アオハルクエスト
ヤマモト ユウスケ
一章
不信任決議(10)
マージでダメっぽいですねぇ、コレ。終わったかもです。
と、いうのが如月院真理愛の見立てである。
ステージ袖から見ているが、今回の選挙はとにかく|流れ《・・》が悪すぎる。
選挙とは、理屈と理屈のぶつかり合い――|ではない《・・・・》。より良い政策を提示した方が勝つ数取りゲームでもない。
究極的に言えば、選挙の神髄とは流れを掴むことである――、というのが如月院家の教えだ。
(どちらが正しいかなんて、後世の人間にしか判断できませんからね。故に、過去から学び、最善と思われる投票先を選ぶ……というのが、現時点の人類が数千年かけて辿り着いた定石ではありますけれど、それすらも発生の避けられない教育格差や、利己的なポピュリズムによって浸食されてしまうのが現実です)
後世の人間から見てすら、評価が分かれる前例も多々ある。
人間はまだ、人間社会というものの正解を知らないのだ。
政治に正解はある。きっとそうだと信じたい。それを選べば、最大の多数が最大の幸福を得られる、そんな選択肢があるのだと。
だが、人類の選んだ答えが正解かどうかを判断できる存在は、全知全能の非人類だけだとも、真理愛は思う。つまり――神だけだ。
壇上では、聖十郎が堂々と追い詰められており、しかし髪の毛が乱れつつあるので、やはりダメそうだ。
どうしたものか――と思案していると、ふと、近くに人の気配を感じた。
「あ、お疲れ様です、如月院さん。どうもどうもー」
軽い調子で、苦笑しながらレプラコーンの女子生徒が近づいてくる。
「萌葱さん。……この流れ、狙っていましたね?」
「嫌な流れだし、狙いたくはなかったんですけどねー」
萌葱は真理愛の隣まで来て、壇上を見つめた。
同じ場所を見てはいるが、しかし、見る先は違う。
それぞれ、己が支持する者を見ている。
「でも、誰もがやりたくないことでも、誰かがやらなきゃいけないことなら、わざわざそれをやるのが金雄ちゃんなんですよね」
「今回の不信任決議は、この学園に必要なことだったと?」
萌葱は答えずに、微笑した。
「……憶えていますか? 金雄ちゃんが小学五年生で生徒会長選に立候補したときの、いちばん最初のマニフェスト」
「ええ。よく憶えていますよ。『学園をお花でいっぱいにしたい』でしたね。あの純真な頃から、ずいぶんと変わってしまって……」
「変わってないですよ、如月院さん。それはたぶん、お互い様で――いえ、黒揚羽君は、ずっと昔からああですけど。金雄ちゃんも、変わっていないんですよ。金雄ちゃんは、学園をお花でいっぱいにしたいんです」
そうは見えない、とは言わない。萌葱が言うなら、おそらくそうなのだろう。誰よりも近くで、誰よりも長く、平岩を見てきた人間だ。
「金雄ちゃんは、失礼にも全校生徒を衆愚であると断じた上で、その全員に、より良い生活を送ってほしいと思っているんですよ。そのためなら、誰よりも愚かになる覚悟がある――ただ、それだけなんです」
「……大好きなんですね、平岩さんのことが」
萌葱は苦笑した。
「うーん。どうなんでしょうねぇ。幼馴染みで、昔から色々振り回されていて……好きというより、嫌いになれない、と言った方が正しいかもしれません。嫌いになれるなら楽なんですけどねぇ」
「……苦労しているんですね」
「幼馴染みに振り回されるのは、お互い様でしょう?」
笑いながら問われて、真理愛は返答に困った。
お互い様――そうだろうか。
黒揚羽聖十郎は、真理愛を振り回しているか?
(――いいえ。逆ですね)
真理愛は思う。
振り回しているのは、真理愛のほうであると。
●
「――時間です。以上で討論会を終了とし、最終演説に移ります」
平岩金雄は、源湊の宣告を聞いた。
「どちらから最終演説を――」
「当然、ウチや!」
問いが終わる前に挙手する。黒揚羽聖十郎は手を挙げていない。
「よろしいですか、黒揚羽候補。よろしいですね? では、平岩候補。お願いいたします」
「おう」
壇上、煌々と輝く熱いライトに照らされた金雄は、汗を掻きながら人差し指で丸っこい妖精を指さす。
演説は後攻が有利だ。相手の言を聞いた上で、否定したり、突いたり出来る。だが、金雄は先攻を取った。|流れ《・・》が来ていると感じているから。
「黒揚羽聖十郎! もう、冗談も、言い訳も、のらりくらりも許さへん。せやから、アンタの考え違いを教えたる。ええか? ――誰もが、や。誰もが、前向きに生きられるわけでは、あらへんのや……!」
当たり前の話だ。しかし、学校教育の現場においては、ないものとして扱われがちな|当たり前《・・・・》。
「人間、誰も彼もが力強く行動できるわけやない。行動したって、結果が付いてくるとは限らへんからな。でも、誰も彼もが夢を見る。夢を叶えられるんは、ほんの一握りだけって現実を直視しながら、夢想を繰り返す。毎朝、目を覚ますたびに絶望を再確認し――それでも生きていく。そういう奴が、ほとんどや」
黒揚羽聖十郎を見る。あちらも汗を掻き、七三は乱れ、しかし笑みを失ってはいない。
(――虚勢やな)
だから、突きつけてやる。
「そら、誰もが思うで? 野球で日本一になりたい。ファッションデザイナーになりたい。モデルになりたい。声優になりたい。金持ちになりたい。かっこよくなりたい。頭良くなりたい。ソレ全部、努力したら叶うか? 夢は必ず叶う――そんなこと素面で言えるか? いや、そんなわけない。ンなわけがないねん……!」
金雄だって、そうだったらいいのにな、と思う。
努力すれば夢が必ず叶うなら、どんなに良い世界だろう、と。
「誰もが努力して、それでも届かんから|夢《・》なんや。ささやかな幸せが欲しい? そんなん高望みや。普通の人生が送りたい? 苦節と挫折に満ちた人生に決まっとる。それが現実や。夢を捨てるんやない、夢に見捨てられとるんや」
それこそが|普通《・・》。晴天学園で言えば、一般生徒。
エースでも代表でもない、ただの生徒達。
「黒揚羽政権は生徒の努力を応援してくれるよな? ほな、あんたらが予算切らんかった生徒は、努力しとらんかったんか? 応援する価値ないっちゅうことか? 努力しとらん奴には、価値ないんか? 川の流れに身を任せるような生き方は、死んどるのと同じやって思うとるんか!?」
平岩金雄は両腕を広げて、壇上から生徒達を見渡した。
「でも、ウチはそういう生き方を、そういう弱さを肯定する! 流されたってええねん! 事なかれ主義でもええやろ! だって――だって、オドレの自由やろがい、ンなもんは……!」
語彙が強くなってしまう。いけない、と思いつつ、しかし、これでいいとも思う。
流れが来ているならば、身を任せるのが一番だ。
「|何もしない自由《・・・・・・・》を望む生徒諸君! ウチ、平岩金雄は、誰でもない、主人公でもない、普通なキミらのために戦い続けると誓う! せやから――」
ふう、と息を吐き、微笑む。
「――どうか、平岩金雄に清き一票を。以上です。毎度おおきに」