アオハルクエスト
ヤマモト ユウスケ
一章
出陣(1)
黒揚羽聖十郎は、小さな羽で羽ばたきながら舞台袖へと戻り、ふらふらと地面に落下した。
全力で考え、話し、叫び……やりきった。疲労困憊だった。ただでさえ小さい体だ。体力も相応に減ってしまっている。
慌てて駆け寄ってきた如月院真理愛が、聖十郎を抱き上げる。
「……如月院君。木蓮たちはどうした」
「一時間後には、生徒会室に戻れると……そう信じて、先に準備を」
「そうか」
抱かれるままに任せて、聖十郎はそっと瞳を閉じた。
「なあ、如月院君。今日の私は何点だったかな?」
「政治家としてはゼロ点です。あんなもの、演説ではありません」
「私に厳しいな、如月院君は」
それから、薄く目を開けて聞く。
「……ちなみに、真理愛。彼氏としては、何点くらいだ?」
「私が、男性に点数をつけるような女に見えますか?」
真理愛は聖十郎を抱き寄せて、その柔らかな髪に頭を埋めてきた。
「やめたまえ、髪が崩れる。……もう崩れているから髪型は別に良いが、汗臭いだろう。やめてくれ」
「嫌です。やめません。……でも、そうですね。あえて、点数を付けるとすれば……十億点です」
「俺に甘すぎるな、真理愛は」
その評価だけで、いくらでも前に進める。
聖十郎は、そう思う。
弱くても、辛くても、寄り添ってくれる人がいるならば。
●
晴天学園 臨時生徒総会
不信任決議に伴う全校生徒投票
開票結果報告
・黒揚羽聖十郎 五〇七二票 得票率約48%
・平岩金雄 二一七三票 得票率約21%
・白票及び無効票率 約31%
よって、黒揚羽聖十郎を晴天学園生徒会長に任命する。
黒揚羽政権生徒会は、その生徒会役員任命権で以て、各役員を以下のように任命する。
生徒会長 黒揚羽聖十郎
生徒会副会長 如月院・F・真理愛
生徒会会計 荒坂木蓮
生徒会書記 大道寺あさ子
生徒会広報 餅川麗依
生徒会庶務 流川ルーシー
以上。
●
「蓋を開けてみれば、ダブルスコアの大勝というわけだ。喜べ、貴様ら! また私を晴天学園の生徒会長として頂くことを許してやる」
黒揚羽聖十郎は生徒会長の椅子にふんぞり返って埋もれながら言った。
シャワーを浴び、十五分仮眠して、着替え、髪を整えてある。
眼前に並ぶ役員のうち、木蓮が半目で口を開いた。
「ただし、白票率が非常に高いですけどね。一時間、迷いに迷った末に決めかねたか、あるいは文字通り棄権したか……ここからの学園運営が思いやられますよ」
「木蓮、勝った直後に言わなくていいぞ、そういうことは」
聖十郎だって分かっている。
白票の多さは、迷いの多さだ。
決断できなかった者達。
あるいは、投票|しない《・・・》と決断した者達だ。
ダブルスコアだが、全体で見れば過半を取れていない。
「それでも、だ。私は生徒会長となり、第五次黒揚羽政権が発足した。やるべきことをやるぞ。最速でな。なんせ時間がたったの十年と一週間しかない。――流川、兼光を呼んでくれ。武田と高円もだ。いや、それでも足りんな。防衛に当たっている体育会系部活動各部の長を招集するんだ、大急ぎで」
「はい。あ、文化部系の戦える人たちも呼んでおきましょうか。輝木さんとか」
「頼む。大道寺、流川と連携して会議の準備を。議題はもちろん、オヤシロ攻略に関してだ」
「りょっす。大会議室開けて、あと補佐で代表委員を何人か借りてきますー」
「万事任せた。餅川、貴様はメディア回りだ。アホどもの頭を抑えて、とにかく誤情報とゴシップの拡散は控えさせろ。ここから一週間、世論を引っかき回されて手を取られるのだけは避けたい」
「やるなっつったら尚更やる奴らだろ。てか、言論の自由はどうなるんだよ」
「批評は構わん。だが悪意のある嘘はロックじゃない。わかるな?」
「……オーケーオーケー。ま、乗せられてやるよ」
「頼むぞ。……木蓮。予算案、急ぎで悪かったな。見直しは必要か?」
「始まってみないことにはなんとも。イレギュラーは発生しうるので」
「なら、現時点では不要か。……さすがだな、メイドフェチの水着フェチ。このドスケベ会計め」
「うるさいですよ、大馬鹿先輩。四回も失脚して恥ずかしくないんですか?」
「何とでも言え、五回勝ってるからいいんだよ。……それと、如月院副会長」
「はい、なんでしょうか」
「そばにいてくれ」
「――もう。ええ、承りました」
七三分けをぴしりと揃えた聖十郎が、満足げに頷いた。
「では、これより一週間をかけて――」
宣言する。
「――晴天学園の持ちうる全戦力を投入し、オヤシロへ向けて行軍し、これを制圧する! やるぞ、諸君!」
●
翌日、作戦行動が開始した。
オヤシロ攻略を誰よりも喜んでいたのは、
「攻・撃・戦! ですぞ! 攻・撃・戦! ですぞ! ふふ~ん!」
兼光雅美だった。
地竜討伐の際と同じく、校舎屋上に本部を置き、雅美はそこに詰めることとなった。
だが、その規模は地竜戦の時の比では無い。優に五倍以上のテントと人員が詰め、ひっきりなしに誰かの学園端末が震えてメッセージが飛び交い、書類を抱えた代表委員とMDSのメイド達が走り回っている。
「あらあら、その鼻歌はなんだか危険な雰囲気ねぇ。やめなさい」
と、一応の苦言を呈したのは、パラソルと椅子を置いて紅茶を嗜んでいる皐月ガブリエルだ。こちらも前回と同じく、口は出さないが見守りはする、というスタンスで臨んでいる。
「おっと、失礼いたしました。しかし、こちらから打って出るのは転移以来初となります。小官のテンションが上がるのは致し方なく……」
「ほどほどになさいね。……で、マサヨシさん。どういう作戦なのかしら」
「シンプルイズベストで行くのであります。なんせ、小官らは学生で、しかも付け焼き刃! 大規模な作戦行動は複雑性を増してしまい、対応不可能になるのであります。ゆえに……ゴリ押しなのであります」
兼光雅美は、軍帽の下で眼光鋭く笑った。
「防衛戦力以外の体育会系を順次投入し、まずはオヤシロまでの道を作るのであります。農林関係のサークル会員の指示の下、相撲部のトロール、レスリング部のオークなど、体力のある大型種族の生徒で邪魔な木々を切り倒し、地面を均すのでありますな」
道と言っても、木を倒して土を踏み固めただけの、シンプルなものになるだろう。横幅が五メートルほどあって、通れればいい、という程度。
「作業中もずっと魔物のレイドがあるわよね。どうするの?」
「そっちも人員突っ込んで、数で対応するのであります。もとより晴天学園は専守防衛状態でありましたので、戦力そのものは余っているのでありますよ。動かせないのは対空戦力の|要《かなめ》足る野球部くらいですな」
「雑ねぇ」
「無論、詳細な軍事行動スケジュールを組めれば最適ではありますが、それはおいおいの課題であります。……おいおいまた同じような事態があれば、ではありますが。ちなみに――」
兼光はパラソルの下で控える、メイド服の狐人に視線を向けた。
「――源閣下は、ご出陣していただけないので?」
「MDSを通したご用命であれば、いつでも。ただ、わたくし達の【七変化之術/メタモルフォーゼ】は、今回のような作戦向きではございませんね」
「それは残念。噂のメイド流格闘術が見られるかと思ったのでありますが」
「そちらも対人用でございますので」
源湊が、微笑を浮かべて一礼した。
皐月ガブリエルがカップを掲げて、
「もう一杯いただけるかしら。それと、代表委員長として、今回の攻撃戦をどう考えるか、述べてもらえる?」
「どう考えるか……で、ございますか。そうですね……」
源湊はカップに紅茶を注ぎ、外壁の向こうのうっそうとしたジャングルに視線をやった。
「万事うまくいくよう、願うだけでございます」