キマイラ文庫

アオハルクエスト

ヤマモト ユウスケ

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アオハルクエスト

ヤマモト ユウスケ

一章

青春乱闘大声援(4)


 武田権太郎の両手が、地竜の前腕を弾き飛ばした。

 そこまでの威力があるわけもないのに、だ。

 理解する。自分はいま何か、新しい力を掴んだのだと。


「団長、背中に校章陣が!」


 団員に言われて、気づく。己の背中側に、大きな紫色の校章陣が浮かんでいる。

 見たことがある。それは、エースの証だ。

 手に入れた力の名は【大団長、武田権太郎/キャプテンゴンタロウ:ACE】――


「――応援する仲間達から力を借り受け、応援される仲間達へと再分配する能力か……!」


 |司令部《屋上》にいる二十人の仲間達。後は待機している応援団やチアの団員達が、八十人超で、合計約百人。

 文系の生徒や小型種族も多いが、馬系獣人種の体重は、男女を平均しても百キロを超える。百キロで均しても、百人いれば、


「今、この身に満ちているのは――十トン級の総合力である!」


 そして、それがもたらすものは、地竜と同等クラスの打撃力。

 校歌のイントロが終わる。


「団員達よ! 地竜は我が相手をする!」


 襲い来るトカゲと相対する団員達が、応、と叫び、そして、


 ――晴天の空 高く青く

 ――文化の風よ 吹き渡れ

 ――自由の旗を 天に掲げ


 歌う。

 歌うたびに武田が跳ね、両腕を振るう。白手袋の手刀は、地竜の前腕とぶつかり、皮を打ち、牙と爪を折る。

 当然、武田もまた傷を受けるが、


(この身に、勝利の祈りがある限り……!)


 折れることはない。


 ――ああ 晴天 晴天学園

 ――|万《よろず》にみなぎる 若き力


 サビに入って、さらに力を増す。


「おおお……!」


 一頭の脳天に、両手の手刀が叩きつける。

 頭蓋を割った嫌な感触。どう、と巨体が倒れる。残り二頭。


 二頭は、こちらへの攻め手を止めて、黄色い眼でじっと武田を見た。

 そして、視線を外して、巨樹の向こうへと消えていった。


「待つのである……!」


 武田は飛び上がり、巨樹の枝に乗って、追いかけ、そして――見た。

 巨樹が生い茂り、太い枝に遮られた密林の向こう側に、少し開けた場所がある。玉砂利によって区切られた直径百メートルほどの円形広場で、中心にあるのは真っ赤な朱塗りの――


「――|社《やしろ》! やはり、見間違えではなかったであるか!」


 厳かな雰囲気の社。二頭の地竜が巨樹の間を縫うように進んで社に近づき、しかし、玉砂利の範囲には入ろうとしない。地竜以外にも、例の巨鳥型魔獣や、獅子のような未知の魔獣もいる。


「……団長。これ以上は、深追いしすぎです!」


 背後から、追いついてきた団員が囁く。


「しかし、これは好機である。偵察を――」

「両手を見てください!」


 言われて、武田は己の両手を見た。数十度の手刀によって、白手袋は裂け、出血して腫れ上がった両手が露出している。

 気づくと、どっと体力の消耗が押し寄せてくる。【大団長、武田/キャプテンゴンタロウ:ACE】も、すでに効力を失っているようだった。


「我々は十分やりました。地竜を討伐し、撤退させたんです。巣も――おそらくですが――特定したんです。あの社が何かはわかりませんが、すでに大戦果ですよ! ですから……」

「……口惜しいが、その通りであるな」


 武田権太郎は、そっと息を吐いた。


「撤退である。黒揚羽生徒会長に一報を入れてくれ」


 ●


 黒揚羽聖十郎は連絡を受け、


(社か……。本当にあるとはな。調査の必要が……いや)


 悩みかけたが、首を振って意識を切り替え、笑った。


「諸君! 武田達は、無事に切り抜けて帰還予定だそうだ! まだ油断は出来んが――」


 一息入れて、言う。


「討伐は完了した! クエストクリアと言って良かろう!」


 わ、とみんなが湧いた。


 ●


 校門をくぐり、武田は見た。

 帰還した自分に、駆け寄ってくる皆を。

 そして、その先頭で、小さな足を動かしているのは、


「――円殿!」

「権太郎君!」


 地面に膝をつき、寄ってくる彼女に視線を近づける。それでもまだ差はある。どうしようかと考えあぐねていると、近寄ってきた高円は足を止めず、勢いよく――


「お帰りなさぁい!」


 ――跳んで、抱きついてきた。

 とっさに両手で受け止めると、自然と抱きしめるような体勢となった。

 高円のまなじりには雫が浮かび、頬は安堵で緩んでいる。周囲、団員も家庭科部連合のメンバーも、体育会系も文化会系も生徒会も、誰も彼もが驚き顔だ。

 こうなってしまえば、いらない邪推もされるだろうが、


(……ここで臆すは、男児にあらず!)


 武田は、両腕で高円を持ち上げて視線を同じ高さに合わせ、言った。


「ただいま帰ったのである。……しかし、円殿」

「はぁい。なんでしょうかぁ」


 首をかしげる高円円に、武田権太郎は苦笑した。


「抱きつかれると、照れるのである」

「――あっ」


 円が真っ赤になった。


 ●


 高円円は赤面し、口を何度かパクパクさせてから、噴き出して笑った。


「ご、ごめんなさい、権太郎君……。つい、感極まっちゃってぇ……」


 そっと、下ろされる。武田権太郎は丁寧で優しい男だ。

 周囲、すごい歓声が沸いている。今後も散々いじられるだろうが、悪い気はしなかった。


(文化部がどうとか、体育会系がどうとか……そもそも関係ないんですよねぇ)


 人と人との付き合いが、その所属や帰属に影響されない――なんて甘いことは考えない。左右されるから、政治力が意味を為す。

 けれど、それらは本質ではない。人と人との付き合いは“その人がどんな人か”という部分こそが本質で、武田権太郎は丁寧で優しくて、円と話すときは視線を合わせようとしてくれる人だ。

 だから、円は照れながら微笑む。


「こほん。改めて――お帰りなさい、権太郎君。無事で嬉しいですよぉ」

「こちらも改めて――ただいま、円殿。出迎え、大変嬉しく思うのである」


 武田も笑った。

 討伐作戦は、見事に成功したのであった。


 ●


 生徒会室に、三人の役員がいる。

 一人は会計、荒坂木蓮。あとは庶務の流川ルーシーと広報の餅川麗依だ。

 その誰もが、険しい顔をしている。良くないニュースを聞いたからだ。


(無理もないけど……)


 と、木蓮は思う。

 役員歴で言えば、木蓮は誰よりも長い。しかも、二人は学年も下だ。この場で旗を振るのは、木蓮だろう。内心で二人を心配しつつ、代表して口を開く。


「……その、女子生徒は何年生ですか?」


 正面の椅子に座っているのは、代表委員会委員長の源湊。いつもの飄々とした表情ではない。焦燥、悲壮に眼を伏せ、微笑はひとつも浮かんでいない。

 それだけで、異常事態だとわかる。


「初等部五年生。女子でございます。種族はユニコーン、所属は保健委員でございました」


 ユニコーン。馬の耳を持つ獣人種族だが、馬獣人よりももっと小柄で、そして白銀の角が額から生えている。五年生で、女子。学年からして、おそらく、くじ引きか何かで保健委員に当たったのだろうな、と思う。


「……理由は、わかっているんですか」

「本人からは、特に。書き置きなども無く。ただ、友人曰く、ここ数日……いえ、転移以来、ずっと精神的に苦しんでいたようだと。何度か、己の角を切り落とそうとしたこともあったそうでございます。つまり、そういうことであるかと。……生徒会長様は?」

「……まだ、念話の呼びかけが繋がりません。討伐の際に、他者通話の仲介をやったらしいんで、体力ごっそり削られたんだと思います」


 瞠目していた餅川が目を開き、挙手した。


「端末にメッセは入れたのか、荒坂センパイ。あの場に三人いるんだ、誰か見るんじゃねえのか」

「入れたよ。けど、まだ既読が付かない。たぶん、クエストの成功を祝っているんじゃないかな」

「アタシが走って言いに行くわ」


 腰を浮かせた餅川を、源湊が「お待ちを」と制した。


「もう代表委員の一人に命じて走らせております。ですが――」

「餅川さん、問題はそこじゃない。新聞部だよ」

「新聞部……メディアですか?」


 首を傾げる流川に、木蓮は頷いた。


「司令部にはメディアが密着取材で張り付いてるんだ」


 木蓮は、はあ、と嘆息した。


「……たぶん、めちゃくちゃ調子乗って、景気良いこと言いまくっているところを激写されてると思う」

「それは……」


 タイミングが悪いな、と全員が思った。天井を見上げる。

 これはきっと、第四次黒揚羽政権崩壊のきっかけになるな、と木蓮は冷静に考える。波乱が起こる。確実に。

 視線を源湊に戻す。報告の内容は、こうだ。

 十五分前、初等部五年の女子生徒が校舎屋上から落下し、致命傷を負ったことで【隔離結界/クロスルーム】に入った。

 目撃情報から推察するに、自ら飛び降りたことは確実である。


 ――端的に言えば、自殺未遂である。