アオハルクエスト
ヤマモト ユウスケ
一章
不信任決議(3)
臨時生徒総会は、大講堂にて行われるのが定例である。
全校生徒を収容可能ではあるが、現在の晴天学園はサバイバルの最中だ。防衛のため学園各所に詰めている体育会系の生徒など、参加不可能な生徒も、当然いる。
ゆえに、生徒総会の様子は学園イントラネットを通じて各教室、および各防衛隊の待機所にて、プロジェクターや学園端末を用いて配信されることになった。
高橋は防衛隊の待機教室内ではなく、屋上のフェンスに背中をつけて座り込み、スマホで視聴することにした。
今回の臨時生徒総会は、黒揚羽政権の信を問うものだそうだ。
「どうなるんだろうなぁ……」
高橋は兎耳を指で掻いてぼやく。
高校からの編入生なので、こういうノリはまだ慣れない。
(この学園じゃ、お祭りみたいなもんなんだろうな。政治的なイベントって)
政治的なイベント、という言い方自体にも違和感がある。
今までの学校に、絶大な権力を持つ生徒会とかなかった。それゆえに投票に迷っている。生徒会選挙はいつも適当だった。友達が立候補しているなら入れるかな、程度で。
だが、晴天学園では、そういうわけには行かない……と、思う。
エスカレーター組は経験や人間関係、所属する部活やサークルに応じて投票先を決められる。例えばバスケ部は体育会系で、その総代表である武田権太郎の支持層が多い。武田は親黒揚羽政権のスタンスを取っているので、多くは現政権を支持するだろう。
逆に、部活に所属していない生徒からの支持は薄いらしい。黒揚羽聖十郎は予算を派手に使って部活動を支援するが、それは帰宅部には関係ないからだ。予算は学食メニューの向上とか自販機の刷新とかに使って欲しい……ということだろう。
その流れでいえば、バスケ部で、なおかつ黒揚羽聖十郎と直接のコンタクトを持ったこともある――直訴に赴いたこともある高橋は、
(よくしてもらったから投票する、っていうなら、黒揚羽先輩側なのかなぁ。いや、でも平岩先輩にも世話になったしなぁ)
そもそも、よくしてもらったから投票する、というのもどうなのだろう。いや、そういう投票の仕方も有りだとは思うが、しかし、
(どっちにも世話になったんなら、政策比較して投票しよう)
左腕を撫でる。もう包帯もないし、動きに違和感もない。綺麗に治っている。
……フェアに見定めたいと、そう思った。
両者ともに恩があり、悪い人ではないと――変な人たちではあるが――知っている。ただ、思想が違うのだ。そのどちらかを、自分なりに考えて、ちゃんと選びたい。今日、高橋が一人で生徒総会を見ているのは、周囲の声に流されたくなかったからだ。
固唾を呑んで、スマホを見守る。
小さな四角い画面の中で、壇上に立つ平岩金雄がゆっくりと口を開いた。
●
「まず――」
平岩金雄は、壇上から大講堂を見回した。
「――感謝を。異世界とかいうアホみたいな混乱の中で、しかし、不甲斐ない現行政権に対し、必要不可欠な不信任決議案を通してくれた代表委員達。こうして大講堂に集まってくれた生徒諸君。そして、配信を見てくれているみんなにも。今日は時間を取ってくれて、ホンマにありがとう」
見られている。多くの|有権者《生徒》に。
金雄は思う。彼らは、その多くが、
(衆愚がまあ、雁首そろえてこうも大量に……)
|愚かである《・・・・・》、と。
(もちろん、ウチも含めて――そもそも人間は愚かや。ゆえに、愚かであることを前提に政策を考え、愚かであることを前提に扇動することで先導し、愚かであることを前提に文明を繋ぎ、愚かな次代にバトンを渡す)
民主主義は|衆愚政治《オクロクラシー》から逃れることが出来ない。であれば、|一番マシな愚か者になろう《・・・・・・・・・・・・》。
それが平岩金雄の基本理念だ。
「それじゃ、さっそく――始めよか」
今回の臨時生徒総会は、提出した不信任決議案について討論する公開討論会、休憩を挟んで最終演説、その後に投票という流れだ。
不信任の中心は不祥事、つまり女子生徒が飛び降りた時に、黒揚羽聖十郎がコーラ飲んで騒いでいた点だが、要点はそこでは無い。
不信任の起点であり、黒揚羽聖十郎の弱点でもあるが。
「まずは、わかりやすくルールを示しとこか。大前提――黒揚羽政権の現状に不満があり、政策に不備があり、体制に問題がある。それ故の不信任決議案やけど、しかし、晴天学園の不信任決議は政策論争のタイマン形式。せやから“ウチらには現政権以上の政策と問題解決能力がある”と証明する必要があるわけや」
平岩は思う。愚かであるからこそ、言えることがある、と。
「そこで、まずはウチが代表委員会に提出した改革案について語ろうと思う。黒揚羽政権の現行政策に対する、より優れた策となる代替案。広報の餅川麗依が言ってたよな? 安全保障、地球への帰還策、そして生活に関する諸問題の三つを解決しやなあかんって」
とはいえ、三つは多すぎる。衆愚は三つも話を聞かないからだ。一年の広報はまだまだ甘いな、と思う。要点は一つだ。
「ウチの提案する政策はシンプルや。――身を切る改革。それで三つの問題全てを解決できる。スマートやろ?」
●
高橋のスマホに映る平岩金雄が、両手を緩く広げて、言った。
「ウチの提案は、無駄の削減。それに尽きる。それは、そう。例えば――」
平岩金雄が、右手の指を、こちらに突きつけてきた。画面のこちらに。あるいは、講堂にいる人間に、でもあるのだろうが。
「――生徒諸君の中に、身に覚えある奴おるやろ。小遣いのSPを配給初日で使い切った愛すべきアホがおるよな?」
続けて、言う。
「戦闘に参加できず、けれど、生産でも大した力になれず、ただ守られているだけの諸君もおるやろ。……初等部及び中等部の諸君も、やな」
平岩金雄は、指さしていた右手の形を変えた。手のひらを上に向けて、こちらに手を差し伸べるようにして、言った。
「アンタらは|無駄《・・》や。せやから、合計9000人を、SPを消費せえへん状態にしたい。これによって、三つの課題全てに対応できると、ウチはそう思っとる」
高橋は眉をひそめ、首を傾げた。
SPを消費しない状態とは、どういう状態だろうか。生きている限り、食事は必要だ。いや、食事だけじゃない。現在の晴天学園は、水も電気も、SPなくしては使うことが難しい状況にある。使わない状態というのは……。
高橋が疑問している間に、即座に反応した声があった。画面の中で響いた、朗々たる男子生徒の声で、
「貴様! 何を言っているのか、わかっているのか!?」
カメラが画角を変え、壇上、与党側の席にいる黒揚羽聖十郎を映し出した。長机の上に座布団を敷いて、しかし座らず、立ち上がっている。
これまで見たことがないほど険しい表情で、もはや睨み付けていると言っていい顔つきだった。
「黒揚羽聖十郎、今はまだウチのターンやで。黙っとれ」
「だが、貴様の言っていることは――!」
「代表委員長、討論相手の不規則言動が酷い。対応してくれるか?」
中央のテーブルで黙って座っていた代表委員長、源湊がガベルを鳴らした。
「黒揚羽聖十郎様、反対意見は平岩金雄様の論を聞き終えてからお願いいたします」
「……いや、しかしッ」
「黒揚羽聖十郎様。退場もあり得ますよ」
「……わかった」
睨み付けたまま、いかにも不承不承と言った様子で、黒揚羽聖十郎が座布団に座り直した。
高橋は、やや遅れて理解する。平岩金雄の言った政策が、どういうことか。それに対して、黒揚羽聖十郎がここまで怒った理由も。
それは、
「サバイバルにおいて不要な生徒を……わざと【隔離結界/クロスルーム】送りにするってこと……!?」