キマイラ文庫

アオハルクエスト

ヤマモト ユウスケ

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アオハルクエスト

ヤマモト ユウスケ

一章

ギルド委員会(3)


 武田権太郎が家庭科部連合に向かう少し前、監査委員事務局に、二人の人間が訪れていた。


「――そう、ギルド委員会だ! どうだね、平岩監査委員長! この名案! 当然認めていただけると確信しているものであるが」

「認めるわけあるかぁー! このボケぇー!」


 平岩金雄は肩を怒らせ、如月院真理愛に抱えられた黒揚羽聖十郎に資料を投げつけた。すぐさま如月院真理愛の校章陣が浮かんで、資料を受けとめる。すっかりスキルを使いこなしている。

 急に会長、副会長コンビで監査委員事務局にやって来て資料を広げ、好き勝手にプレゼンをし始めたかと思えば、これだ。


「ギルド委員会やと!? 予算の組み直しならまだしも、校内で流通させるやと!? アホか!」


 黒揚羽は肩をすくめ、己を抱いて持つ如月院を見上げた。


「なあ真理愛、あいつノリ悪いよな」

「真面目なんですよ、平岩監査委員長は。怒るのもプレゼンが終わるまで待ってくれていましたし」

「好き勝手言いよって、ホンマにオドレら……!」


 怒りを落ち着けるために、コーヒーをすする。『KANEO』と刻んだ陶器のマグカップの柔らかい感触が、ほんの少しだけ、心を癒す。

 関係各所、特に代表委員連中に、何やら悪だくみの手回しをしているのは知っていたが、まさか予算を学内通貨にしてしまおう、とは。


(どう監査せえっちゅうねん……!)


 平岩金雄は金が好きだ。学内通貨という取り組みには心惹かれる。だが、しかし、


「SPの流通っちゅう試みには山ほど問題点がある。死神はなんて言うとるんや」

「我々生徒会、特に荒坂会計の想定する問題点についても、資料にまとめてありますよ。……後ろの方に、ですが」


 如月院が受け止めた資料を、もう一度テーブルの上に置いた。

 平岩金雄は一瞥し、しかし資料は手に取らず、黒揚羽を睨みつける。


「死神の挙げる問題点を確認する前に、監査委員長として率直な初見の所見を述べるで。ええか?」


 プレゼンを受けて、確実に存在する穴をまず、突く。


「ギルドとクエストっていう形式はええ。ある意味、ゲーム的でわかりやすいし、生徒が自主的に取り組む動機づけになる。報酬としてSPを得られるっていうのも、そういう意味で悪くない。でも、SPを生徒の内部で循環させるってのは、よくないやろ。なんでかっていうと……」


 金雄は二人が立ちっぱなし(一人は抱かれっぱなし)なことに気付き、後ろを振り向いた。


「|萌葱《もえぎ》。こいつらにもコーヒー出したれ。……まあ座れ」


 金雄と同じくカプリコーンに変異した女子生徒が、スリッパをパタパタ言わせながらコーヒーメーカーに駆け寄った。監査委員長補佐の萌葱は、金雄の数少ない信頼できる部下である。


「はいはい。お砂糖とミルク、いります?」

「ありがとうございます、萌葱監査委員長補佐。私はブラック、黒揚羽生徒会長はミルクと砂糖入りの、超少なめでお願いします」

「このサイズゆえ、あまり量が飲めないものでな」


 パイプ椅子に如月院が座り、黒揚羽は「失礼」と言って、長机にハンカチを敷いて、その上に胡座をかいて座った。サイズの変化は、なかなか大変そうだ。


「……で、なんでよくないかって言うとやな。ウチらはSPを生み出せへん以上、十億SPをやりくりするだけになるはずや。せやろ? この学園には|造幣能力がない《・・・・・・・》んやからな」


 つまり、新たに貨幣を生み出すことが出来ない。これが最大の問題だと、金雄は考えていた。

 萌葱が来客用の紙コップを二つ持ってきて、テーブルに置いた。二人が礼を言って、如月院が一口、飲む。


「あら、深煎りのフルボディ。良い豆を使っていますね」

「ウチが自分で買って持ち込んだ豆や。目ェ覚めるやろ? 使いきったらもう飲まれへんから、ありがたく味わえ。……ともあれ、ええか?」


 とんとん、と机を指でたたく。


「新規造幣せずに循環するだけやと、インフレが発生せん。誰かが金を得れば、得た分だけ市場から貨幣が減ってまう。それはつまり、富を得ようとする行動と経済的な成長がリンクせえへんってことや。個人所有の金銭と、経済で巡回する金銭とが、両方大きくなっていかなあかんねん」


 金は使わなければ意味がないが、しかし、貯め込まなければ資産にはならないし、安心も出来ないのだ。SPベースで考えれば、株もなければ|金《きん》もプラチナもないし。それがもたらすものは、


「働いても働いても賃金の上がらん社会になるぞ。どころか、賃金下げんとやってられんくなるやろな。そうなると、みんなの消費が減る。なけなしの金を貯めようとするけど、それがまたデフレを加速させてまう。この点、どう解決するつもりや」

「さすが平岩金雄だな。金の話には強い」

「褒めとんか? それは」

「無論、褒めている。実際、木蓮にも言われたしな。SPを新規獲得する手段がないと、学内通貨案は厳しいだろう、と」


 黒揚羽が余裕の表情で、紙コップを両手で持ち上げた。ポップコーンのバーレルを持ち上げているようなサイズ感で、マスコットのようだ。……宿敵でなければかわいいのだが。


「ほな、もう見つけてあるんやな? ウチんトコに資料を持ってきてプレゼンしたんは、新規獲得の手段があるからや」

「うむ。購買部職員、化け狸の【物資創造/リソースクラフト】だ。最初からそういう使い方も出来るとわかってはいたが、ここに来て大きな意味を持った」

「勿体つけんと、さっさと言えや」


 黒揚羽はコーヒーを飲み、「うまいな」と頬を緩ませた。


「いいかね? 彼らはSPを消費して物資を創造できるが、同時に、物資をSPに変換することも可能なのだ」

「販売だけじゃなく、買い取りも出来るっちゅうこっちゃな。でもそれって、結局、今ある物資を食いつぶすやろ。新規造幣とは言い難い」

「今ある物資を交換するなら、そうだ。しかし、いいかね? 物資を新規で獲得できるとすれば……どうだろうか」


 話が見えてきた。つまり、


(新規で獲得した、異世界由来の物資をSPに換えるつもりか)


 そういうことだろう。だが、


「新規で獲得した物資をSP化すれば、新規造幣したのと同じ……とは、ならんで。通貨発行ってのは、製造コスト以外はゼロから貨幣を生み出せるから、|強い《・・》ねん。買い取りによるそれは、獲得した外貨を両替しとるだけや。……だいたい、このジャングルで、どんな物資を手に入れられるっていうねん」

「魔獣の遺体から得た素材。木材に石材。とにかく余ったモノすべて、だ。我々は学園の防衛と異世界の開拓を学園による公共事業とし、得た素材をSPに変換して生徒会予算に加算、そこから事業従事者にSPで報酬を支払う形を想定している」


 金雄は一瞬考え、眉をひそめる。


「採算取れへんやろ。それで学園経済回せるんか? 一万と五百人やぞ」


 黒揚羽は苦笑した。


「正直に言うが、わからん。魔獣の皮を試しに交換してみたが、我々の予算総額から見れば、割が良いとは言い難いな。だが、このまま我々が予算を握り続けたとしても、ジリ貧なのは変わらん。いずれSPが尽きて、水道光熱費も支払えなくなり、破産する――で、あれば。挑戦することに意味があるとは思わないかね?」


 挑戦することに意味がある――金雄の嫌いな言い回しだ。だが、


「荒唐無稽な策じゃないってのは、わかった。外部からの通貨獲得を軸として事業を回し、経済社会を形成することで、このサバイバル環境を生き抜こう……って話なら、自国通貨を持たない国家の経営に近しいと言えんくもない。ほんで、そのためのギルド委員会である、と……」


 金雄は脳内でシミュレーションを回す。

 基幹となるシステムを組んで、SPをひとたび生徒たちに分配してしまうと「やっぱりやめました」が出来なくなる。失敗可能なひとりぼっちの挑戦なら勝手にやればいいが、これは失敗したときの潰しが効かないし、全校を巻き込むことになる。

 監査委員会の仕事も大幅に増えるだろう。監査として金の流れを把握しなければならないし、トラブルの量も増えるだろう。そうなれば、裁くのは学園司法である監査部だが、


(既存の校則では対応しきれん。とはいえ、新法提案のたびに生徒総会を開きまくるんも無理や。基本は生徒会からの稟議を代表委員会が審査する形になるやろ)


 つまり、監査委員は毎日増える“異世界用の”校則を頭にたたき込み続けながら、それに基づいた司法権の行使と、全校生徒の金遣いの監査をしなければならない、ということだ。

 デメリットだらけではあるが、しかし、黒揚羽は承認を得られると考えて、こちらに話を持ってきている。監査委員……というか、金雄にとってのメリットも、当然、ある。


(失敗したら、黒揚羽は失脚しよる)


 確実に、だ。これまでの失言による失脚とはわけが違う。明確な失策による失脚となるだろう。……加えてもう一点。


(……監査委員の仕事が増えるのんは、言い換えてみれば監査委員の影響力が増えるっちゅうことでもあるし、個人間のやりとりが出来るようになるのんは、ウチらの|スキル《・・・》から見ても、悪い話やない)


 ギャンブルだが、賭ける価値はある。そう思う。

 それでも悩む金雄に、黒揚羽がダメ押しの言葉を吐いた。


「こういう仕組みがあれば、生徒が前向きにサバイバルに取り組む動機にもなるだろう?」

「……前向き、か」


 悪い話ではない。だが、


(やっぱりこいつ、気に入らんなぁ……!)


 それで、覚悟が決まった。金雄は「くはは」と歯を剥いて笑う。


「|相《あい》わかった! ギルド委員会の設置と学内通貨の流通、および公共事業化の取り組みに、監査委員長としても賛同したる。ただ、一個だけ聞かせてくれや。学園政治家、黒揚羽聖十郎」

「了承と賛同に感謝する。……なんだね? 学園政治家、平岩金雄嬢」

「アンタ、【隔離結界/クロスルーム】に入ったこと、あるか?」


 すなわち、


「瀕死重症による隔離状態になるってどういうことか、わかっとるんか?」

「入ったことはないが、内部の話は聞いている。結界を出た全員が共通して、同じ夢を見ていたとの話だろう? 元の姿に戻り、夕方の日差しが差す教室の中で、椅子に座ってぼんやりと補習を受けている夢だった、と」

「それ聞いて、どう思った?」

「この世界と関連があり、何か隠された意味があるのかもしれん、とは考察したがね。まだ判断が出来ん。であれば現状、夢は単なる夢だ。我々は、今ここにある現実に足をつけて戦わねばならん」


 マグカップを持ち上げて、コーヒーを飲み干す。深煎りのフルボディをブラックで。苦くて深くてコクがあって、目が覚める味わいだ。

 金雄は人生もかくあるべきだと思う。


「さよけ。ほんならやっぱり、ウチはアンタが気に入らん。いつか目ェ覚まさしたる。おぼえとき」