アオハルクエスト
ヤマモト ユウスケ
一章
不信任決議(4)
「論外だろ」
と、斉藤は吐き捨てた。
野球部は防衛待機中の部員を除き、ほとんどが部室に集まっている。プロジェクターに公開討論会の配信を映して視聴中だ。
斉藤は最前列で、椅子には座らず胡座をかいている。
「それ、生徒に致命傷を負わせるってことだろう。ンなもん、誰が賛成するってんだよ。なあ、桐野」
「……はい。私も、心情的には反対です。倫理的にも」
その隣、椅子に座った桐野が、ややもったいぶった同意を寄越した。
プロジェクターを操作している部長の小林が、
「心情的、倫理的には、か。含みのある言い方じゃないか、桐野」
と、桐野に問いかけた。桐野は頷く。
「はい。生徒をただただデータとして、数字として見れば……おそらく、最適解の一つなんじゃないかと思います」
部室がどよめく。眉をひそめた否定的な反応が多い。
斉藤は手を挙げて注目を集め、
「まあ待て。――マネージャー、説明してくれ。いつもみたいに、俺らにもわかるようによ」
「了解です、斉藤先輩。……小林先輩、プロジェクター、いいですか?」
了承をもらった桐野は自分のタブレットを操作して、プロジェクターが映す配信画面を小さくし、その横にデータを映し出した。生徒会がイントラネットで公開している予算と会計に関するデータだ。誰でも見られるが、ほとんど誰も見ない類いのデータである。
「私がこれから言うことは、倫理を排した、ただの数字の話です」
桐野はそう前置きして、データの一部を枠で囲って強調表示した。
「平岩監査委員長の言う通り、9000人を【隔離結界/クロスルーム】送りにした場合、学園の生活人数は約500人の職員と約1000人の生徒、合計1500人になります。生徒会では、生徒職員各一人が、水道光熱費なども込みにして、一日あたり平均1000SPの生活費を消費すると計算しています。よって、必要な予算は一日あたり150万SPとなりますね」
これは出ていくSP、つまり出費である。出費の次に考えるべき要素は、当然、収入だ。
「防衛によって得られた魔獣素材を変換することで得られるSPは一週間あたり約1000万SPという結果が出ています。これを七で割れば、一日あたりに稼げるSPが判明します。つまり――」
電卓アプリを表示して、1000を7で割ってみせる。
「――一日平均、約143万SP。必要経費として見積もっている150万SPに対してはマイナスですが、しかし、現状の大赤字に比べれば微々たるものです。それに、生徒会予算も六億SPは残っています。これらを併せて計算した場合の、サバイバル可能日数は……」
赤字のマイナス8万で、残りの六億を割ればいい。
「……約7500日。ざっくり二十年間ですね」
「待て待て待て。そんなにサバイバルしたくねえよ、俺。第一、それ、つまり防衛が現状と同じように機能すれば、の話だろう? あー、んっと……」
小林が頭を揉みながら、首を傾げた。
「9000人もいなくなったら、装備を整えたり飯作ったりする奴……ええと、兵站? で、いいのか? それが機能しねえんじゃねえのか……?」
「はい。機能しなくなると思います。確かに9000人の生徒数削減によるコストカットで財源不足は解決できるかもしれません。ですが、生徒数削減のせいで、兵站を含む安全保障と、地球への帰還策、そして生活に関する諸問題が解決できなくなったら、本末転倒です。平岩候補は連鎖的に解決できるとか言っていましたけど……」
なるほどな、と斉藤は相づちを打った。
「要は、まだ一回表の一番バッターなワケだ。平岩の攻撃はこっからってことか」
●
平岩金雄は、力強く、わかりやすい言葉を意識する。
非人道的な案であろうがなかろうが、正しかろうが間違っていようが、
(自信満々であること。壇上に立つ者の、大前提や)
だから、身振り手振りを交えて、断言調で言葉を続ける。
「諸君らは倫理や人道を重んじる。それは素晴らしいことや。晴天学園の同窓として、非常に誇らしい。……けどな? 倫理や人道で対処出来へんから――初等部生徒の飛び降り事件が起きた。これが現実や」
「平岩! それは当該生徒に対する配慮を欠く物言いだぞ!」
「不規則言動やで。――議長」
「認めます。黒揚羽聖十郎様、お静かに。……ですが、平岩金雄様もまた、言葉にはお気をつけください。該当生徒についてはプライバシー保護の対象となっておりますので」
あいあい、と相槌を打って、続ける。
「ともかく……ええか? 隔離結界に入っとる間は、飯も食わんし水も飲まんし電気も使わん。消費SPゼロや。でも、それだけやない。隔離結界に入っとった生徒は全員、夢を見たっちゅう証言をしとる。ほんで、その夢のシチュエーションは、共通しとるな。もう噂が出回っとるし、みんなも聞いたことあるやろ」
それは、
「夕方の教室で、ぼんやりとホームルームを聞き流す夢。担任の先生の結界やからってことなんかも知れへんけど、大事なんはそこやない。カラダや。その夢ン中では――」
金雄は、小さくなった己の体を両手で示した。
「――この、変わってしまった異形の肉体やのうて、ちゃんとした、元の人間のカラダやったと、全員がそう証言しとる。で、あればや」
金雄は、断言する。
「この過酷な環境で、異形に変わってしまった体と向き合いながら、先の見えへんサバイバルをするよりも。隔離結界に入って、人間の体で、ぼんやりと過ごす――そっちの方が幸せなんちゃうか?」
大講堂がざわつく。そうだ。考えてみろ――夢を見ている方が、マシな現実だってあるのだから。
もちろん、倫理的なハードルがある。致命傷を与えなければならない、という点だ。痛いのは誰だって嫌だ。だから、
「その順当な願望が、例えば多めに睡眠薬飲んで寝て、その間に失血や酸欠なんかの比較的穏当な手段で達成できるとしたら、それは眠っているのとなんら変わらん。死ぬわけやない、隔離されるだけや」
|言い方《・・・》を変える。
それによって、認識をずらす。自死ではなく、眠るだけであると。それだけで、ずいぶんと受け取る側のハードルが下がる。何より、潜在的に|眠りたい《・・・・》と思っている生徒は少なくないはずだ。
(初等部五年の女子の飛び降り。自分も楽になりたいって希死念慮を誘発され、しかし、周囲によって止められとる生徒の暗数。言い訳を用意してやるだけで、そいつら丸ごとウチの支持層になる……!)
つまり、衆愚だ。
「順番に眠りについて、約二週間で復活して、また順番に眠りにつく。起きてるときに、浮いた予算でええメシ食うのもアリやな。それを繰り返す――そうするだけで、大幅に予算が削減できる上に、異形の肉体に悩むことも減る。これを以て、メンタルケアを含む生活に関する諸問題に対する回答とさせていただくで」
愚かでか弱い生徒達。心が折れて足を止め、しかし寄る辺もなく、ただ立ち尽くすだけの、権力が立って守るべき大切な生徒達。彼らの退廃的な希望を叶えつつ、政治経済を回す。今回、平岩金雄が政争によって目指す形だ。
「とはいえ、そこまで人数を減らせば、安全保障を不安に思う生徒もおるやろ。文化系も体育会系も、相当数が減ることになるからな。けど、人数を減らすことで、生徒会予算の残り、六億SPがほとんど浮く。これによって、安全保障に対する不安を解消できると、証明する。その手段は――」
金雄は、小さな背中に紫色の校章陣を浮かべた。
「――監査委員会、レプラコーンの【通貨魔法/コインマジック】や。契約を交わした相手に時給として5000SPを支払うことで、契約相手の能力を一時間、自分のスキルとして行使出来るようになる」
突然のスキル行使に驚く生徒達を見ながら、悠然と指を鳴らした。
するり、と指先から糸が垂れる。それは強靱な魔法の糸。本来、金雄には扱えないはずのものだ。
「わかるか? 今、【魔糸紡ぎ/アラクネスピニング】を使っとる。裁縫系サークル、アラクネの持つスキルやけど……レプラコーンなら、時給を支払うだけで扱える。生産系だけちゃう。契約すれば身体強化系のスキルも使えるで」
いくつかの例外はある。例えばACEの名を冠するスキルは雇用できない。だが、今は言わなくてもいいことだ。
大切なのは『レプラコーンが多くのスキルを代行できる』こと。
それはすなわち、
「ウチらレプラコーンが、隔離結界入りする全ての生徒と契約しておけば、足りなくなる学園の機能も、十分に代行可能や。全ての能力を|監査部《オーディット》へ――それだけで、生産も防衛も、事足りる。これを以て、安全保障政策とさせていただくで」
ほぼ浮く六億SPで、学園機能を代替するのだ。……本当のところを言えば、完全な代替は不可能だろう。レプラコーンはそう多くはない。五十名もいないから、隔離結界入りする生徒のやっていた仕事の全てを代行するのは非現実的である。
しかし、生徒の数を減らすという前提ならば、仕事の数も相応に減る。兵站も必要数が大きく変わる。試算の上では、可能だ。
(ウチの政策は、生徒削減を前提としとる――)
だから、生徒削減による財源確保を最初に挙げた。
精神のケアは隔離結界による保護で対応し、安全保障はレプラコーンの【通貨魔法/コインマジック】で解決可能だと示した。
ならば、最後に挙げるのは、残った一つ。
「最後に、地球への帰還策についてやけど。ウチは、コレについて新しいアプローチを提案するで。それは――」
一呼吸置いて、金雄は宣言する。
「――ただ、待つだけ。以上や」