アオハルクエスト
ヤマモト ユウスケ
一章
出陣(3)
「ほんで、一般生徒も戦力としてコトに当たれってか」
平岩金雄は手元の資料を見てぼやく。
本校舎そばの広間で、青空を見上げながら、休憩中だ。……否、色々と疲れてしまって、ここ数日、ずっと休憩している。
監査委員としての仕事は、萌葱以下、所属委員が優秀だから問題ない。ぼうっとしている金雄に対し、
「暇なら働いてくださいな」
と、如月院副会長から有志戦力の応募用紙を渡された。直接。
戦闘能力は、ある方だろう。それは間違いがない。SPはかかるが、実際に餅川も倒した。
だが、戦う気にはなれない。
何をする気にもなれない。燃え尽き症候群かね、と自嘲する。
(このまま……で、ええか)
オヤシロ攻略がうまくいって帰還に関するヒントが得られても、得られなくても、黒揚羽政権を下すことはもはや難しい。衆愚は熱しやすく冷めやすいが、温度調節のレバーを握っているのは黒揚羽聖十郎だ。何なら、あの男自身が一番熱くなっている。止めようがない。
このまま、情勢をぼんやりと見守ろう。そんな風に思った。
「あれ、平岩先輩。どうしたんですか」
ふいに背後から声がかかった。
首だけで振り返ると、兎耳の獣人がいた。黒いバスケットボールを小脇に抱えた男子生徒だ。
「……高橋君。まいどおおきに」
「仕事はいいんですか? サボり? あ、選挙負けたから拗ねてるんすね」
「キミ、思ったことそのまま喋るん、やめた方がええで。世の中には言わんでええこともある。……ま、サボりちゅうか、学園政治家としてはもう引退かもなぁ」
そう言うと、高橋は少し悲しそうな顔をした。
「引退しちゃうんすか? ……すいません」
「なんで謝るんや、キミが」
「いや、俺、黒揚羽先輩に投票したんで」
「言わんでええこともあるっちゅうたやろ」
苦笑する。
「そもそも、ウチは三年で、この夏休みが――今後どうなるかはともかく――明けたら世代交代や。監査委員長も引き継ぐことになる。今回の解散総選挙で負けた以上、時期的に引退は当然っちゅう話やな」
「ああ、そっか。秋には黒揚羽先輩達も引退なんですね。……だとすると、第五次黒揚羽政権は、けっこうな短命政権になるのでは」
「あっはっは、そらオモロい見方やないか」
笑って手を振ると、高橋の目が資料を捉えた。
「あれ、その紙。平岩先輩もオヤシロ攻略行くんですか? 俺と一緒すね」
「……いや、ウチは……。てか高橋君。キミ、防衛隊ちゃうかった?」
「北側は余力あるんで、俺はオヤシロに行こうかなって」
あっけらかんと言う。
金雄は、目の前の素直な後輩に少し意地悪なことを言いたくなった。
「また怪我するかもしれんで。もっと酷いやつ。きっと痛いで。ええんか?」
言わなくていいことを、言う。
そしてまた嫌われる――そう思って、自分がまた少し嫌いになる。
そういう流れだろうなと、言ってから思う。
だが、
「別に怪我くらいいいっすよ。だって、ほら――」
高橋は、何も気にしていない様子で笑った。
「――あのときも、平岩先輩が治してくれたじゃないですか」
屈託なく、だ。
「部活でも怪我ぐらいします。それが一生残る怪我になった奴も、友達にいますよ。死ぬことは、さすがにそうないですけど……まあ、なんていうか」
金雄は、何も言えないまま、高橋の言葉の続きを聞いた。
「生きてりゃ、痛いじゃないすか。必死でやってりゃ、苦しいじゃないすか。でも、俺、それでもバスケやるんすよ。それで三年やって、インハイで全然勝てなかったとしても……痛くて苦しかったことが、無駄にはならないはずなんすよね。うまく言えないですけど、きっと、そういうことだと思うんです」
高橋が、広場に目をやった。釣られて金雄も広場を見る。
多くの生徒が行き交っている。
オヤシロ攻略が始まって以降、生産系の部活動も活発化し、ギルド委員会を通した機材、人員の貸し借りや、資材の物々交換が進んでいる。
黒揚羽聖十郎が最初に目論んだ光景が、出来上がりつつあった。
「ここにいる全員が全員、痛いことや苦しいことに立ち向かえるわけじゃないでしょうけど、でも、俺は……無駄に終わるとしても、何かしたい。無駄じゃなかったと思えるくらいには、せめて行動しておきたい。そう思いました」
「……さよけ。体育会系の、しかも陽キャの理屈やなぁ」
金雄は立ち上がって、スカートの土埃を払った。
「ま、せいぜい気ィつけてな。……怪我なら治したるさかい。手ェ空いてたらな」
「あ、うす。ありがざっす」
そして、本校舎へ戻る。階段を上がり、監査委員室に入ると、レプラコーン達がせわしなく動き回って、会計監査を行っていた。ギルド委員会の仕事が増えたということは、その分、監査の仕事も増えたということだ。
金雄はその中の一人に声をかけた。
「萌葱。いま、人員の余裕あるか?」
「あるように見えます? 全然ありませんけど……何ですか?」
「ウチから何人か……出来れば半数くらい、オヤシロ攻略に出したい。いろんなところに恩が売れるし、レプラコーンの有用性もアピールできる。コールドスリーププランに移行する可能性もあるわけやから、悪い話ちゃうやろ? ああ、あと全員、保健委員と契約して【治癒魔法/キュア】使える状態やと尚更ええなぁ」
「……はぁいっ。了解です、金雄ちゃん」
「……おい萌葱。なんやその顔は。忙しいところからさらに人員減らそうとしとんのに、なにを嬉しそうな顔しとんねん」
言って、金雄も――少し、笑った。
気分が晴れていた。