キマイラ文庫

アオハルクエスト

ヤマモト ユウスケ

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アオハルクエスト

ヤマモト ユウスケ

一章

代表会議(2)


 代表委員長の源湊は、モノクルの位置を修正しつつ、平岩金雄の言葉を聞く。


「大人に任せるべきやと、ウチは思う。ウチ以外にも、そう思っとる奴は多いやろ。学生自治は、ここまでにしようや」


 その内心で、平岩金雄の言葉を吟味する。


(平岩金雄様は、本気で「大人に任せたい」――なんて考えるタマではございません。毎度の政争でございますね? ならば、狙いは学生自治の撤廃ではない、と推測いたします)


 考える間も、全く表情を動かさない。


(わたくし、学内メイド派遣サークルMDSの筆頭メイド長でございますゆえ、個人の思案を表に出すことも、政治的な駆け引きも、好むものではありません。ええ。ですが、わたくしはただのメイド長ではなく……代表委員長でもあるのです)


 代表委員会は各種委員会を取りまとめる組織である。

 生徒会の要望を受けて行動することが多い性質上、生徒会執行部の下部組織だと思われがちだが、実際は違う。

 議論を交わす黒揚羽聖十郎と平岩金雄を見比べて、前提を見つめなおす。

 こんなときだからこそ、前提を大事にしなければいけないのでございます、と源湊は考える。


(生徒会執行部は、学園三権における行政すなわち内閣に相当し、監査委員会は司法すなわち裁判所に相当いたします。対して、わたくしども代表委員会が相当するのは立法。議会でございます)


 晴天学園における議会とは、すなわち定期的に開催される生徒総会そのものである。学級委員を取りまとめる代表委員会は、その議会の下部組織。

 よって、源湊は生徒総会を代表するものであり、一般生徒を代弁する者である。すくなくとも、そうでなければならない……と、考えている。

 つまりは、


(わたくしは生徒会に仕えるメイドではなく、この学園の生徒の総意に仕えるメイドである、ということでございます。よって、現状の行政と現行の司法が、この異世界という難局を任せるに値するかどうか、この場で見極めなければ)


 現生徒会長、黒揚羽聖十郎を見る。

 大勝か大敗か、そのどちらかしかしないピーキーな学園政治家である。

 失言が多く、これまで三度の失脚理由はすべて失言。が、過去の失言まで含めて愛されている稀有な存在だ。

 派手な言動による演説能力の高さがウリだが、意外にも保守派で王道な政治手腕が特徴。生徒の頑張りや置かれた状況をケースごとに勘案しつつ、十分な見込みがあれば支援する積極財政が支持されている。

 ただし、その性質ゆえに生徒会の年次予算をほとんど――というか全く繰り越さず、予備費にも軽々に手を付けるため、官僚タイプの学園政治家からは恨み言を言われがち。代表委員会内でも、評価は賛否両論である。

 「政治家になるため、この世界に生を受けた」などと放言するキャラクターだが、意外にもごく普通の一般家庭の生まれらしい。


(突然変異でございましょう。大自然の神秘でございます)


 源湊はそう結論した。初等部から学園政治家になって、選挙に挑み続けてきたバイタリティーは、尋常のものではない。

 総合評価は……七十五点といったところか。

 ただし、彼の強みは、個人評価で計れるところにない。特異なキャラクターと演説能力は確かに黒揚羽聖十郎の武器だが、最大にして最強の武器は、


(如月院真理愛様……。)


 隣の席に座っている副会長、如月院真理愛だ。

 確か、黒揚羽聖十郎とは幼馴染だと聞いている。一般家庭育ちの黒揚羽聖十郎と違って、如月院はホンモノの上流階級育ちのはずだ。


(華族の流れを汲む名門代議士一家、如月院の一人娘。晴天学園で間違いなく最も優れた学園政治家でございますけれど、しかし、生徒会長に着任したことはございません。どころか、会長選に出馬したこともございませんね)


 見惚れるような美貌、温厚だが芯の強い性格、文武にも優れていると来た。会長選に出れば、即快勝、出馬する限り再選し続けること間違いなしだろう。だが、如月院真理愛の学園政治家としての経歴は、過去三度、黒揚羽政権での副会長職のみである。


(副会長以下、生徒会執行部のメンバーは生徒会長の指名によって、双方の合意の元で任命されるのでございます。大抵の場合は並みいる学園政治家の中から同じ方針を持つ方が選ばれることになるのでございますが……)


 どんな会長だって、思う。如月院真理愛を副会長にしたいと。だが、そうなっていないということは、


(つまり、黒揚羽聖十郎様が生徒会長になったとき以外、副会長職を断っているのでございますよね。甲斐甲斐しく尽くすその様子から、晴天学園きってのダメンズ好き残念美女としても有名――)


 ふいに、如月院真理愛が源湊のほうを向いて、にっこりと微笑んだ。

 源湊は動揺を全く見せず、目礼で返した。


(――びッッくりしたぁー! で、ございます)


 心臓止まるかと思いました。本当に。

 なんにせよ、恐ろしい女性であることは間違いない。それは同時に、|民衆《生徒》の味方である限りにおいては、心強い存在であるということ。

 総合評価は九十点。「黒揚羽聖十郎を軸にして動く」というマイナス要素がなければ、百点は間違いない。


 その横、書記の大導寺あさ子もまた優れた学園政治家だ。ただし、自他ともに認める補佐タイプで、会長選にはあまり興味がない。


(書道部とおかっぱ研究会に所属している、意外とノリのいいフッ軽女子でございます。……おかっぱ研究会についてはよくわかりませんが、賞を取った書に記した文字は『民法改正』でしたか)


 彼女も癖が強い。将来的には官僚志望だとも公言しており、学園政治家としての伸びしろは感じられない。総合評価は五十点。

 源湊は着用していたモノクルを手に取って、眼鏡拭きで曇りをふき取り、元通り着用した。狐耳とホワイトブリムをかすかに揺らして、思う。


(いつ見ても、癖の強い生徒が多すぎでございます。わたくしのようなごく一般的な生徒には、付いていくので精一杯。まこと、変な学園でございますね……!)


 ともあれ。

 生徒会にはあと三名の役員がいるが、今日は不在だ。怪我とのことだが、保健委員も統括しちえる源湊の把握する限り、大きな怪我ではない。すでに治療も済んでいるはずだ。なら、情報収集の別動隊として動いているのだろう。

 それを秘匿したのは、もう一人の本日の主役に対応して、だろう。

 つまり、黒揚羽聖十郎と議論中の――


「――決まっとるやろ。ウチのモットーは民意に寄り添う心優しい政治や」


 などとのたまう、平岩金雄である。

 もしも黒揚羽政権が倒れたら、その次はおそらく彼女が政権を取るだろう……と、源湊は考えている。


(学園政治家、平岩金雄様。政治よりも政争を好む、反エリート主義のポピュリスト。ただし、態度は一貫しておられます。つまり――|反政権《・・・》の旗手として、常に政権批判の態度を取っておられます)


 いわゆる野党筆頭。一部からはお騒がせ政治家、迷惑系の悪人扱いもされがちだ。しかし、源湊は知っている。


(長年のドブ板活動によって友人、知人も多く、仲間と認めた相手に対しては情の厚いお人でございます。その繋がり、経験から多くの推薦を受け、監査委員長に任命されているほど。非常に真面目で勤勉な|悪人《・・》でございます)


 総合評価は二十五点。ただし、長年固めてきた地盤は、これまで敗北してきた側の民意そのものでもある。代表委員である源湊にとっては、決して無視できない存在だ。

 ……源湊は、静かに政治家たちを見比べ続ける。

 善悪は問わない。政治的主張も。性格も生まれも関係ない。

 ただ、民意の総代として、いまこの状況を任せるに足るのは誰かを、見極めるだけである。