アオハルクエスト
ヤマモト ユウスケ
一章
不信任決議(12)
『――はあ!? 何言っとんねん、黒揚羽!』
『不規則言動だぞ! 議長!』
『認めます。ご遠慮くださいませ、平岩様』
流川ルーシーは、大講堂の控え室で、備え付けのテレビに映された配信画面の中の、そんなやりとりを見た。
黒揚羽聖十郎の翻意に、どういう意図があるんだろう、と首を傾げる。
「あの、木蓮先輩――」
テーブルに着いている木蓮に意見を問おうと思ったら、突如、彼が弾けるようにラップトップを開き、猛烈な勢いでキーボードを叩き出した。
「ど、どうしたんですか、急に。いつもの数字を見ないと死ぬ発作ですか……?」
「そんな病気持ってないよ!? ――念話が来た、再計算が必要なんだ」
念話。もちろんその送り主は、
『彼女の政策は、我々の方針と合致している。ならば、それを採用するのはおかしな話ではない』
テレビに映る黒揚羽聖十郎以外ありえない。
即興で演説しながら、荒坂木蓮に指示を出して来たのだ。
「どんな計算――かは、終わってから教えてください」
集中している彼に、説明は乞わない。膝上にある、餅川麗依の頭を撫でた。やることがない。――何かをやれる実力がない。
(結局、私に出来たことは何もなくて……)
政治家としての芯もない。餅川とは違う。……うん、と小さく頷く。黒揚羽聖十郎が勝っても負けても、生徒会を辞して、学園政治家をやめよう。出来ることはない。なら、やらなくてもいい――。
『確かに倫理的な問題を感じてはいたが、しかし、いわばSF映画の|コールドスリープ《・・・・・・・・》のようなものだろう?』
聞こえてきた言葉に、思わず顔を上げた。
『睡眠薬の服用と血液量の調整による緩やかな仮死状態への移行は、それが延命を意図したものであるならば、暴力や傷害ではなく、手術や処置と呼ぶべきだ。……そういう意見は、実は我々黒揚羽陣営の中にもあってね。見事な視点だと思わないかね。私は目から鱗が落ちる思いだったとも』
その例えは、ルーシーが出したものだ。
『つまり、対象者の同意と完璧かつ安全な処置手順を用意するのであれば、問題はない――と、そう考えてもいいだろう。無論、他者の政策にフリーライドする気はない。この政策をそのまま実行に移すならば、承前からシミュレーションを繰り返してきたであろう平岩候補にこそ、会長職はふさわしい』
んう、と膝の上で餅川がうめく。彼女は薄く目を開けて、
「……どした、ルーシー。泣きそうな顔して」
「おはよう、麗依ちゃん。……私、もう少し頑張ってみるね」
「そうかよ」
餅川が、もう一度目を閉じた。
「じゃ、安心だな……。アタシは……、もう少し、寝る……」
すうすう、と寝息を立て始める。
『しかしだ! 最大二十年間の耐久が可能だとしても――そんなに待ちたいか!? 高校生の夏休みだぞ!? 私は嫌だね、少なくとも地元に帰ってビーチで如月院君とイチャイチャせねば、夏休み感がまったくない! 諸君だって、やりたい事があっただろう! それを目指して何が悪い!? だから――私は平岩候補の策に、一つ上乗せして提案する!』
ルーシーは餅川の髪をひと撫でし、配信画面に目を向けた。
ただ、じっと、見る。
『二十年の耐久ではなく、十年の耐久を前提とした予算を組み! 余剰分を用いて、オヤシロの調査を実行する! 無論、平岩候補の言うとおり、それによって何が変わるかは分からん! 何も変わらんかもしれん! だが、何も変わらずとも、我々には十年の余剰があるのだ! そして――』
発言の意図は何か。黒揚羽先輩の目的は何か。
未熟なりに頭をひねってみる。そして、もしかすると、自分にも手伝えることがあるかもしれない。ないとしても、考えることに意味があると信じよう。
『――その調査結果によって、仮に、仮にだ! 何かが変わるのであれば、またそのときに、皆の意見を問いたい! 平岩メソッドにより、我々は膨大な時間を得ているのだからな! 議論の時間はたっぷりあるとも!』
未熟な経験から、類推する。黒揚羽聖十郎の言っていることは、つまり。
「平岩案の先延ばし……ですか?」
●
そう、先延ばしだ。木蓮は頷いて、
「そうですよ、流川さん」
キーボードを叩きつつ応えた。流川はおずおずとこちらを上目遣いに見ている。
「いいですよ、何でも言ってみてください。学園政治家を続けるなら――それも僕のような実務官僚系ではなく、黒揚羽先輩や平岩先輩のような花形をやりたいなら、何でも物怖じせず話せるようになった方が良いです」
じゃあ、と流川が居住まいを正した。
「ええと、残っているSPが約六億SPで、その半分の三億SPでオヤシロを調査するとしても、伸ばせるのは一ヶ月くらい……ですよね? その一ヶ月の猶予期間で、黒揚羽先輩が何かしらの結果を出すのが目的……で、あっていますか?」
「素晴らしい。正解です。ただし――半分だけ」
時間を稼いで結果を出す。正解だが、表面だけの正解だ。
この策には裏面がある。
「そもそも、平岩先輩が仕掛けてきたのは、今このタイミングが最良だと――彼女の政争姿勢から見てですが――判断したからです。では、この投票が一ヶ月後になったら、どうなっていると思いますか?」
「……みんな、もう少し落ち着いている?」
「そういうことです」
もちろん、今よりもっとおかしくなっている可能性もあるが。晴天学園自体がだいぶおかしな学校だし。
ともあれ、そもそも学校とは青少年の大群だ。
木蓮自身も含んで、
(情緒を制御できるわけがないんですよねー)
自覚的にそう思う。
MDSからメイド長を呼んで、部屋を片付けて貰いながら、その背中のラインなどを見ると「来週も呼ぼう」という欲を我慢できな――いや今コレ関係ないな。
とにかく。
「いま、みんなは熱に浮かされています。異世界という極地で起こった初等部生徒の飛び降りから始まった、この一連の解散総選挙で、我々は極限まで加熱されているんです。時間を稼げば、黒揚羽先輩がコーラとポップコーンで騒いでいたことへのバッシングも落ち着きますし、何なら情報工作をする隙間も生まれます」
「なるほど……時間を稼げば、黒揚羽派閥が有利になるという……」
「はい。そして――ここからが強いんですよ、うちの大将は」
パソコンから顔を上げて、流川の方を見た。
餅川に膝枕をしている。この二人は伸びるだろうな、と何となく思った。
「馬鹿になって詭弁の張り合いに舵を切った黒揚羽聖十郎は、無敵ですよ」
配信画面に目を向ける。侃々諤々――ではない。
二人の学園政治家が、額に汗し、つばを飛ばしながら、言い合っている。
『何の成果も得られへんかったら、十年を無駄にするのと同義やぞ!?』
『不規則言動だが答えよう、平岩候補! 現状から推測するに、ヒントが見つかるか見つからないかは、フィフティーフィフティーだ! つまりは君が提案した“日本政府が助けに来てくれるかも”という、非常に優れた策と同じ確率で何かが見つかるのだよ! ン? 暴論かね? あるいは君自身の政策が、二十年間を無駄にする可能性を孕んでいると認めるかね!? そうでなければキミの政策もまた暴論となるが、それでも私の論を暴論だと言うのかね!? ンン? ンンン~!?』
『は、腹立つなオドレ……!』
本当に無敵だ。ちょっと見ていられないくらい。
「口も性格も悪い、格好つけたがりのナルシストのくせして、自分がどれだけ愚かに見られようとも構いやしない。そういう人ですからね」
そこで、控え室の扉が開いた。
おかっぱ頭の大道寺あさ子が、いつも通りの何を考えているのか分からない顔で部屋に入ってくる。
「荒坂君、いけますー? いけんの? すごすぎ。相変わらず凄いですねアンタ。こっちも文面だけは整えてきたから」
USBメモリを受け取り、パソコンに差し込む。
「うん、いけそうです。体裁は整いますよ、ありがとうございます」
「まー、こっちは過去のフォーマットから流用するだけだから簡単ですよ。じゃ、完成っていうことで……みんなも行きましょっか。餅川ちゃんも起きてー」
大道寺あさ子が気軽な様子でそう言った。
流川が困惑した様子で、
「え、は、はい? 行くって、どこへですか」
「……まだ、この太ももを堪能していたいんだけどな、アタシは」
「麗依ちゃん!? 起きてたの!?」
木蓮は椅子から立って、ノートパソコンを脇に挟んだ。
よっこらせ、と餅川麗依も立ち上がる。
「で、アタシらが行ってどうなるんだ?」
大道寺あさ子は笑った。木蓮も笑う。
「現場で見た方が面白いですよー、こういうのは」
「勝っても負けても、選挙は祭りですからね」