アオハルクエスト
ヤマモト ユウスケ
一章
不信任決議(13)
黒揚羽聖十郎による政策提案は、本来であれば、検討に値しない。
源湊は代表委員長として、そう判断する。
なぜならば、
(現段階において、代表委員を納得させるためのものが……つまり、詳細な予算案がございませんので)
代表委員会による審議も経ていない。
平岩金雄の提案をベースにしているから、実行可能だろうとは思う。
源湊は、ガベルをカンカンと叩いて、目の前で繰り広げられる不毛な詭弁合戦を止めた。
「議長として介入いたします。黒揚羽様、その政策に関して、現時点で詳細を頂くことは可能でございますか?」
普通なら、この要求に応じることが出来ず、沈む。
政策とは、言ってみれば計画書だ。
例えば、城郭や橋梁を建てるための計画書であれば、土地の調査をし、建材を検討し、必要な工程数と行員数を割り出し、それらを含めて実現可能性を十分に勘案して作成される。
前もって用意されるものなのだ。議論のさなかに突然沸いて出たアイデアならば、それがどれだけ“いけそう”だと感じたとしても、認められない。
だが、
「もちろんだとも! 予算案は用意した!」
黒揚羽聖十郎は小さな体で堂々と、自信満々に言い切った。
「――木蓮! 出番だぞ!」
舞台袖から、ひょろりとしたシルエットの男が現れる。
寝癖のついた頭髪の中から、曲がった角を生やした、生真面目そうな顔の男だ。
(まったく、本当に……可愛い人ですね、木蓮様は)
荒坂木蓮は源湊と平岩金雄に会釈した。
この男ならば、用意が出来る。学園のあらゆる数字を差配し、あらゆる予算を成立させてきた、この男ならば。
「はい、荒坂木蓮です。源議長、スクリーンをお借りしても?」
「ちょい待ちィや。ウチは部外者の登壇に対し抗議したいんやけど」
「平岩様の抗議はもっともでございますが、これは議長であるわたくし、源湊が要求した政策の詳細に関するものでございますので、ご容赦いただきます。――荒坂木蓮様、スクリーンの使用は許可いたしますが、予算に関する話以外の一切の発言を不許可といたします。よろしいですね?」
「了解です。とはいえ――」
荒坂木蓮は、スクリーンにラップトップを接続し、画面を映した。
まずデスクトップ画面が映った。背景は競泳水着を着た源湊がプールサイドで伸びをしている写真だった。
おお……! と、会場がどよめく。
木蓮が爆速で何らかのファイルを開き、データを表示したため、すぐに背景は隠されてしまった。会場からブーイングが湧き上がる。
「――えー、はい。こちらが予算案です」
「いや何事もなかったみたいに続けるなよ。さすがに見逃せないぞ、木蓮。お前、水着って……しかも盗撮みたいなアングルで……」
「い、いえ、盗撮じゃないですよ!? 夏期休暇中のプール利用に関する広報用に撮り下ろした写真ですから!」
正確に言えば、撮影中に生じたオフショットで、広報誌には載っていないのだが。勝手に使えば良いものを、わざわざ源湊に「背景にしていいですか」と恥ずかしそうに聞きに来たのを、よく憶えている。
まったく――本当に。
「アンタ、ちょっと顔赤くなってへんか? おもろ」
「なんだ、源代表委員長。貴様、羞恥心とかあったのか。ウケる」
「候補お二人とも、不規則言動でございます。わたくしが退場の権利も持つことをお忘れでございましょうか?」
にっこり笑いかけると、両者とも黙って頭を下げてきた。
●
荒坂木蓮が、テレパシーによって受けた指示は一つだ。
『予算作ってくれ! 大急ぎで!』
とんだ無茶を言ってくる。
(全く、この大馬鹿先輩は……でも)
でも、従った。間に合わせた。
二度とやりたくないが、しかし、次に似たような無茶を頼まれても、きっと木蓮はやってしまうだろう。
(やっぱり、一番面白いんですよね、この馬鹿の下が……!)
政権トップは異常な方が面白い。そして“惚れた女に格好を付けるため”に生徒会長までやってしまうような大馬鹿者なら、なおさらだ。
だから、晴天学園一万人の生徒に向けて、笑いかける。
「えーと、皆さん、数字の話お好きですよね? これからたっぷりじっくりと数字と計算のお話を――え、嫌い? ああそうですか。じゃあ仕方ないので概要だけを申し上げます。要するに残り二ヶ月分の予算のうち、一ヶ月分でオヤシロを調査して、その成果を確認後、残った一ヶ月分の予算で……あー、コールドスリープするかどうかを決定する、という案ですね。この予算案の問題は――」
マイクで話す機会はこれまでも幾度かあったが、演説を得意とするタイプではない。音声をハウリングさせつつ、聞き取りやすいよう、いつもより少し口を大きく開くことを意識する。
「――オヤシロの調査に、何週間かけるか、です。これを一週間と見積もりました。乱暴な言い方をしますが、一ヶ月分の予算を一週間に突っ込んで、強引に攻略してやろう、という感じですね」
「木蓮、確認だ。オヤシロの調査にSPを注ぎ込んで、その後、コールドスリープ案に移行した場合、それらの準備費用も含めて問題ないのだな?」
大馬鹿先輩に、ええ、と頷いてみせる。
「余裕はあります。むしろ、体育会系、文化会系ともに潤沢な予算で準備に取りかかれるよう、節制は撤廃しますので……体育祭と文化祭が同時に来るような勢いになるかと思います」
「それは贅沢だな! どうだ、悪い案じゃないだろう、諸君!!」
そう、悪くない。この荒坂木蓮が組んだ予算だ、悪いわけがない。
だが、これはあくまで『可能である』ことを示しただけだ。必要な資料を持ってきただけ。
「ちょい待ちィや!」
それを見逃してくれる平岩金雄ではない。
(最後は結局、感情を納得させられるかどうか――あと一押しです、先輩!)
●
平岩金雄は、吠えた。
「待て、待て、待てェ!」
流れはもう、向こうに傾き始めている。
わかるのだ。大講堂の空気で。
掴み、引き寄せ、我が物にしたはずの流れが、すでに手中にないと。
黒揚羽聖十郎による昔語り、政策の転換、そして木蓮の登場によって、かき乱されていると。
だが、しかし。
(ほんだら――!)
ほんだら。ほんだらば。ほんだらばや。
飛び降りたあの子はどうなる。すでに限界を迎えた者は。逃げ場もなく、ただ苦しみ続けるさだめにある、愛すべき弱者達は、どないせえっちゅうねん……!
「問うで、黒揚羽聖十郎!」
吠える。
「自ら隔離結界に入った生徒と、|同じ行動《・・・・》に出る者達は必ず出る! 必ずや! 誰もが強くいられるわけちゃうねん! そんでもアンタは、そういう、アンタらとは違う弱者達に、戦え、前に進めって言うつもりなんか!?」
これだけは。
黒揚羽聖十郎に突き立てなければならない、弱者の牙だ。
だが、黒揚羽聖十郎は、汗まみれの顔面で、唇をつり上げて笑った。
「そうだ! 戦え、前に進めと、生徒会長の責務を持って、非道にも要求し続けるとも! 暴君だからな! だが、いいか、平岩! 私だって――私だってなぁ! 別に強くなんかないんだよ! 私じゃなくてもそうだ! 誰もがそうだろう!?」
突き立てた弱者の牙。その痛みに、正面から笑いかけてくる。
(ああ、くそ。ホンマに――)
その、笑顔が――。
「みんな、弱いんだ! だから一緒にいる! 望む望まざるを問わず、この学校にいる! ああそうだ、我々は様々な意図、信念、魂を持つが、けれど、晴天学園の一学徒であり、この学び舎に枕して共に住まう共同体なのだ! 一緒にいるんだよ! 卒業するまでな!」
――嫌いだ。
平岩金雄は、黒揚羽聖十郎が嫌いだ。
ニヒルなフリして熱血で、余裕綽々なフリして崖っぷちで、理想を夢見て前に進み続ける、この愚か者の笑顔が、大嫌いだ。
「だから頼む! 学友達よ! もう少し、あと一歩だけ――挑戦してみてはくれないか! 徒労に挑み、無駄に汗し、愚策に向き合ってみないか、と! そして私は、いや我々は! 確信しているのだ! 私達の学園生活は終わってしまったか!? 否、否、否であると! 我々の青春は、我々が諦めない限り、決して終わりはしないのだ!」
もはや、平岩への反論ではなく、全校生徒へ向けた大演説と化していた。
置いて行かれる、と直感する。流れに、置き去りにされる――。
「約束する! 誰も彼もが心折れ、地に伏し、立ち上がれなくなるその時まで、この暴君が貴様らに命令し続けてやるとな! 立ち上がれ、前を向け、未来は希望に満ちているぞと、そう怒鳴り続けてやる! だから――立てよ、諸君!」
身振りを交えた、必死の演説。
その最後の言葉と同時に、ガベルの音が鳴った。
「――時間です。これ以上はもう時間がございません。よって、現時点で討論会及び最終演説を終了とし、投票へと移りますが……終盤、いささか黒揚羽候補、及びその陣営が時間を占有しすぎたように思います」
源湊が、こちらに視線を向けてきた。
「ですので、平岩候補。何か、追加で言いたいことはありますか」
目を閉じ、二秒だけ考え、首を横に振った。
「……いや。ウチも言うべきことは言い切った。もう、ない。空っぽやね」
「そうでございますか」
実に機械的に、代表委員長は会釈して、再度、ガベルを二度打ち鳴らした。
「では、これより投票に移ります。学園端末からの電子投票となりますので、各自、ご自身のアカウントから一時間以内のご投票をお願いいたします。時間を過ぎますと、棄権として扱われますので、ご注意くださいませ。そして――」
臨時生徒総会の最後は、この言葉で締めくくられた。
「――皆様の一票が、悔いの無い選択であることを、願っております」