キマイラ文庫

アオハルクエスト

ヤマモト ユウスケ

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アオハルクエスト

ヤマモト ユウスケ

一章

代表会議(3)


「大人に任せるべきやと、ウチは思う。ウチ以外にも、そう思っとる奴は多いやろ。学生自治は、ここまでにしようや」


 平岩金雄がそう告げると、黒揚羽聖十郎は目を細めた。

 意志の強い目だと、金雄は思う。


(その、目……。その目ェが、嫌いや)


 ずっと。ずっとだ。黒揚羽聖十郎のその目に、敗北し続けてきた。


「ほう、そう来るかね」


 と、見透かしたように言う。


「ウチは当然の話をしとるつもりやけどな」

「確かに、必要な議論ではあるな。乗ってやろう。――君らしくないではないか、平岩監査委員長!」


 わざとらしい大仰な身振りを交えて、黒揚羽聖十郎が言葉を続ける。


「政争フリークな君が、学生自治を――すなわち自由に開かれた政争を否定するなんて! で、次はどう出るのかね?」

「決まっとる。当事者のヒアリングや」


 金雄は机の端を向いて「学園長」と呼びかけた。


「ウチ、平岩金雄は換算委員長として、学園政治家として、そして一生徒として、教師および学園運営関係者の見解をお聞きしたい。この状況について、どう思っとるんかってな」


 長机の一角で、指名された学園長が立ち上がった。シルバーヘアの老齢の女性で、外見の変異はあまり見られないが、耳がとがっている。


「学園長の|皐月《さつき》ガブリエル、ハイエルフ――お答えいたしますわ。監査委員長のご質問にお答えいたしましょう。教師代表の見解として……現状については『よくわからない』としか言いようがありません」


 金雄は唇の端をつり上げて笑う。


「ただただ“わかりまへん”ってのは、大人として無責任ちゃうか」

「わかったふりをして動くこともまた、無責任ですわ。……ただ、行動しなければならないのは、間違いありませんとも。なにせ、恐ろしい怪物がうろついているのですからね」

「せやったら、なんで大人が前に立たへんのや」


 皐月学園長はすまし顔で、しかし金雄としっかり視線を合わせてくる。


「大人が先導する体制にこそ、限界があると考えておりますの。と、申しますのも、我が校の生徒総数は約一万人ですけれど、教師、事務員、用務員、寮母などなどの職員は合計五百人程度しかおりません。どこかに避難すれば終わりなのであれば、そういたしますけれど、そうではありませんし。単純に、手が足りないのです」


 確かにな、と金雄は頷く。そのくらいの数字は、平岩にだってわかっている。


(管理に不満が発生し、大人と子供の対立に発展すれば、確実に子供が勝つ。そういう人数差や。やったら、最初から子供達自身に管理させた方が良い――ってな。普通の学校なら、それでも教師が管理運営するやろうけど……)


 ここは晴天学園だ。普通の学校とは違う制度があり、体制があり、文化があり……学園政治家が、在る。


「手の足りない杜撰な管理が、事態を好転させることはございませんし、反発も生むでしょう。ならば、いっそ大人の仕事を、子供の補助と助言、そして一部施設の運営のみに絞り、大枠の方針を学生自身に決めさせたほうが良い。そうでしょう?」

「ま、そこには同意するで、学園長。……でも、せやったら黒揚羽聖十郎に状況を好転させられるって思うとるんか?」

「はい。ですが、いいえでもあります。黒揚羽生徒会長だけでなく、生徒の皆さんにこそ、この事態の解決が可能であると考えておりますの」


 おおよそ予想通りの言葉が来た。だが、ここまで生徒の主権を尊重する姿勢になるのは、少し予想以上だ。金雄は怪訝に思って首を傾げ、


「根拠は? なんで、そないなこと言い切れるねん」


 問うた。皐月ガブリエルは微笑む。


「平岩さん、ゲームはお遊びになりますか?」


 唐突な質問だった。「ほとんどやらん」と首を横に振る。


「では、あくまで個人的かつ無根拠な見解だと前置きしたうえで、言いますわね。わたくしはこの状況を生み出した何者かが存在すると考えております。つまり、自然現象的な意思の介在しない事故ではなく、犯人の存在する事件である、と」


 会議室の一同がざわつき、思案と驚嘆の息を漏らす。

 黒揚羽聖十郎が何か言いたげな表情になったが、ちらりとこちらを見て、止まる。

 金雄のターンが終わっていない、ということだろう。律儀な政敵だ。そういうところも嫌いである。


「……どういうことや、学園長」


 皐月ガブリエルが会議室の生徒たちをぐるりと見渡した。


「我々、大人……職員に与えられた能力は、先ほど名前の挙がった|クラス担当教諭《辻神》の【隔離結界/クロスルーム】、|養護教諭《ユニコーン》の【治癒魔法/キュア】、そして|購買部職員《化け狸》の【物資創造/リソースクラフト】などがありますわ」


 金雄は黙って学園長の話を聞く。政争には、野次を飛ばすべき時と、飛ばさないほうがいい時がある。今回は前者だと判断した。


「わたくしの能力は【晴天領域/スクールリング】で、学園全体にモンスターなどが侵入しにくくなる能力です。……これに早く気づけていれば、もう少し状況は良かったのでしょうね。申し訳なく思います」


 頭を下げる皐月ガブリエルに、


「いや、それは仕方あるまい、学園長。あの状況に即座に対応できる者なんて、そうそうおらんだろう。むしろ、たとえ遅くとも学園長が自身の能力に気付いたからこそ、この程度の被害で済んだのかもしれん。謝る必要は無い」


 と、今度は黒揚羽聖十郎が割って入って応じた。生徒会長として応えるべきシーンだと判断し、フォローに入ったのだろう。黒揚羽聖十郎の美点である。大変ムカつく。


「ありがとうございます、黒揚羽生徒会長。……話を戻しますと、我々、大人が与えられたのは、いわゆるシステム側の能力なのです。重傷者を隔離し、癒し、物資を補給し、生活を保障する側の。……つまり、あえてこういう言い方をしますけれど、ゲームをプレイする側の能力ではありませんの」


 つまり、と皐月ガブリエルは言葉を継いだ。


「大人がシステム側に回されたのは、“生徒をプレイヤーとして扱いたい”という何者かの意思が働いているからではないか、とわたくしは考えますわ。いわば、我々はゲームを始めたばかりの初心者で、ならばゲームデザインに沿った行動をしたほうが無難ではないかと思いますの」

「……なるほどなぁ。生徒会役員だけが“ダーク”や“黒”なんも、デザインの都合っちゅうことかいな。プレイヤーはウチら生徒である、と……」


 金雄は腕組みして頷き、もう一度挙手した。


「ほんで、学園長はどれくらいするん? ゲーム」

「一日一時間と言われていた頃からプレイしていますのよ」

「上手な答弁やなぁ。今は一日何時間やってはんの」


 学園長は微笑んだ。絶対に一時間で済んでいない顔だ。

 黒揚羽聖十郎が「加えて、もう一つ」と挙手した。


「平岩監査委員長。生徒は辻神の【隔離結界/クロスルーム】によって隔離可能だが、どうやら教師は不可能らしい。生徒はモンスターに襲われて重傷を負っても、死ぬ前に異空間だか異次元だかに隔離され、治療待ち状態に移行する。我々は|死なない《・・・・》のだ。しかし――」

「――教諭は隔離不可やから、そのまま死ぬ、か。矢面に立て言うんは、酷やな」

「もちろん、いざとなれば教師が盾になるべきだと思いますけれど。現状判断として、わたくし皐月ガブリエルは教師を代表し、学生自治の続行を望みますの。……もちろん、教師らしく、諸々にくちばしは挟みますけれど」

「……なるほど、教師側の意見はわかった。感謝するで、学園長」


 平岩は会釈しつつ、思考を巡らせる。


(現状、大人どもが認めとるんは学生自治であって、黒揚羽政権の為政ではない。ここは予想通りや。ほんで、この認識さえ全体で共有できれば、あとは何でもかまわへん。ウチのやることは、変わらへんちゅうこっちゃ)


 顔を上げ、手のひらを上に向けた右手で、黒揚羽聖十郎を示す。


「ほな、方針を聞かせてもらおか。黒揚羽生徒会長。この意味わからんジャングルのど真ん中で、一体全体、どないしてサバイバっていくつもりなんかを」


 黒揚羽聖十郎は笑った。


「やっと本題だな、平岩監査委員長。臭い芝居をした甲斐があるというものだ。……ちなみに、君のお眼鏡にかなう案を出せなかった場合は、どうするつもりだね?」


 平岩は唇の端を釣り上げて笑った。


「決まっとるやろ。ウチのモットーは民意に寄り添う心優しい政治や。――方針次第では、不信任決議案の提出も視野に入れとる」


 黒揚羽の隣に座る如月院真理愛が眉をひそめた。


「やっぱり政争ですか。自分が生徒会長になって陣頭に立つ、と?」

「無論、政争や。数多の政治的衝突が多様性を生み出し、この学園をより良いものへと発展させてきた。やったら、異世界でもどこでも、ウチのやることは変わらん。晴天学園の生徒自治って、そういうもんやろ?」

「……否定はできませんね」

「まったくだな。……では、平岩監査委員長。私の方針を打ち出させてもらおう。まずは、防衛態勢の構築を軸とした組織の再編、そして水と飯の確保から始めたいところだが――見たまえ」


 黒揚羽は座布団の上で立ち上がり、小さい羽根でふよふよと浮いた。

 ポケットから何かを取り出し、全員に見せる。


「生徒手帳だ。時間がなくて、細かいところまで精査できていないが、種族欄の追加以外にも多くの変更点が見受けられる……わかるかね?」

「小さくて見えへん」


 自分のを見たまえ、と言われた。素直に自分の手帳を開いて、金雄は「なるほど」と呟いた。

 ところどころ、ページの上で文字が|踊っている《・・・・・》。文字化けしたり、あるいはモザイクのようにかすれたりしながら、表記がうごめいて変化し続けているのだ。


「これらの解読も必要だが、少しだけ読めるところもある。私が着目したいのは校則の中程にある。『超能力の超稼働』についての記載だ。これも、まあ、全てを読むことは出来ないのだが―……実は、私は先ほど、謎の現象を見た」

「謎の現象? なんやのん」


 金雄の問いかけに、黒揚羽は頷いた。


「簡単に説明するとだな、野球部エース斎藤が背中に校章陣を浮かべてレーザービームを投げたら巨大な鷹が爆発四散し、マネージャーの桐野をスライディングでキャッチしたあと告白して無残にフラれたという現象なのだが」

「……なんて?」

「簡単に説明するとだな、野球部エース斎藤が背中に校章陣を浮かべてレーザービームを投げたら巨大な鷹が爆発四散し、マネージャーの桐野をスライディングでキャッチしたあと告白して無残にフラれたという現象なのだが」


 二回言えっていう意味ちゃうねん。