙に横合いから接近させた|相撲部《トロール》や|柔道部《熊獣人》が組み付いて、動きを封じる。一人では無理でも、数人で連携すれば可能だ。
誰もが、共有された一つの目的に向かって邁進している。
黒獅子の討伐。
いま、晴天学園の前線は、黒揚羽聖十郎を頭とする、一個の生物と化した。
蟻が群がるように、黒獅子に組み付き、重みで四肢を地面に縫い止め、動きを固定する。
●
――黒獅子が、空を見上げた。
黒揚羽聖十郎を見た。
あれが――あれが、己を苦しめているのだと、理解した。
ならば。撃ち落としてしまえばいい。幸い、黒獅子には可能だ。
顎を大きく開き、その内部から溜め込んだ力を――
「副会長、固定したぞ。――締めを頼む」
「はい、会長。お任せください」
――放つ、直前に。
黒獅子は、強い衝撃と圧迫を食らった。
上と下から、挟み込むような衝撃だ。
複数枚の紫色の校章陣が、黒獅子の頭部を挟み込んで、顎を強制的に閉じさせていた。
見上げる視界には、蝶羽が見える。
己を破壊する、黒い蝶羽が。
――行き場を失った嵐の獅子吼が、口内で暴発した。
●
黒獅子の肉体が、どう、と玉砂利の上に倒れた。
頭部を失っており、確実に死んでいると、誰が見ても明らかだった。
「さて」
黒揚羽聖十郎が、玉砂利に降り立つ。
ACEスキルの効力は、あと数分で切れるだろう。
(……またあのぬいぐるみサイズに戻るのか)
苦笑しつつ、指示を出し続ける。
『我々の勝ちだ、諸君! 黒狼、黒蜥蜴の残党に注意しつつ、怪我人の救助に移行せよ!』
それから、振り返る。
一歩後ろに控える真理愛を見る。
「真理愛は一緒にオヤシロの確認だ。……どうした?」
「まだ抱きしめてもらっていませんよ?」
「そうだったな」
抱きしめる。平岩から『何しとんねん! はよせえや!』と念話が来るが、無視だ、無視。
……数秒、そうしてから、真理愛を離す。
「では、オヤシロを」
「うむ」
軽く翔んで、朱塗りの建造物の前に立つ。
小さな祠だ。聖十郎が、扉に手をかけ、開く。
「む、これは……!」
オヤシロの内側から光が溢れ出した。
●
――支援リソースの授受に成功しました。以下を適用いたします。
・五億SPの付与
・|生徒手帳《ルールブック》への妨害の一部解除
――今後も皆様の奮闘を遠く地球よりお祈りしております。
●
そんな声を聞いた。
そして、白い光が収まった後には、何も残っていなかった。
朱塗りのオヤシロは跡形もなく消え去っており、
「……ぬ?」
聖十郎は玉砂利の上で首を傾げ、固唾を呑んで見守っていた真理愛を振り返る。
「これ、消えたのって、私の責任問題になると思うかね?」
「大事な調査対象ですからね。大事になりますかと」
「だよなぁ。……ちなみに、今の声は聞こえたか?」
「声? ですか?」
今度は真理愛が首を傾げた。
なるほど、と聖十郎は頷き、本校舎にいる木蓮に念話を飛ばす。
「おい木蓮。予算を確認しろ」
『は? 何ですか、いきなり。――うわ五億も増えてる!? なんで!?』
「確認ありがとう。じゃあその増えた分込みで、明日からの予算を再計算しておいてくれ。あと生徒手帳も再チェックな。よろしく」
念話を切って、年下からの罵詈雑言をシャットダウン。会計は大変だな。
「……ふう。色々考えることはあるが……」
ここでの調査は終わりだと、そう判断する。
オヤシロは消え、SPを得て、あとおそらく生徒手帳にも変更があるはずだ。
「成果はあったと、そう言えるはず――」
その時、視界の端に、黒いものが映った。
玉砂利の範囲、その外周ギリギリに、黒い人影がある。
鱗粉で周辺をカバーしている聖十郎には、わかる。
それは|生徒ではない《・・・・・・》と。
大きくはない。人型のそれは、こちらをじっと見据えている。
『何者だ、貴様!』
とっさに、聖十郎が念話を飛ばして問いかけた。
生徒でないなら、何者なのか。この世界の住人か。だとすれば言葉が通じるだろうか、いや、通じなくとも友好的な態度を――。
念話に対して、黒い人影は、びくりと体を震わせた。
その人影は、ゆっくりと首を傾け、
『……なに、もの……?』
声変わり前の児童のような、素朴な声音の念話が返ってきた。
やや面食らったが、
(意思疎通が可能な生物であるのは間違いない……!)
これはオヤシロ以上のヒントだと判断する。
何が何でも、情報を引き出したい。
『私は晴天学園生徒会長、黒揚羽聖十郎だ。貴様は何者か、と問うている!』
『せい……くろ……じゅろ?』
だが、あまりにも受け答えがぼんやりしすぎている。
『貴様は――』
『じゅろ……』
話を続けようとしたところで、ふいに、黒い影が横を向き、そちらに右腕を向けた。指さすように。
釣られて聖十郎もそちらを見る。ジャングルが広がっているだけだ。視線を戻すと、黒い影はいなくなっていた。見えなくても、念話なら届くはずだが、
(受け取り先が……ない……!?)
忽然と消えていた。人型の、思念を持つ者が。
「黒揚羽生徒会長、追いますか」
真理愛が校章陣を浮かべて言う。
聖十郎は首を横に振った。
「……先にオヤシロ攻略の後処理と休息だな。我らは死力を尽くしてボロボロで、多くの生徒が隔離結界に入っている。回復の時間が必要だ。そして――」
謎は残ったが、当初の目的は達し、莫大な額のSPすらも手に入れた。
太陽を見上げる。黒揚羽聖十郎は笑った。
「――晴天の下の勝利だ。休んだら、盛大に祝わなければな」