アオハルクエスト
ヤマモト ユウスケ
一章
不信任決議(1)
平岩金雄は、その報告を聞いて瞠目した。
監査委員室には、金雄の他に萌葱しかいない。
「まあ、そういう生徒が出るやろとは思っとったけど。初等部かぁ……」
数秒間、瞳を閉じたまま黙って、気を落ち着かせる。
ややあって、目を開く。
「ほな、そろそろ動くで、萌葱」
隣に座る萌葱は、困った顔で「金雄ちゃん」と呟いた。
「やっぱり、あんまり良くないと思うよ、こういうの」
「良かろうが悪かろうが、チャンスを逃す気ィはない」
平岩金雄は、両手で頬を揉み、口角を上げた表情を作った。
にんまりとした笑みの形だ。
「どない?」
「いつも言ってるけど、無理して笑わない方がかわいいよ」
「無理でも笑えとるならかまへん」
言って、金雄はその表情のまま、席を立った。
「ウチはいつだって民意の、弱者の味方や。我がままで、他責思考で、無知で、不真面目で、不勉強で、後ろ向きで、だけど何よりも大事で尊い|大衆《ボケども》の味方や。――つまりこれは、ウチらにしか出来んことや」
●
生徒会広報、餅川麗依は新聞部の取材に応じていた。
生徒会室の前で、多くの記者に囲まれマイクの先を向けられている。囲み取材だ。
「黒揚羽生徒会長が自分で話さない理由? そんなの決まってんだろ。――ロックじゃないからだ」
こういうとき、餅川麗依の方針はシンプルである。
(嘘をつかないこと。嘘はロックじゃねえからな)
つまりは、いつも通り“ロックかどうか”を価値判断基準として話す。
取材陣に対して、餅川麗依はグラサンをくいっと上げた。
「――いいか? 確かに会長センパイはナルシストだから、広報のアタシを差し置いて自分で話したがるところがある。阿呆だな。そこそこロックだ。だが、今回はいつものお祭り騒ぎじゃない。部活の予算配分でも出店の位置決めくじ引きでもない。粛々と、誠実に対応すべき事態だと判断した。だからアタシが表に立っている」
逆に言えば、
「アタシが表に立っているってことは、それだけ、黒揚羽生徒会長が今回の飛び降り事件を重く見ているってことだ。まだ初期対応だから、具体的な策は固まっていないが、スクールカウンセラーや保険教諭以外にも、それぞれの教室や部活等のコミュニティ内で相互に相談しあって、助け合うように周知している」
「しかし、事件発生時、黒揚羽生徒会長はコーラ片手に祝辞を述べていたんですよね!? 明らかな不祥事です! 説明はないのですか! 退陣予定は!?」
突きつけられるマイクに、おいおい、と餅川麗依は言い返す。
「ソレを不祥事っていうのは筋違いだぜ。地竜の討伐を終えて、討伐隊の治療をやりつつ、小遣いから出したポップコーンとコーラで祝っていたタイミングで事件があった。そういう流れだ。もちろん、事態を知って、すぐに黒揚羽生徒会長はその女生徒のクラス担任に話を聞きに行ったさ」
「事態を知るまで、時間がありましたよねェ? 学園唯一の【念話魔法/テレパシー】の使い手かつ、生徒会長という学生自治の頂点に立つ存在なのに、情報伝達に遅延があるのは大きな機能不全ではありませんかァ?」
この記者の顔は憶えている。既知の相手だ。
(出版創作系サークル組合の中でも大手の『晴天学園新聞部』、中でもゴシップ系小冊子『週刊青春』編集部の奴だな)
普段は「初等部生徒と高等部生徒、禁断の年の差恋愛発覚か!?」とか「学園政治家また失言!?」とか「黒揚羽聖十郎、新聞部に苦言。言論弾圧の兆し」とか、そういう低俗な記事を書いている。
つまり、基本的に政治家の敵である。黒揚羽聖十郎に関しては、敵の方が多い人間なので、別に不思議なことはないが、
(あの如月院副会長にまで「微笑の下にある素顔――傀儡政権を操るドSな本性!?」とかって記事出してたくらいだもんな。副会長は「あらあら」って笑って済ませてたけどよ)
最後に「!?」をつければ許されると思っているタイプのゴシップだ。あと、麗依も学園政治家としてデビューしてしばらくしてから、記事にされたことがある。「ロック(笑)な学園政治家餅川麗依、恋人いない歴=年齢はロックなのか!?(笑)」という記事で、まあ別に恋人いないのは否定しないが、記事を書いた学生記者のツラは憶えた。よおく憶えた。そして憶えておけよ。
ともあれ。
「討伐中に念話の他者仲介を行使し、体力を失っていたんだ。スキルの使用には体力を使う……知ってるだろ? 万能の電話機能じゃないんだ。討伐直後で混み合っていたし、タイミングが悪くて伝達に時間がかかった。ただ、これについては念話魔法使用が難しい時の連絡体制の見直しが必要だと判断し、学園デバイスのメッセージアプリのより良い運用体制についても検討しているところだ。将来的には通話も可能にしたいって話も出てる」
「では、不信任については?」
続いて飛んできた質問に、麗依は眉をひそめた。
「……不信任?」
「黒揚羽聖十郎生徒会長に対する不信任決議です。出ていないんですか?」
「知らん。議会に辞職勧告か問責決議が出れば、そこから先は代表委員の判断だ。あいつらの中で過半数取れば、緊急生徒総会が開かれることになって、そこで決選投票になるが……今のところ、誰かが出したって話は聞いてない。それはウチらじゃなくて出す側に聞け」
誰か――とは言ったが、
(このタイミングで仕掛けてくるとしたら、一人しかいねえけどな)
麗依は関西弁の監査委員長を思い浮かべる。嘘つきで悪い女だが、あれはあれでロックだ。
「提出されるかどうかはさておき、代表委員会が認可する可能性は少ないと思うぜ。この学園における不信任決議案は、事実上、現政権へタイマンで政策論争をしかけて、秀でていると判断された方が新政権を握るって形の|決闘状《・・・》だ。今ここで不信任決議案を提出し、代表委員の過半数を頷かせられるとしたら、そいつは黒揚羽聖十郎よりマシな政治家で、マシな政策を持っているってことになる」
これはやや失言寄りだな、と思いつつ、その他大勢の学園政治家への牽制も兼ねて、言っておく。
「そんでもって、いねえんだよ、そんな奴は」
それはなぜか。
「なあオイ。黒揚羽生徒会長からほかの生徒会長に入れ替わったとして、この異世界って現状を打破出来ると思うか? 言い方は悪いが、貧乏くじを引くだけ、火中の栗を拾うだけってやつだ。アタシらの大将、黒揚羽聖十郎は確かにアホだし、ナルシストだし、話が長いし、髪型が七三じゃないと体調を崩す奇妙な生き物だ。どうかしてるよな。だから、今回の事件において責任を問う声が上がること自体は、自然だろうよ」
だが、
「でもな? それだけじゃ駄目だ。|次《・》がいねえからな。最低限、大枠で三つの問題に対して、黒揚羽政権以上の解決策を提示できる政治家からの提出じゃない限り、代表委員は不信任決議案を通さんだろうさ」
三つの問題。木蓮センパイと代表委員長からのティーチングで、理屈は頭に入っている。それを他者になめらかに説明するのは、麗依自身の弁論能力――というか、ロック仕込みのハートとソウルだ。
「ひとつめの問題、安全保障。魔獣に対して、どう対処していくか。地竜型みたいな強力なのも出て来ているが、対処するには人員の準備と、武器防具類の継続的な研究開発がいる。つまり戦闘に関わる人員と防衛費の確保が必要ってわけだな」
記者の手がばらばらと上がるが、
「まあ待て、全部説明させろ。――次、ふたつ目な」
麗依は記者を指名すること無く、続ける。
「ふたつめの問題、地球への帰還策。誰にとってもノーヒントではあるが、アタシらは今、バチクソ怪しい真っ赤なお|社《やしろ》の調査を目下の目標としている。調査したところで何も出ない可能性も、もちろんある。生徒手帳の解読も進めちゃいるが、知っての通り、ノイズが激しくて遅々として進まん。とにもかくにも、怪しいところを全部調査していくしか、現状出来ることはない。これに関して、総当たり以外の新しい策、出せるか?」
そして、最後に。
「みっつ、生活に関する諸問題。……メンタルケアは、現時点で可能な限り行っているが、さっきも言った通り、人員がまるで足りん。なら、他の手段で、例えば娯楽で気持ちを楽にしたり、メンタルケアに関する用品で対策したりしようとしても、これがなかなか難しい。なんせ……」
嘆息する。
「……財源がねえ。小遣いが足りないって話もあるよな。そりゃアタシも思う。一人暮らしで月五千円って言われているようなもんだからな。SPを得る手段が購買部での素材買い取り以外にもあるってんなら、是非教えて欲しいね」
これら、三つの大枠は、複数の問題の複合体であり、細かいところまで掘り下げれば、もっとたくさん問題が出てくるものではある。
だが、究極的に言えば、解決法は一つだけだ。
「財源確保――これに尽きる。一つ目は単純にSPがありゃ解決できるし、二つ目はSPがあればあるだけ生活が安定して調査を続けられるし、三つ目はSPが余るほどあれば今よりもいいケアが望める。――だけど、ねえんだ」
もっとざっくり言おう。
「金がねえし、稼ぐ手段もほとんどねえんだよ、アタシらには」