キマイラ文庫

アオハルクエスト

ヤマモト ユウスケ

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アオハルクエスト

ヤマモト ユウスケ

一章

ギルド委員会(8)


 高円円の視界の中で、武田権太郎が地を蹴って跳んだ。

 相当な巨体だが、馬獣人の脚力は学園でも随一だ。ムーンサルトでトカゲを蹴り飛ばしながら、武田は叫ぶ。


「護衛隊、対処を! 団員はスキルを発動するのである!」


 トカゲが巨樹を這って、わらわらと降りてきている。

 ざっと見積もって、二十体以上はいるだろう。


「あ、あたし達は何をすればぁ……!?」

「動くな! 余計なことは何もしないで頂きたいのである!」


 ぶつけられたきつい語調に、思わず首をすくめてしまう。


(こ、この人はぁ……!)


 こんな時でもムカつかせてくる。

 とはいえ、ピンチであり、己と安井は守られる側だ。嫌いな相手からであっても、何もするなと言われたら、何もしない程度の大人げは発揮できる。

 戦闘は流動的……というか、完全な乱戦だった。襲いかかってくるトカゲに、虎獣人の頑丈な正拳が突き刺さって吹き飛ばす。熊獣人が巨大な手のひらでトカゲの首をひっつかんで地面に叩きつける。

 そんな中で、いくつもの手が、宙を裂くように振られた。ぴしりと揃った白手袋の動きにブレはなく、幾度となく練習を重ねてきた動きだとわかる。応援団員だ。

 中央に立つ武田権太郎が、すう、と息を吸い、


「 護 衛 隊 の ォ ー ! 勝 利 を 願 っ て ェ ー ! 」


 吠えた。

 円がアラクネの腹の上から転げ落ちてしまいそうなほどの音圧がジャングルを駆け、ビリビリと空気を揺らす。トカゲ達がびくりと震えて、警戒心もあらわに応援団員に黄色い目を向ける。

 円はこれを知っている。グラウンドから響いてきたこともあるし、体育祭等では自分でも叫んだことがある。

 武田が再度、吠え声を上げる。


「 三 ッ 三 ッ 七 拍 ォ ー 子 ! 」


 そう、三三七拍子だ。こんなときに――否。

 こんなときだからこそ。


 応援団員達の背後に、それぞれ校章陣が浮かんだ。

 掛け声に合わせて腕が振られ、体が振られ――同時に、円の胸に熱いものが滾り始めた。安堵、安心、そして……勇気。心身ともに、活力が満ちていく。

 体育会系の獣人達も雄叫びを上げ、より一層力強く、トカゲを殴り飛ばす。

 中心にいるのは、揃った動きで白手袋を嵌めた両腕を振る一団で、


(――きれいですねぇ……)


 と、そう思ってしまう自分に気づいて、円は顔をしかめた。


「ははあ、これが応援団、馬獣人の【ウォークライ/応援魔法】っすか。声が届く範囲の仲間の身体能力を向上させ、恐怖に打ち勝つ勇気を与える……でしたっけ? すごいっすねぇ」

「そう? スキル発動に演舞が必要だなんて、意味がわからないですけどねぇ」

「一瞬見蕩れてたくせにー」


 安井がニマニマしたので、小さな拳で背中を小突いてやった。びくりともしなかったけれど。こほんと咳を打って、円は話題を変える。


「見たところ、魔獣皮制服はしっかりとトカゲの攻撃を防いでいますねぇ。我々の想定通り、いえ、想定以上の効果じゃないですかぁ?」

「っすねぇ。例の補正がしっかり効いてるみたいっすから、制服ベースで素材をアップグレードしたりデザインで当て布を追加したりすれば、さらに防御力が上がりそうっす。楽しみっすねぇ」


 安井が笑う。状況は調査隊が優位だ。トカゲはじきに壊滅させられるはずですねぇ、と円は思った。

 そうなるはずだった。


 ●


 黒揚羽聖十郎は、生徒会室で報告を聞いた。

 椅子に座ると埋もれてしまうので、机の上に座布団を敷いて胡座をかいている。背後には副会長の如月院真理愛。そして、眼前のソファには、大小二人の三年生がいる。

 一人は武田権太郎。もう一人は高円円。

 二人とも濃い疲労の色を顔に浮かべ、制服は土汚れに塗れている。かすり傷も多数、見受けられた。


「なるほど。【ウォークライ/応援魔法】は有用だったか。結構なことではないか。そもそも馬獣人は身体スペックが高く、戦闘時の随行に向く……という私の判断は、間違っていなかったわけだ」

「我も、その点については正解であった考えているのである。加えて……」


 武田権太郎は、汚れに塗れた己の制服の襟を引っ張った。


「この魔獣皮制服も、非常に有用であったと結論するのである。トカゲのかみつきや爪といった攻撃の大部分を防げた。とはいえ、圧力による打撲や軽骨折は防げないのであるが」

「わかった。怪我を負った者は? 先に保健室に送った? よろしい。制服については、予定通り研究開発を進めよう。家庭科部連合事務総長、頼めるかね?」

「承りましたぁ。でもぉ……」


 高円円は暗い顔でうつむいた。


「安井ちゃんがぁ……」


 精神的に参ってしまっている高円を見て、聖十郎は嘆息した。話を聞くのは酷だが、しかし、状況を前に進めなければいけない。


「私も念話で恐慌を受信し、声を聞いてはいたが……樹海の中の出来事で、しかも、諸君らは混乱しながら逃走していた。引き続き、何があったかを思い出してみてほしいのだが、いいかね?」


 二人が無言で頷いた。

 聖十郎は七三を撫でつけて、難しい顔で二人に問う。


「では聞く。なぜ、その圧倒的優位な状況から、|隔離結界送り《・・・・・・》が五人も出た? しかも一人は裁縫部の部長、安井。護衛対象だったはずだろう。どうしてそうなった?」


 高円円が俯いて呼吸を整えてから、顔を上げて聖十郎と視線を合わせた。


「……恐竜に襲われたんですぅ」