キマイラ文庫

アオハルクエスト

ヤマモト ユウスケ

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アオハルクエスト

ヤマモト ユウスケ

一章

ギルド委員会(2)


「装備制作ぅ? 家庭科部連合が、ですかぁ?」


 晴天学園家庭科部連合事務総長、|高円《たかまど》|円《まどか》は、そう問いかけた。


「で、ある」


 と、鷹揚に頷いて応じたのは、馬耳の偉丈夫、体育会代表の武田権太郎だ。

 場所は、家庭科部連合の多くが拠点としている文化部部室棟の応接室。ソファに座った高円円は、テーブルを挟んで向かいのソファに座る武田を見上げた。


(体育会体表で応援団長ですかぁ。うーん、体育会系って、苦手なんですよねぇ……。しかも……)


 巨大だ。二メートル半近くあるだろうか。

 馬獣人――馬耳の巨漢という属性にはそれなりの萌えを感じるが、しかし、身長が一メートルに縮んだ高円にとって、二倍以上のサイズを持つ異性である。シンプルに怖い。


「……高円殿は、ブラウニーであったな?」

「え、あ、はい。そうですよぉ……。お手伝い妖精のブラウニーですぅ」


 ブラウニー。小さな体躯の妖精だ。高円的には可愛くてアタリだと思っているが、あらゆる物が相対的に巨大になってしまい、困ったものである。ともあれ。


「生徒会長殿ほどではないが、ずいぶんと小さくなったのだろう。困ることも多いのではないか」

「まあ……いっぱいありますけどぉ。基本的に、学校ってティーンの扱いやすいサイズでデザインされてますから、体が小さすぎると大変ですよぉ。でも、あたし達は初等部から児童サイズの机とか椅子を流用できますから、大きいよりは大変じゃないかもしれませんねぇ」

「そうであるか。我も確かに、そこかしこに頭をぶつけまくっているのである。一週間経って、少しずつ慣れてきているのであるが」


 一週間。言われてみれば、そうだ。もうそれだけの時間が経っている。


(異世界転移と、種族の変異から一週間……あっという間でしたねぇ)


 まだ昨日くらいの感覚だ――と高円は思う。数秒の沈黙のあと、武田が再び口を開いた。


「それで、装備の制作であるが、どれくらいで出来上がるのであるか?」

「え? いや、そもそも……ウチら、ただの家庭科系部活動とかサークルの集合体ですよぉ? 装備なんて作れないですってぇ。コスプレみたいな、見た目の再現程度なら、取り組んでいる部はありますけどねぇ……?」


 裁縫部が作っているコスプレ用の衣装や小道具は、布、発泡スチロール、樹脂ボードなどが材料だ。当然、殺傷力も防御力もない。むしろ、身に着けるものだし、イベントに持っていくものでもあるから、尖った部分は意図的に作らないようにしているくらいだ。

 魔獣と戦う武器としては、全く頼りにならない。だが、武田は「問題ないのである」と言い切った。


「作ってもらうのは、主に制服となるのであるからな」

「えぇ? 制服ですかぁ?」


 武田は着用している学ランを手のひらで示した。


「我らが異世界転移および異種族変異してからの一週間で、合計五度の魔獣襲撃があった。ご存じの通り、学園長殿のスキル【晴天領域/スクールリング】と、戦闘能力を有する体育会系生徒有志の活躍により、損害は軽微であるが……その中で、わかったことがあるのである」


 馬耳の偉丈夫は、高円を見下ろしたまま、言った。


「なぜか、この制服が異様な強度を持っているのである」

「……ええと、この姿になったときに、制服もサイズが変わりましたよねぇ。その時に、素材か何かが変わったってことですかぁ?」


 高円の問いかけに、武田は頷いた。


「我々も同じことを考え、検証してみたのである。……結果、素材は変わっていないが、制服、体操服、部活のユニフォーム、バットやラケット等、晴天学園に関する衣類や道具の強度が増していると判明したのである。おそらく、スキルや種族の変異と同様の、不可思議な力によるものであろう」


 高円は首を傾げた。


「うーん。ゲーム的に言えばぁ、学園由来のモノにプラス1補正がかかっている、みたいなぁ? そんな感じですぅ?」

「ゲームはわからんのである」


 こうもスパッと例え話を切り捨てられると、気まずい。


「……まあでも、話はわかりましたよぉ。戦闘でハードに消耗してしまうけれど、戦闘において制服が重要だから、ということですねぇ?」

「で、ある。破損した制服の補修に加えて、新規での制服作成まで、全てを担当していただく。これは学園を守る体育会系生徒のための施策であり、可能な限り早く対応する必要があるのである。ゆえに、これは依頼ではなく、必要に応じた要請なのだとご理解いただきたいのである」


 理由はわかった。装備が必要なのは間違いない。

 しかし、


「無理ですねぇ」


 高円は、拒否した。

 武田はしかつめらしい顔のまま、


「何故であるか? 作る実力がない、と?」


 問いかけてくる。

 高円は嘆息し、


(……うーん。これ、たぶん理解してもらえないですよねぇ)


 そう思いつつ、しかし、それでも伝えるのが事務総長たる高円の仕事だ。


「……テンションが上がらないんですよぉ、それ」


 端的に言えば、こうなる。


「あたしら家庭科部連合のうち、特に裁縫系の部や同好会のコ達は、作れと言われて作るタイプじゃないんですよぉ。芸術家肌っていうか、職人気質っていうかぁ、趣味人っていうかぁ……。作りたいと思えるものしか作らないんですよねぇ」


 作れと言われて作るタイプではない。特に、後ろに権力がある場合は、だ。黒揚羽政権は比較的話がわかる相手だから嫌いではないが、しかし、権力は権力である。


(クリエイターって、面倒くさいんですよねぇ……)


 だが、その面倒くささこそが、クリエイターをクリエイター足らしめるもので、その面倒くささを守ることもまた、高円の仕事だ。


「それは、高円殿からの命令であっても、であるか?」

「あたしの命令ぃ? そんなの聞くわけないじゃないですかぁ。聞いたとしてもやりませんよ、納期ぶっちぎって終わりですぅ」

「……高円殿は、家庭科部連合の代表、事務総長ではないのか? 代表が、組織をまとめられていない……と、白状しているようなものであるが」

「全く違いますねぇ」


 やはり、理解してもらえないだろうな、と思う。


「あたしはあくまで|事務《・・》総長。誰かが窓口業務を担当しないと、だーれも自分から進んではやらないですからねぇ。代表っていうか、貧乏くじ的な……。だから、あたしらに上下関係はないんですぅ。命令なんて出来ませんよぉ」


 ガチガチの上下関係で縛られた体育会とは違って、と暗に含ませる。

 武田が「……なるほどであるな」と呟く。その視線は険しい。自分の倍以上はある高さから見下ろされていることを実感して、少し震える。

 だが、


「一応、連合内に連絡は回しておきますけどぉ、家庭科部連合全体としては、体育会からの制服作成の強制には応えられませんねぇ」


 武田の顔を見上げて、まっすぐ、そう返答した。武田は眉間にしわを寄せ、ほとんど睨むような表情になっている。


「学園を守る体育会系の生徒が、傷ついても良いと言うのであるか?」

「それとこれとは話が別ですねぇ。傷つくことは良くないですけどぉ、家庭科部連合が強制されることとは話が別ですぅ」


 剣呑な雰囲気の見つめ合いは、しかし、次第に視線の圧を強めていく。


「一方的に守られているだけの文化部が、恩の一つも感じないと?」

「それもまた、話が別ですねぇ。恩は感じていますけどぉ、恩って、強制されて返すものではないでしょう?」


 事務総長の仕事は、究極的には、他の家庭科部の生徒がやらないことをやる、だ。比較的コミュ力があり、家庭科部では料理を専門とする高円は、クリエイター的なこだわりはほとんどないし、事務的な仕事も苦ではない。だから、この役目を押しつけられ、しかし、


(家庭科部は、性格が大人しくて押しに弱い子が多いですからねぇ……!)


 生来、面倒見の良い高円は、こういうときに「嫌だ」を言うこともまた、事務総長の役目だと考えている。それが家庭科部連合を守ることに繋がるのだ、と。


「……折り合わないのであるな。これだから、責任感のない文化部は……!」

「折り合いませんねぇ。体育会系にはわからないでしょうけどぉ……!」


 高円も目を眇めてにらみ返す。そこで、二人の脳裏に声が響いた。


『どうだ、そろそろ話はこじれたか、武田』


 二人は、さらに顔を険しくして、脳裏の声に応じる。


「……黒揚羽生徒会長。これは体育会の範疇である、生徒会執行部といえど、過度な干渉は越権と見做すのであるが?」

「会長さぁん? こじれるってわかっていて、このデカいのをウチに送り込んできたんですかぁ?」


 声の主は黒揚羽聖十郎。【念話魔法/テレパシー】によるものだ。連絡手段の乏しい異世界において、生徒会長の連絡だけは滞ることがない。……うっとうしいくらいに。


『はっはっは、干渉するわけではない。送り込んだわけでもないとも。まあ止めもしなかったがね! とはいえ、無論、権力の立場から体育会系を引かせたり、家庭科部連合に命令するために連絡したわけでもない』

「ならば、何用であるか」

『提案だよ、提案。そう、学園政治家らしい取り組みのご提案だ』

「……取り組み、ですぅ?」

『そうだ。学生自治のもと、青春の推進と、生徒諸氏が必要なものを相互に提供しあう仕組みを考えているんだがね。命令や強制ではなく、互いの利益のために、互いが前向きに協力し合える仕組みをな。その最初のテストケースとして、貴様らは実にちょうど良い』


 ちょうど良い、とはまた、失礼な物言いだが、


(そういう話し方の人ですからねぇ)


 黒揚羽聖十郎に関しては、もう大半の生徒が慣れている。


「まあ……話だけは聞いてあげましょうかぁ」

『ありがとう、高円事務総長。……端的に言えば、“欲しいものを手に入れてきて欲しい”や“労働を手伝って欲しい”などの依頼を、学内通貨――SPを対価として支払うことで代行してもらう仕組みだ。そのための互助組合も、委員会という形で設立する。名前は、まだ仮決定状態ではあるが、異世界ファンタジーな現状にあわせて――』


 黒揚羽聖十郎が念話で語る。


『――ギルド委員会という名前なのである』