キマイラ文庫

アオハルクエスト

ヤマモト ユウスケ

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アオハルクエスト

ヤマモト ユウスケ

一章

青春乱闘大声援(3)


 権太郎の叫びを念話越しに聞いた黒揚羽聖十郎が、即座に叫んだ。


『撤退しろ!』


 権太郎は、努めて冷静を保とうと努力しながら、掌中の輝木に問う。


「……もう無理であるな?」

「はいー、だめです。もうたいりょくないですー」

「で、あるならば……」


 三頭の地竜は、こちらを警戒しているのか、すぐさま襲いかかっては来ない。

 しかし、逃げるとなれば、追ってくるだろう。


(相撲部は、逃げ切れんな……)


 ちらりとトロール達を見る。傷だらけだが、戦意の衰えない瞳で三頭の地竜を見据えている。彼らは足が遅い。高い耐久力があるとはいえ、逃げ延びるまで保つとは思えない。


「……黒揚羽生徒会長。申し訳ないのであるが、全員の帰還は不可能である」

『生徒会長の命令だぞ! 貴様に拒否権などない!』

「応援団員から足の速い一名に、輝木殿を送らせる。柔道部、空手部と共に撤退させるのである。残りの応援団員と、すまないが相撲部の面々は……」

「いいでごわすよ。女子を助けて散れるなら」


 気の良いトロール達が引きつった笑みで、しかしサムズアップした。


「では、我らはここで最後まで。黒揚羽生徒会長、報告は我以外から――」

『待て、この愚か者めが。私にばかり話してどうする!』


 念話越しの黒揚羽が何事かをブツブツ言って、


『これ、通常の念話より体力使うんだぞ、阿呆。いいか、武田。貴様がいま、本当に話すべき相手は、私ではない。だから、|繋ぐぞ《・・・》』

「繋ぐ?」


 誰と、という疑問よりも前に、声が来た。


『え、あ……もう、繋がっているんですぅ?』


 砂糖菓子のように甘い声だ。不安と心配に満ちている。


(……覚悟を鈍らせる気か、黒揚羽聖十郎め……!)


 権太郎は地竜達から目をそらさず、少しだけ頬を緩めた。


『高円殿。……申し訳ない。帰るのは、無理そうなのである』


 ●


 高円円は、応じた。


「……いいえ、ソレは駄目ですよぉ、権太郎君」


 場所は変わらず、屋上だ。

 現在、黒揚羽生徒会長が作った紫色の校章陣に向かって話しかけている。武田と繋がっていて、会話が出来る。


「権太郎君、約束を違えるつもりですかぁ?」

『いや、しかし、そうは言ってもであるのだが……』

「みんなの分の、ポップコーンとコーラがあるんですよぉ。せっかくだから晩ご飯はちょっと豪華に出来ないかって、学食と生徒会会計にも相談していますしぃ、それに、ええと……」


 高円は胸の前で両手をぎゅっと握って、震える声をなんとか落ち着かせながら、言った。努めて明るい声で、


「……信じてますからねぇ」


 言った。

 少しだけ間が空いて、武田は小さな声で呟いた。


『応援団長として、こんなことを頼むのは情けないのであるが……高円殿』


 はい、と応じる。


『……|円《まどか》殿。我を応援してもらってもいいであるか?』


 ●


『――頑張って、権太郎君!』


 その声援が、念話を通じて、武田に届く。


「――うむ……! 心得たのである!」


 武田は地竜達を睨み付け、腰の後ろに両手を回した。大きく股を開く。応援団専用魔獣皮学ランの長い裾がはためく。のけぞるくらいに深く息を吸う。

 そして、


「 晴 ィ 天 学 ゥ 園 ッ ! 校 ゥ ッ 歌 ァ ー ! 」


 空気を震わせ、叫んだ。様子見をしていた三頭の地竜、そのすべての視線が武田に向く。

 同時、応援団員と相撲部員もまた、武田の後ろで構えを取り、ほかの者達は逃走を開始した。武田は言う。


「我は思う! 応援団とは、応援には無限の力があると信じ、活躍と勝利を祈り、想いを託すものであると!」


 ならば、


「我は今、想いを託され、勝利と活躍の祈りを受け取り、そして、かつてないほど心のこもった応援によって、無限の力を得ているものである! ならば、ならば――人は、それを無敵と呼ぶのである!」


 見得を切ると同時に、遠くからくぐもった音が流れ出した。

 それは、晴天学園の校歌そのもので、


『校舎の屋外スピーカーを最大音量で動かしている。電気代が馬鹿にならんから大赤字だが……そこまで届いているなら無駄にはならん』

「届いているのである!?」

『ならば聞け。貴様を応援しているのは、かわいらしいブラウニーだけでは無い、と。私も、副会長も、いやこの場にいる全員が、貴様の背を押す応援団である!』

「感謝する、生徒会長!」


 地竜達が、動き出す。

 武田は大きく跳ねて、量の手のひらを担ぐように後ろへ。そして、その両手を叩きつけるように、前へ。その繰り返し。

 校歌応援演舞の振り付けはシンプルだ。後ろに振り上げた両手を前へ一回下ろし、また振り上げて、今度は真横に一回下ろす。その繰り返し。上体を傾けたりすることもあるが、基本形はそれだ。

 それを、演舞として攻撃に転化する。


『もう会話する余裕はないだろう。だから――頼むぞ、武田権太郎!』

『権太郎君! 頑張って! あと、それから――』


 地竜の前腕が横薙ぎに振るわれる。権太郎が両手を振り下ろす。両者の攻撃が、激突する。

 十メートル級の爬虫類型生物と、二メートル台の人型生物。普通なら比べるまでもない。質量の差が開きすぎている。

 だが。


『――待ってますからねぇ!』


 時には、それだけで十分なときもある。


 ●


 ――魂の輝きが一定値を突破いたしました。ACE認定を行います。


 【応援魔法/ウォークライ】

 【大団長、武田権太郎/キャプテンゴンタロウ:ACE】


 ――今後も皆様の奮闘を遠く地球よりお祈りしております。