アオハルクエスト
ヤマモト ユウスケ
一章
地竜戦(8)
黒揚羽聖十郎は、周囲に呼びかけた。
「聞け、諸君! ことここに至れば、我々は基本的に黙って見ていることしか出来ん! よって――彼らの勝利を願い、精一杯の応援をしながら、コーラを飲みながらポップコーンでも摘まもうじゃないか。不謹慎だと思うかね? 私は思う。不謹慎であり、不誠実な態度だとな!」
不謹慎すぎる。だが、
「あえて、そうしようではないか。|全員《・・》の分のコーラをキンキンに冷やし、ガリッとするくらいキャラメルが纏わり付いたアタリのポップコーンを取り置いて、拳を握って応援しようではないか」
聖十郎は、笑った。
「いいかね、|全員分《・・・》だ。欠けることなく、作戦に従事する者、全員の分だ。――源湊代表委員長! いや、源湊メイド長! デリバリーの依頼だ、コーラとポップコーンを頼む!」
指さして頼むと、晴天学園でも屈指の変な女、狐耳片眼鏡高身長のセーラーメイドが真面目くさった顔でモノクルの位置をくいっと直した。
「ではSPを先払いでお願いいたします。お一人あたり、そうですね……300SPもあれば、十分かと」
「こう、勢いで無料になったりしないのかね?」
「しません」
では仕方ない。この場に二十人、討伐隊が十人で、合計三十人いるので、9000SPかかるわけだが。
「……ふむ。ではツケならどうかね?」
「政治家がツケでございますか?」
「それは印象が悪いな。副会長、予算は?」
「荒坂会計の許可がありませんと……」
「木蓮か。許してくれなさそうだな。……おい悪女、木蓮を一日中好きにしていいと言ったら、割引してくれたりしないか」
源湊が首を傾げた。
「その気になれば許可が無くともわたくしの好きに出来るお方でございますので、対価としての要件を満たしませんかと」
「こわ。……よし、割り勘だ。私、副会長、書記の三人で割れば3000SPずつだな」
言うと、黒髪おかっぱの書記、大道寺あさ子が露骨に嫌そうな顔をした。
「いやです。小遣いSP、もう3500しか残ってないんで、ここで出すと今月残り終わるんですけど……」
「……如月院副会長は?」
「お恥ずかしながら、2500ほどしか……」
「意外と浪費家だよな、真理愛は。しかし、むむ……」
と、やや勢いを失っていると、机の横合いからスマホが差し出された。開かれているのはSP管理画面で、500SPを源湊へ支払おうとする画面である。
「……高円事務総長、これは?」
「帰ってきたとき、何か贈れたほうがいいじゃないですかぁ」
高円円が、疲労の濃い顔で笑った。スキルを併用しながらの調理に加えて、直に脅威を知っている恐竜型モンスターの元へ、学友が向かったのだ。不安も当然だろう。
「ここにいる二十人が500SPずつ出せば、おつりでポテチも買えますよぉ? あ、もちろん、出せない人は無理しないでいいですけどぉ」
その場にいる皆が顔を見合わせ、スマホを取り出した。
●
武田は、じっとりとした空気を肌に感じながら、密林の中を、ただ進む。
「再確認である」
と、背後に連なる討伐隊に向かって、短く告げる。
「索敵は、まだ手段がないのである。スキルや特性によって可能な種族もいるが、いきなり本番運用は厳しい。ゆえに、以前遭遇した方向に、同じ時間だけ進み、再度遭遇したなら作戦開始。そうでないなら一度撤退。そういう流れである」
それはつまり、
「どうあがいても突発的な遭遇戦にしかならないのである。それ以降の戦闘は、兼光殿の立案通りに」
文化系の女子が考えた机上の作戦なんて、と思わないわけではない。
しかし、それ以上に、
(そんなことにこだわっていては、また負けるだけである……!)
それに、時代錯誤かもしれないが、男が勝って帰ると約束したのだ。
守るべき誇りとは、それだ。勝つこと、帰ることに拘ることだ。
|文化部《他人》の話を聞かないことではない。総力を挙げて、目的に向かって邁進することだ。
だから、森林の進み方も変えた。ミリ研及びサバゲーサークルに助言と指導を頼み、隊列を組んだ。それぞれの隊員が、どの順番で並び、どの方向を警戒し、どの役割を担うかを整えて、付け焼き刃ではあるが、訓練した。
(文化、体育、一丸となって――である)
そして、その成果が出た。
「……11時方向! 接敵!」
そちらを担当していた部隊員が、鋭く端的に叫ぶ。続けて、
「前腕の長いティラノ型! 地竜です! 小型のトカゲも多数!」
敵の内容を確定。巨樹の陰から、太い腕を持つ異形の生物が、ぎょろりとした黄色い目をこちらに向けていた。樹上からはトカゲが這い降りてきており、鋭い爪と牙をちらちらと覗かせている。
すぐさま武田も動く。
「各員、スキル用意! 輝木殿、いかほどか!?」
「……ええと、素材は土と木と……三十秒で!」
「承ったのである!」
息を吸う。
「 討 伐 隊 の ォ ー ! 勝 ォ 利 を 願 っ て ェ ー ! 」
叫ぶと同時、トカゲが降ってきた。戦闘が始まる。
変えたのは、隊列だけではない。
【応援魔法/ウォークライ】の発動と共に、三三七拍子の演舞を始める。しかし、その演舞は、以前のような形式的なものではなく、
(三と三と七。その拍子に沿って、勝利の祈りを捧げるならば、それはすでに演舞! ならば、拍子に合わせて敵を打擲することもまた――演舞である!)
トカゲに向かって両の拳で三回の打撃を打ち込む。続いて、三回の打撃を空に向かって打ち込み、舞とする。ちょうど次のトカゲが躍りかかってきたので、七回の打撃の対象とする。
七回のうち、二回はただの正拳と右足の蹴りを空に放った。敵に当たらなければ意味が無い――わけではない。
(攻撃と演舞を兼ねた、我ら応援団の新たな在り方である!)
【応援魔法/ウォークライ】の条件である三三七拍子。その演舞に合わせて、白手袋の拳を振るう。
敗北から学び、新たに鍛え上げた戦闘法。
「応援団式演武道……!」
フィジカルの高い馬系獣人種を、バッファー兼戦士として運用する工夫だ。とはいえ、これで地竜を倒せるとも思っていない。
地竜が、その太い前腕を振りかぶった。
「――相撲部!」
「ごわす!」
と叫んで、巨漢が三人、前に出た。
人型で獣耳や尻尾はないが、体高は三メートル近く、馬系獣人の武田と比べてもなお高い。その種族は、
「トロールの耐久力、舐めるなでごわす!!」
背負ってきた鉄製の大楯で地竜の爪を受け止めた。前回はいなかった役割。鈍重で足は遅いが、膂力と耐久力は晴天学園各種族で見ても随一。
彼らの役割は、反撃の起点となる盾。兼光の表現では「城攻め用の|車楯《くるまだて》でありますな」だった。
三人いれば、地竜が相手でも十分に時間を稼げる。
武田達が周囲警戒と露払い、バッファーを兼任し、相撲部の三人がタンクを担当するならば、当然、残る一人は、
「【未完成造形/エメスシェイプ】、|摂食《コンタクト》――【輝ける輝木まろんの大美術/アイ・アム・コンテンポラリー:ACE】まで励起! 行くよー!」
輝木まろん。部隊の要となる火力担当である。