アオハルクエスト
ヤマモト ユウスケ
一章
地竜戦(2)
本校舎の屋上は、風を強く感じる。
普段は上がることの出来ないが、黒揚羽に許可を取って、武田権太郎はここを話し合いの場所として選んだ。
高円は柔らかそうな髪を風に揺らして、武田を見上げた。
「必要なものがありますねぇ」
そう言う。そうであるな、と権太郎も頷く。
「防衛、護衛、討伐……いずれにしても、部隊編成の見直しと、集団訓練が必要である。我ら応援団は随行できるバフ要員であるが、随行人数や戦闘時のフォーメーションを、つまりは体育会系の運用を、もっと考えるべきであるな。そして……いや……そんな話をしたかったわけではないのだが……その……」
「そうですねぇ、違いますぅ」
これらは必要なものだが、しかし、いま話すべきことではない。
前提が抜けているのだと、権太郎は思っている。体育会系と文化会系の間には――否、武田権太郎と高円円の間には、抜けているものがある。それはお互いに触れて欲しくない、心の柔らかい部分の話だ。
「……あたしは体育会系が嫌いですぅ」
高円が口火を切った。
「そもそも得意じゃないんですけどぉ、体育が。でも、それだけじゃなくてぇ。……ぶっちゃけ、どれくらい知ってますぅ?」
緩やかな、しかし、しっかりとした口調で、高円が柔らかい部分を晒そうとしている。
(強いな……)
素直にそう思う。言い訳がましく、本題に入れなかった権太郎とは違う。
「四年前のラグビー部のインハイの際、体育会系の運営に不手際があり、合宿の調理担当として駆り出され、自身の料理コンクールを辞退したと……そう聞いているのである」
「ええ、その通りです。中学のねぇ……でも、それだけじゃないんですよぉ」
高円は嘆息して、視線を横にやった。屋上のフェンス越しに、学園の景色を眺めている。
「あのコンクールには、家庭科部のみんなに加えて、調理系のサークルの先輩達にも協力してもらって作ったレシピで挑んでいたんですよねぇ。あれは、あたしのコンクールじゃなくて、あたし達のコンクールだったんですぅ」
それを辞退せざるを得なくなった。忸怩たる思いだったことだろう。
「体育会系の当時の代表の要求を拒否れなかったのはぁ、当時の家庭科部に政争力がなかったからですぅ。当時の生徒会も、教師も、監査委員会すらも、誰も彼もが先に抱き込まれて、断れなくなっていた――それは、自分たちの母体を自分たちで守ろうとしなかった、家庭科部の責任もあったと思うんですよぉ。でもねぇ」
高円の視線が、一メートルも下の高さから権太郎を射貫いた。
「|感情は別《・・・・》。だから嫌いなんです、体育会系が……特にその権力者が。当時の代表さんとは別の人でも、嫌いなんですぅ」
「……だから、事務総長になったのであるか」
「はい。あたしが窓口として、政争にNOと言える立場にならなきゃいけないと、そうしないと――あの日、『不甲斐なくてごめんね』って泣いてくれた先輩達に、申し訳が立たないんですよぉ」
見上げられる権太郎は、ふと、思った。
あの巨大な恐竜。あれは、己の五倍ほどのサイズだった。見下ろされ、敵対される恐怖を肌で感じた。死に物狂いだった。しかし、
(高円殿は……我を睨めるのだな……)
倍以上の巨体を持つ権太郎を睨み付け、嫌いとまで言い切れる。それは、負けん気ではなく、感情と信念によるものだ。
安井のような自由気ままで政争から身を守れないクリエイター達を、その小さな背中で守り通そうとしている。その安井が傷つき、倒れた。ゆえに、高円は権太郎に立ち向かい、感情を曝け出して、この後に繋げようとしている。それは、ひとえに――
(――家庭科部連合を守るために、であるか。我ら体育会と協力せねば、守り切れないから……過去も感情も曝け出した上で、未来を見据えようとしているのである)
権太郎は瞠目した。それから目を開き、ゆっくりと屋上に膝をついて、正座した。少し下に、怪訝そうな高円の顔がある。まだ少し高い。屋上に尻をつけ、どっかりと胡座で座り込んで、やや首をかがめて、それでようやく、
「同じ高さであるな」
「……首、しんどくないですかぁ?」
「この程度ならば、問題ないのである」
目線が揃った。次は武田権太郎の番だ。
「我は文化会系が苦手である。それは――」
曝け出す。過去と、感情と、信念を。
●
同時刻。生徒会室に、ひとりの来訪者がいた。
「邪魔するでぇ」
と言って入室したのは、低身長のレプラコーン。平岩金雄だ。
会長席で、如月院真理愛と何やら話し込んでいた黒揚羽聖十郎が顔をしかめた。
「邪魔するなら帰れ、と言って欲しいのかね?」
「言うてくれるんやったら。録音してメディアに流すわ、横暴生徒会長の失言ってことにしてな」
「あくどいことだな、相変わらず。で、何の用だね? 暇なわけではないだろう、お互いにな」
「せやね。……なんでテーブルないのん? 壊れた? 買い換えの予算は出さへんから、自前で用意してくれな。まあ、そんだら――本題入ろか」
金雄は、にこりとも笑わず、生徒会室内をドカドカ歩く。
「生徒会長に陳情申し上げたいことがある。ええか?」
「陳情とはまた、古風な手ですね。政争ですか?」
「無論、政争や。それ以外ないやろ、ウチがアンタらと話すことなんて。ああ、書面は用意してないで、如月院副会長。ウチは」
金雄は断りもせずにソファに尻で飛び乗り、足をぶらぶらさせた。
「で、どんな陳情だね」
「まず一個目」
「複数個あるのか。いやな客だな」
黒揚羽の小言は無視する。
「先日リリースされたSPアプリで、ウチらはSPを使って生活しとるわけやけど、初日に支給された5000SPをもう使い切ったアホがようさんおる。どう対応する? 監査委員長として見逃せん」
「無論、来月までそれで暮らしてもらう。学食で一日三食までは無料対応だし、寮室の家賃はかからん。死にはしまい」
「アホに厳しいなぁ、生徒会長さんは」
「仕方なかろう。そも、本来は生徒に使うためだけの生徒会予算十億円が転化した十億SPから、本来は学園の巨大な資本から出ていた光熱費やガス代や学食の運営費用をまかなっているのだ。このままでは三ヶ月保たん。わかっているだろう、それは。何なら貴様が一番詳しい」
黒揚羽が、さすがに疲れた顔で、しかし厳しい視線を金雄に向けて来た。
「なんせ、貴様も確認して通した予算案だぞ、平岩監査委員長。生徒ひとりにつき、食費光熱費等を合算して一日最低1000SPはかかる計算だ。生徒だけで一万人いるから、一日あたりのSP消費量は1000万SP。一月で3億SPだ。そして月初に支給する|小遣い《・・・》の総額が5000万SPで――」
金雄は手をひらひら振った。
「わかっとるわかっとる。教員、職員もおるし、諸経費込みで、生徒会から出て行く予算は月額ざっくり4億SP。予算総額の十億SPやと三ヶ月保たへんのは、最初から織り込み済みやった」
だが、しかしだ。
「話が違う――せやろ?」