キマイラ文庫

アオハルクエスト

ヤマモト ユウスケ

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目次

アオハルクエスト

ヤマモト ユウスケ

一章

不信任決議(9)


 兼光雅美は、大講堂の最後列にある貴賓席にいた。

 雅美自身が賓客というわけではなく、


「兼光さん、あなたも座ったら?」


 笑顔で話しかけてくる学園長をはじめとする、解散総選挙を見物に来た教師陣の付き添いである。貴賓席には他にもMDSのメイド達が数人控えているので、兼光の仕事は主に護衛――そして|監視《・・》だ。


「いえ、小官はこちらで」


 と、貴賓席の斜め後ろから応える。


「仕事熱心ねぇ。そんなに警戒しなくても、私は学生自治を侵害する気はありませんよ」

「平岩閣下の提案のような、倫理に反した政治家が台頭していても、でありますか」

「あなたこそ、言いたいことがありそうですけれど。どうなのかしら?」

「……小官は教員監視役も兼ねておりますので」


 晴天学園には代々、教員監視役と呼ばれる生徒がいる。

 学生自治が揺らぎかねない政情下で、大人達を監視、牽制するのが役割だ。今年は兼光雅美が、その責を負っている。なお、前任者による完全指名制であり、例年、思想が強くて退学を怖がらない|勇猛果敢《・・・・》な生徒が選ばれる。


「政治に口を挟む気はありません。小官は勝った方に従うだけでありますゆえ。ただ、現状認識として言えば、平岩閣下の方が黒揚羽総帥よりも優勢に見えますな」

「倫理に反しているのに?」

「倫理など、すぐ揺らいでしまうものであります。揺らがず、毀れず、人類の根幹に存在するものであれば、誰も口酸っぱく倫理だ、道徳だと言いますまい。それらの教育だって必要ないでしょう。倫理とは、そもそも脆く儚いものなのであります」

「そうねぇ。簡単に消えてしまうからこそ、維持し続けなければならないもの……そういうことよね」


 兼光にとっては意外なことに、学園長、皐月ガブリエルはこの段階に至っても微笑を湛えていた。


「……まさか、面白がっているのでありますか? この状況を」

「政治は最高のエンターテインメントよ? それに――信じているもの」

「信じている……? 黒揚羽生徒会長を、でありますか」

「貴方たちを、よ。全校生徒を信じているの。平岩さん達、野党勢力も含めて、全員をね。貴方たちならきっと、より良い未来を選択できると。……いえ、少し違うわね。貴方たちが選んだ選択肢こそがより良い未来であると祈っている、かしら」

「で、ありますか。……失礼いたしました、ぶしつけな質問を」

「いえいえ。貴女の立場は、失礼なくらいでいいのよ」


 兼光は静かに敬礼をして、居住まいを正した。

 中休みの終わった大講堂は再び生徒で埋まりつつあった。メディア系の学生達も戻ってきて撮影機材を構え、壇上へと向けている。配信が再開しているようだ。


(黒揚羽生徒会長は――さて、どうやってこの状況を巻き返すのでありますかね)


 無人の壇上に、源湊が一礼して登壇し、議長の席に座った。続いて、シャワーを浴びて制服を着替えたのか、さっぱりした様子の平岩金雄と、自信に満ちあふれた笑顔の黒揚羽聖十郎が、それぞれの椅子と座布団に着く。

 後半戦が、始まる。


 ●


 マージでどうしよう。終わったか。


 と、いうのが壇上に立つ黒揚羽聖十郎の偽りなき本音だった。

 このまま「倫理的にアウト」で押し通しても、それなりの得票は得られるだろう。そもそも地盤が強いし。だが、


(地盤、平岩もなかなかに強いのだよな……)


 政治家としての活動歴は、そのまま、支持者の多さに繋がるし。今回、平岩は斬新かつ「何かが変わりそう」な政策によって、浮動票の少なくない割合を分捕っていくことだろう。

 浮動票。そう、浮動票だ。学園政治では、浮動票が大きな要素になる。学生生活には区切りがあって、毎年新しく入るものと毎年必ず出て行くもの――つまり入学生及び転入生と、卒業生がいる。その数はおおよそ同じで、生徒総数に大きな変化はないが、毎年、中身が変わっているのだ。


(中等部、高等部からの転入生も少なくない。人数比としては、初中あわせて五割、高等部で残り五割といったところ。夏の不信任で、春からの新入生、転入生は初めての選挙となる。ゆえに、いま現在の割合を類推するなら――全校生徒の約四割が支持政治家のいない浮動票かね)


 この状況下においてなら、浮動票はおそらく、平岩のほうに動きやすい。

 しかも、先ほどアホの広報が派手に負けてしまったことで「平岩に任せてしまおう」という機運も高まりつつあるだろう。

 堂々とした言動によるリーダーシップの演出と、目で見てわかりやすい強さという、マチズモにも似た頼りがい。

 平岩の方に傾いていると、聖十郎は思う。

 それでも、


「さて」


 と、口火を切ったのは聖十郎だ。

 堂々と、余裕の笑みを浮かべつつ、手のひらで平岩を示す。


「平岩候補の案は、実に明快で、その実、我々の節制、節約の政策と方針は同じだ。生徒の数を減らせば支出が減る、ゆえに節約であると」

「せやなぁ」

「だが、それはやはり倫理的な問題があると、私は思う。生徒を傷つけて隔離結界送りにするというのは、いささか乱暴すぎやしないかね。しかも、彼らは順番に復帰するわけだから、継続的に傷つき続けなければならない。これは倫理的に見てかなりの問題だろう」


 平岩が口の端を下げて、不機嫌そうに睨んできた。


「……一時間も頭ひねって、結局それかいな。それは正論かもしれんけど、もはや正論では対処しきれん状態になっとる、ちゅう話やろ? 身を切る改革が必要な段階や。誰も彼もが血を流し、生き残りを賭けた戦いをやらなあかん。せやろ?」

「一般生徒に身を切ることを要求するのは、官職としてどうなのかね?」

「アンタが言うていいセリフちゃうやろ。節制方針に加えて、ギルド委員会を通して生徒に積極的な戦闘への関与を要求しとったわけやし。生徒に犠牲を強いるという意味じゃ、アンタもそう変わらん。なんなら戦うことを強制するわけで、軍国主義といってもええくらいやろ」

「なるほどな。そういう見方もあるか。もちろん、私にミリタリズム推進の意図はまったくないし、強制してもいないが――いいかね、平岩候補」


 睨み付けてくる平岩に対し、聖十郎は鷹揚に頷いてみせた。


「一回この話やめよっか」