アオハルクエスト
ヤマモト ユウスケ
一章
不信任決議(2)
餅川は囲み取材に対し、熱を言葉でぶつけるようにして、話を続ける。
「いいか? 生徒会会計の荒坂木蓮センパイ、わかるよな? あの男、数学以外は普通に苦手だし、毎週MDCからメイド呼んで家事をやってもらってるメイドフェチだし、そのくせアタシと話すときにはほとんど目ェ合わさねえ陰キャだがよ。第四次黒揚羽政権から別の政権に移行したとしても、会計だけは荒坂センパイだ。そうなるだろ、自然と」
荒坂木蓮とは、それほどの会計だ。それはつまり、
「現状のSPの運用は、確かに晴天学園のみんなに多大な負担と不満を共有するもんだ。それは申し訳なく思う。でもな? この最悪な状況の中でギルド委員会を立ち上げ、流動的な運用を目指したのは、それは結局、荒坂センパイが『それが一番マシだ』と考えたからだ。だったら、次の政権でも、この会計政策は基本的に変化しねえんだ。変わらねえんだ、政権が変わっても、アタシらの現状は何一つ、な」
麗依は記者達をぐるりと見渡して、言う。
「こんな状況で、不信任決議案なんて出す奴はいねえ。出すフリする奴はいるかもしれねえ。問題提起そのものはいくつもあるだろうな。でも今はリスクの方がデカい――どころかリスクしかねえ。それでも不信任決議案出すってんなら、そいつは政策に相当自信があるか、ギャンブル依存症かのどっちかだ」
要するに、
(どう足掻いても最低にしかならい状況下だが、比較的マシな方を選べているはずなんだよな。アタシらの大将のやってることはさ。こんな状況で青春を楽しむってのは、確かに性格に合わねえ生徒もいるだろうが……)
飛び降り自殺未遂。
【隔離結界/クロスルーム】がある限り、本当に死ぬことは無いのだが、それは辛い現実からの“逃げ”を許さないということでもある。
(地獄だぜ、実際。何か新しい発見が無い限り、どう足掻いても手詰まりって地獄だ。もう少し、希望があればいいんだがよ……)
と、考えていると、囲みの隙間から一人の女子生徒が体をねじ込んで麗依の前に出てきた。
見知った顔だ。
「あ、監査委員長補佐の萌葱ですー。すいません、会見中に。でも、記者さんが集まっているところの方が、都合良いかなと思って。ちょっとご報告があるんですけど、お時間いただけますかー?」
「おう。萌葱センパイ、何の用だ」
ええ、と萌葱は頷いた。
「いや、実はね? うちの委員長、平岩金雄ちゃんが本日十六時に、現生徒会長黒揚羽聖十郎に対する不信任決議案を提出させてもらう予定なんですけど、その報告と発表がしたいなーと思いまして」
麗依はその言葉を聞いて、内心で反芻し、それから、
「あの女、ド級の馬鹿か?」
失言であるとわかりつつ、素直に感想を述べた。
●
代表委員会の委員室は、中央大校舎のちょうど生徒会室の真下にある。
ただ、そのサイズは生徒会室以上で、壁を抜いて教室四つを繋げた構造だ。初、中、高等部全てのクラスの代表が一堂に会することもある都合、代表委員会は生徒会よりも監査委員会よりも広い部屋を必要とするためである。室内には長机が規則正しく並び、壁際のラックには書類ファイルが詰め込まれている。
今日もそれなりに委員が詰めているが、誰もが手元の作業をおろそかにしていた。
長机の前で、源湊は平岩金雄と向き合っているからだ。
「源湊代表委員長。ウチ、平岩金雄は、晴天学園にて生活する一生徒として、議会たる代表委員会へ、現生徒会長黒揚羽聖十郎に対する不信任決議案を提出させていただくで」
差し出された書類を受け取ると、周囲でカメラを構えていた新聞部の記者達が、一斉にフラッシュを炊く。
そんな状況であっても、源湊はいつも通り淡々と仕事を進めるだけだ。
「たしかに受け取りました。以降の流れを説明いたします。まず内容を検分し、不備がないかどうかを確認いたします。その後、代表委員会にて議会開催の可否を問い、過半数の賛同者を得た場合、次の段階へ進みます。すなわち――」
「――全校生徒が一人一票を持ち、それぞれの判断と投票によって生徒会長の不信任を問う、緊急生徒総会を開催する、やろ? わかっとる。これまでの学園生活で、何回も聞いたわ」
「そうでございますね。わたくしが委員長になってからは、五度。いえ、これで六度目になりますでしょうか」
「何回も内容精査させてもうて、えらいすまへんなぁ」
少しもすまなく思っていそうにない顔である。湊はイラッとしつつ、
(それもまた、政争の一部でございますからね。『どうせ通らない』とわかっていても、不信任決議案を提出することそれ自体がアピールとなります。出し過ぎると『あいつまたかよ』と思われてしまうのですけれど……)
澄まし顔で、思う。今回はどちらだろうか、と。
もしも、ただ自らの政権奪取を目的として、いたずらに学園自治を乱そうというのであれば――しかもそれが、初等部生徒の身投げにかこつけてのものであれば――。
湊は平岩金雄の顔をじっと見た。
「代表委員長として問います、平岩金雄様。いま、この不信任決議が、本当に必要だと思うのでございますか?」
「源湊代表委員。政治ってのは、必要なことだけやったらええもんなんやろか」
平岩が、からかうような口調で言う。
「……変わりませんね、あなたは」
「初志貫徹。ええ政治家やろ? そんでもって、今回は――まあ毎回そうやけど――ガチや。たぶん、いや間違いなく、この書類の中身を、アンタは気に入らんやろうな。代表委員会内でも、賛否両論になるやろ。でも、変にいじったり取り繕ったりせず、ウチはこれをこのまま出す」
監査委員長が、湊の顔を正面から見つめ返して、言った。
「|これなら現状を打破できる《・・・・・・・・・・・・》と、ウチは確信しとる。この政策なら、今の晴天学園が抱える諸問題に対して、現政権以上の回答を与えられる。せやから――源湊、アンタに頼みがある」
「癒着に当たらないものであれば、承りましょう」
「この世界と現状に絶望し、あの子の後に続こうとしている生徒達に、フェアな場所で見つめ続けるアンタの立場から、伝えて欲しい。アトンドリ・エスペリエ――改革には痛みがつきものや。ならばこそ、まだその時ではない……いつどのように痛みを得るかは、ウチの演説を聴いてからにして欲しい、てな」
「……なるほど」
源湊は、しばらく考え込み、ややあってから一礼した。
「初志貫徹、承りました。平岩様が良い政治家かどうかは、これからわかることでございましょう。わたくしはただ、代表委員会の長を務めるものとして、ただ見定め続けるだけでございます。ゆえに――」
書類を抱き、湊は内心で平岩の評価を十点上げつつ、言った。
「あなたの活動が、必要であれ不必要であれ、生徒一同のためとなることを、祈っております」
●
翌日、精査を終えたある代表委員会が、疲れた顔で新聞部の取材に応じた。
目の下にはうっすらとクマが浮かんでいる。代表委員会内部で議論が白熱した結果――初等部の代表委員は除いて――徹夜で議論することとなったからである。
晴天学園の歴史から見ても異例の長丁場であった。
「具体的な内容は、まだ語ることが出来ないが――」
委員の誰もが気疲れした表情であったため、激論が交わされたのは間違いが無い。平岩金雄が提出した不信任決議案は、現政権である黒揚羽聖十郎の方針を否定し、同時に、そのより良き代替となる策が記されていなければならない。
その点が、どうだったのか。新聞部の取材に応じた一議員は、こう語った。
「――俺は、通すべきだと思ったよ。これを判断するのは、生徒各自であるべきだ。……つまり、生徒総会で問うべきだと、な」
賛成率52パーセント。
代表委員の過半数が賛成したことで、不信任決議案が通過。全校生徒、一人一票の投票によって、黒揚羽政権の信任と平岩|候補《・・》の提案が問われることとなった。
これにより、現政権生徒会長、黒揚羽聖十郎および黒揚羽生徒会執行部の各員はその権威、権力を凍結された。生徒会機能は議会の預かりとなり、臨時生徒総会が終わるまで、黒揚羽政権の全役員はその役を降りることを余儀なくされたのである。