キマイラ文庫

アオハルクエスト

ヤマモト ユウスケ

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アオハルクエスト

ヤマモト ユウスケ

一章

代表会議(4)


 黒揚羽聖十郎は、平岩金雄のことを高く買っている。


(まずは大人――学園長に「学生自治に任せる」と明言させ、自身の政権奪取を正当化、か。即時の不信任決議案提出まで持って行かなかったのは、この場で追加の混乱を起こせば、自身の政争戦略にマイナスだと判断したからだろうな)


 平岩金雄。日本を代表する有名財閥、その本家の一人娘。父は社長、祖父は会長で、利益団体――つまり、圧力団体の会長も兼ねている。

 真理愛とは真逆。政治家ではなく|政治屋《・・・》の名家だ。

 しかし、平岩金雄はわざわざこの晴天学園で学生政治家になった。何度敗れても決して折れず、反体制の姿勢を崩さない、反骨の政治家に。


(政争に勝つためなら何でもする女だと思われがちだがね。平岩金雄は敗け続けてなお、敗ける側の勢力に立ち続ける女で、それはつまり――この学園においては、敗者と弱者、マイノリティーの代表者だということに他ならん)


 油断ならない相手で、しかし、信頼できる敵だ。

 聖十郎は小さな学生手帳を開き、目を落とす。


「生徒手帳に、|能力《スキル》の超稼働――魂がひときわ強く輝くとき、能力は進化する、と記載がある。私が見た野球部斎藤のレーザービームがそれだろう。巨大な鷹を撃墜し、マネージャーの桐野を救った一投だ。武田君、頼めるか」


 机の一角で、偉丈夫が立ち上がった。身長は二メートル半ほどで、屈強な肉体を学生服に詰め込んだ男子生徒である。


「晴天学園体育会代表、兼、応援団団長の|武田《たけだ》|権太郎《ごんたろう》である。種族は|馬獣人《ホースマン》、見ての通り馬の獣人である」


 額に赤い鉢巻を巻き、両手には白い手袋を着用。両耳は上に伸びた馬のものに変異している。運動系の部活動やサークルを取りまとめる互助組織『体育会』の代表で、その性質上、学園政治家との折衝を行う担当者でもある。

 聖十郎からすれば、


(筋肉党派の堅物……悪い奴ではないが、やや扱いづらいところもある)


 という印象だ。

 武田は両手を背中に回して堂々と立ち、何も見ずに口を開く。


「斎藤のスキルについて、報告を受け取っている。名前は【一番投手斎藤/ファーストピッチャー:ACE】で、投球力を超強化する能力なのである」


 なるほど、と学園長が相槌を打つ。


「馬なのに娘じゃないのは残念ですね。……いえ、そうではなく。自覚しているスキルの名称まで変わるのですね。仕組みはわかりませんが、強力で頼りがいのある防衛戦力になると考えていいのかしら?」


 聖十郎は「ああ」と頷く。


「この超能力の超稼働は、モンスター撃退の核になり得る。いや、防衛だけではないな。今後のサバイバル生活全般において、重要になるだろう。ゆえに、積極的に全校生徒の魂の輝きとやらを推進していきたいところだが……」

「条件やな? 魂の輝きとやらの、条件があるはずや。わかっとらんねんやろ。生徒手帳の項目も、ノイズだらけでまともに読めへんし」


 平岩の言葉に、聖十郎は同意する。


「そう、わかっていない。しかし、類推することはできる。斎藤の一例で言えば、マネージャーの桐野が攫われたことと、斎藤が桐野に好意を抱いていたこと、この二つが要点だろう。……つまり、好きな相手のピンチだな」


 あの時、斎藤は思ったはずだ。桐野を助けたい、好きな女子を取り戻したい、と。その、きわめて純度の高い一念が、すなわち――。


「私はこう仮定する。魂の輝きとはつまり、青く若い心の働き、激しく揺れ動きながら変異する情動……いわば|青春《・・》なのではないか、と。馬鹿みたいな予測なのはわかっている。だが、私は本気だ。いいかね?」


 仮定とは言ったが、聖十郎、おそらくこれが正解だという手ごたえを感じていた。


「――青春が、我々を強くする」


 聖十郎は居並ぶ面々の顔を見回した。

 どの顔も、見知った顔で、しかし、見知らぬ顔でもある。異種族に変化してしまって、しかし、


「姿かたちが変わろうと、私たちの中身は変わっていない。そうだろう?」


 聖十郎は、言う。


「我らは九割が学生だ。初等部、中等部、高等部あわせて一万の、青春を謳歌する魂が、ここに在る。その点は、この荒唐無稽な状況下であっても、地球となんら変わりはしない」


 一瞬だけ、隣の真理愛を見る。真理愛は聖十郎を見て微笑んだ。


「よって、私――生徒会執行部代表生徒会長、黒揚羽聖十郎がこの異世界サバイバルにおいて最初に打ち出す方針は、青春の積極的推進だ」


 自分たちが青い春を生きる学生であることは、どんな世界であっても変わりはしないのだ――と。それは胸を張って言えることだ。


「青春が我らの身を守り、強くし、結果として帰路に導いてくれる。生き続けさえすれば、日本に戻るヒントも得られるはずだ。……どうだね、諸君。何か、異議や疑義があれば、ここで十分に議論しようではないか」


 早速、平岩が手を挙げた。


「異議も疑義もある。たった一例を信じて方針を打ち出すのはどうなんや?」

「二例目が観測できれば、補正可能だ。当然、青春が魂の輝きを導くという仮定が全くの間違いだという可能性もある。が、それもまたサンプルになるだろう。積み重ねの一歩目を踏む提案として、それなりの妥当性はあるように思うが」

「二例目が観測できなかった場合は? どう責任を取るんや?」

「常に生徒諸君からの信を問われる立場だ。判断は生徒諸君に任せるとしよう」


 平岩の目を、じっと見つめ返して、聖十郎は言った。


「無論、不信任決議案の提出があれば、潔く応じよう。――だが、それは今ではない。わかるだろう、平岩監査委委員長。まだ情報の積み重ねが足りない」


 今、仮に政権を奪取できたとしても――その後の政権は、この混乱を引き継ぐだけだ。


(政争を好む平岩金雄と言えど、貧乏くじを引きたいわけではない。そうだろう?)


 平岩は数秒黙ってから、「うん」と頷いた。脳内で損得勘定が終わったらしい。


「ま、そもそも本来は夏休みやしな。過激すぎる青春は不純やけど、休み中なら誰が告白しようがドタマをパッキンに染めようがプライベートビーチでイチャコラしようが、監査委員会的には問題ない。その方針、ひとまず認めたる」

「感謝する。……ほかの者は? 賛同の者は、挙手にて示していただきたい」


 最初に、皐月ガブリエルが口を開いた。


「わたくしは挙手いたしません。とはいえ、反対ということではなく……先述した通り、学生自治にお任せするためですの。方針そのものも、教師として反対する必要があるものとも思えませんし」

「棄権か。いいだろう」


 代表委員長の源湊が、すっと手を挙げた。


「風紀委員も取りまとめる代表委員会的としては『公序良俗に反しない形で』などの補足が必要だと意見いたします。が、方針そのものには反対いたしません。民意が望むものは、混乱の終息と打破でございますゆえ、黒揚羽政権がそれを目指し、行動するならば、お支えいたしましょう」


(賛同する、とは言わないのが源湊らしいな……)


 苦笑する。続いて、体育会代表の武田権太郎が、そして文化会代表や、それ以外の者たちも、ばらばらと手を挙げる。それは賛同の者もいれば、現状維持のためにとりあえず手を挙げるものもいて、


(判断基準がないから、とりあえず従ってみる……という感覚だろうな)


 状況に流されている。だが、こちら側に流れてくれるのならば、それは味方だ。真理愛が数を数え、「過半数です」と宣言した。


「――賛同ありがとう。ひとまずではあるが、この緊急集会で方針は定まった。しかしながら、具体的手法については、これからのサバイバル生活で模索していく形になるだろう。諸君との密な連携、協力だけが、それを為し得るものとなるだろう。ゆえに――」


 聖十郎は、小さな頭を下げた。


「今後とも、何卒よろしくお願いする。それでは、会合の最後ということで、いつもの一本締めで締めさせていただきたい。お手を拝借――よーおっ」


 パン! と、会議室に柏手が響いた。

 第一回晴天学園異世界対策緊急会議、閉幕である。