キマイラ文庫

アオハルクエスト

ヤマモト ユウスケ

ビューワー設定

文字サイズ

フォント

背景色

組み方向

アオハルクエスト

ヤマモト ユウスケ

一章

ギルド委員会(4)


 文化部部室棟の応接室で、ソファに座った武田は、思う。

 前提として、だ。


(装備は必要なのである。無論、それは我ら体育会のためだけではなく、全校のために必要な行動。故に文化会代表から家庭科部連合に装備製作を請け負ってもらえるよう、仲介を頼んだのであるが……)


 文化会代表――あの陰鬱な顔の男は、丸眼鏡を中指で押さえながら言った。


『ボクはあくまで自堕落な詩人、哲人のたぐいさ。年功序列で代表に据えられた、ただのチンケな浮草だ。彼ら、彼女らクリエイターに助力を乞いたいならば、直接、君自身の言葉で語ることだね』

『代表である貴殿を通すのが筋であろう』


 丸眼鏡の男は嘆息した。


『筋を通すのは大事だが、君のそれは定型であって、思いやりでも寄り添いでもない。ボクから手伝えることは一つもないよ、自分でやってくれ』


 と言いつつ、家庭科部連合へのアポイントメントを取ってくれたあたり、浮草のわりに律儀であった。物言いと無責任さにムカつきはしたが。

 そして今、武田には、ギルド委員会とクエストという形式によって、要求されていることが一つある。


「黒揚羽生徒会長。つまり、貴殿はこう言いたいのであるな? 対価を支払え、と」

『ああ、それが前提だ。ギルド委員会を通してクエストを発行し、対価としてSPを支払いたまえ。クリエイターにものを頼むときは見積もりを先に出す、という簡単な話だよ』

「……体を張って、学園を守っている体育会の生徒達を軽視しているのである!」

『もちろん、国防費ならぬ校防費として、予算は生徒会が予備費から出すとも。しっかり体育会でとりまとめて計上してもらい、監査委員の厭らしいチェックを受ける必要はあるがね。どうだろう、高円君。それなら受けてくれるかね?』

「うぅん……まあ……対価がもらえるなら、やる子はいそうですけどねぇ……。実際、アマチュアで作品販売したり、制作受託したりしている子だっていますしぃ……」


 歯切れ悪く、高円が言う。


「さっきも言った通り、話は通しておきますよぉ。ただ、制服の量産なんて、対価があるとしても、誰も面白がらないと思うんですよねぇ」

『魔獣の素材を扱えるとすれば、どうだね』

「……はあ?」

『未知の素材を用いて、制服のデザインをベースにしつつ、好きなだけ改造できるとしたら……そして、それで金銭を受け取れるとしたら、どうだね? 興味を持つサークルは、あると思うのだが』


 高円は口を「お」の形にして、しばらく呆けてから、武田を強く睨み付けた。


「それを先に言ってくださいよぉ! 超面白そうじゃないですかぁ!」


 ●


 クエスト名:戦闘用制服の試作

 依頼者:体育会代表・武田権太郎

 受注者:家庭科部連合事務総長・高円円


 この異世界において、晴天学園の制服は強力な補正がかかっているようなのである。装備の問題は、戦闘を担当する体育会系の生徒にとって、死活問題なのである。戦闘における負傷率を下げるため、魔獣の素材を用いて制服の補修や補強、新規製造に、責任を持って取り組んでいただきたいのである。


 ●


 詳細を聞いて、なるほどなぁ、と裁縫部部長、安井は頷いた。

 種族はアラクネで、下半身が蜘蛛になっている。ワシャワシャしたパーツがキモくて、女子的に好ましくない変異だったが、一週間で「足多いと意外と便利っすね、壁とか貼り付けるし」と受け入れた。そういう性格だ。


「制服……制服かぁ。うーん、型取るのが大変そうっすねぇ」

「普通の制服でしょお? 型、いるのぉ?」


 裁縫部の部室を訪れてクエストの話をしたのは、背の縮んだ家庭科部連合事務総長、高円円だ。可愛いサイズになったので、是非とも可愛い服を作らせていただきたいと思っている。

 そして、横には仏頂面を浮かべたデカい馬耳の男もいる。


「ほら、自分とか足増えてますし、事務総長だって体縮んでるじゃないっすか。元々ある型でなんとかするの、基本的にもう不可能なんすよ。体育会は基本、獣人系か巨人系なんで、骨格レベルで変わってるでしょ」


 カリカリとペンで頭を掻く。アラクネに変異した際、セーラー服のスカートが長くなり、下半身をきちんと覆う形になったが、パンツルックには非対応だ。それはそれで困る。

 蜘蛛の下半身なので、見るほうからすればエロくもなんともないだろうが、女子的には恥ずかしい。そこで、裁縫部の女子で結託して八脚の蜘蛛用ズボンの型を取ったのである。まあまあ楽しかったが、ああいった作業を、全校生徒分やるのは、


(きちぃ……。人手が足りねえっすねぇ)


 人の手に加えて蜘蛛の足を総動員しても、大変な作業になるだろう。ミシンの数だって有限だし。

 安井は嘆息して、馬耳の男に目を向けた。


「武田さんでしたっけ。体育会の。一個、聞きたいんすけど」

「なんであるか」


 ぶすっとした顔で返事が来る。安井は、


「やっぱり、シモの方も馬並みにデカくなったんすか?」


 にんまり笑って聞いてやった。


「なッ……にを言っているのであるか!?」

「何聞いてるんですかぁ、バカぁ!」


 ほぼ同時に怒声をぶつけられた。高円に足の一本をビシビシ叩かれる。ブラウニーの力では、アラクネはびくともしない。

 にひひ、と笑いつつ安井は武田に頭を下げた。


「すんません。でも、あんまりにも固い顔してるんで、つい。空気が悪いと、創作者は手が止まっちゃうんっすよねぇ」


 ごほん、と赤面した高円が咳を打つ。


「いいですかぁ? 家庭科部連合全体への発注ですからぁ、裁縫部以外にも、製作を請け負う手芸サークルが五つはあるはずですぅ。分業や複数入札という形で分散出来るんじゃないかと思うんですよねぇ。裁縫部に最初に話を持ってきたのは――」

「最大手だからっすね? 了解っす。型は共有できるし、大変でしょうけど、無理筋じゃないって感じっすねぇ。……にしても、魔獣の皮で制服っすかぁ」

「何か、懸念があるんですぅ?」

「いやね? あたしらも【魔糸紡ぎ/アラクネスピニング】で生み出した糸で布作れねえかって、考えてたトコなんっすよ」


 指先から、しゅるり、と糸を出して見せる。スキルで生み出した糸は強靭で美しい。地球では見たことがないほど上質なものだと思う。自分の体から出てきたもので、そこはちょっとキモいが。


「デザインの改造もしていいんですよね? 改造した結果、その……補正? が消える可能性は、考慮しなくてもいいっすか」

「ほら、ウチって制服改造してるコ、結構多いじゃないですかぁ。メイドの人とか……誰でしたっけぇ?」

「代表委員会委員長の源湊殿であるな」

「そうそう、源さん。あの実質メイド服な制服にも補正が乗っているならぁ、ベースが制服である限り、好きなように改造しても補正されるんじゃないか……と、生徒会長さんが言ってましたよぉ」


 安井は両手を打ち合わせて、笑う。


「いいっすねぇ、いいっすねぇ! 超面白そうじゃないっすか! 俄然、テンション上がってきたっすね! そのクエスト、任せてほしいっす!」


 受注を表明したのに、しかし、依頼主である武田が、憮然とした顔で、ぎろりと睨み付けてきた。だから、そういう固い空気はやめて欲しいのだが。


「あまり、ふざけないでいただきたいものであるな。我々は、体を張って戦っているのである。それを、面白そうだの、テンションが上がるだの……! 真面目にやる気はないのであるか!?」


 武田の圧の強いセリフを十分に吟味して、安井は首を傾げた。


「そんなふざけた口調の人に真面目にやれって言われても……」


 ●


 高円は、武田が青筋を立てているのを見て、


(キレても、意外と……抑え気味なんですよねぇ、この人ぉ)


 意外に思う。体育会系といえば、ことあるごとに怒鳴り、高圧的な態度を取り、こちらの趣味を馬鹿にしてくる者達……というイメージが強い。


(いえ、それが偏見なのも、わかってはいるんですけどぉ……)


 そうでないものも、当然いる。だから、警戒は解かない。


(事務総長として……守るのが、仕事ですからねぇ)


 ●


 武田は深く息を吐いて、気を落ち着けた。

 大丈夫だ。文化会系というのは、こういう茶化した言動の、真剣に生きられない者が多い。それはわかっている。こちらが大人になれば良いだけのこと。


「……隔離結界がある限り、我らが命を落とすことはないのである。だが、怪我はするし、痛みもある。――真面目にやっているのである。貴殿らも、楽しむだのテンションだのではなく、義務感と責任感を以て、装備の製作に取り組んでいただきたいと、そういう当たり前のことを言っているのである。わかるのであるか?」


 安井が首を傾げた。


「えー? 楽しいことほど真面目にやるもんじゃないっすか? ……価値観の違いってやつっすかねぇ。もちろん、クオリティーは信頼して欲しいっす」


 眉をひそめていると、高円が、


「見てから決めればいいですよぉ、武田代表。ウチの子達の実力が“足りない”なんてことはないと、すぐにわかりますからぁ」


 こちらを挑戦的な視線で見て、そう言う。武田は深く息を吸い、吐いた。


「……わかったのである。して、いつ出来上がるであるか?」

「んー、基本は学ランとセーラー服っすからねぇ。まずは型取って試作品作って、改造はそっからっすね。生地も作りもしっかりしてますけど、ほぼ毎日着てるし、見てもいるモンっすから……」


 安井が背後を振り返る。十匹を超えるアラクネが、目をらんらんと光らせ、手をうずうずさせている。


「落ち着け同志諸君! 好き勝手していいのは完コピ作ったあとっすよ! ……で、どれくらい急げるっすか?」

「部長! あたしらもう頭ン中にデザイン湧いてんすよ!」

「制服改造かぁ、やっぱり無難にゴシックロリータ風とか、和風とか……」

「マイクロビキニ風制服! マイクロビキニ風制服を作って高円事務総長に着てもらいましょうぜ!」

「絶対着ませんからねぇ! てか体育会用の戦闘服作れつってんですよぉ!」


 安井が笑って、武田に向き直った。


「って、ことなんで。明日にはサンプルが出来上がるんじゃないっすかね」

「……出来上がりに不安のある遣り取りではあるが、早急な着手については恩に着るのである」

「恩は着なくていいっすよ。ていうか、その学ランも着なくていいっす。脱いでください、ほらほら」


 武田は固まって、ややあってから一歩下がった。


「……なぜであるか?」

「型取るんで。やると決まれば一直線! 寝食忘れてのめり込むってのが、自分ら創作系のいいところなんっすよ。悪いところとも言うっすけど。ま、ともあれ」


 安井が、ぐるりと腕を回した。


「こっち来てから、服なんて作ってる場合じゃないんだと思ってたんっすけど……ようやく、役に立てそうっすねぇ」