アオハルクエスト
ヤマモト ユウスケ
一章
ギルド委員会(1)
会議が終わった後、黒揚羽聖十郎は生徒会室にいた。
疲労が濃い。相当に、だ。
会長席に埋もれるように――というかサイズの小ささ故にほとんど埋もれながら――座って、思う。
(体力を消費するらしいスキルの連続使用に加えて、諸対応に会議……。体の違いにも慣れきっていない。疲れないわけがないか)
嘆息しつつ、しかし、まだ仕事は終わっていない。
「十億円、すべてか」
と、そう呟く。
「はい、十億円すべてです」
その言葉に応じたのは、生徒会長の机の前に立つ、一人の男子生徒だ。一対のねじれた頭角と赤い肌を持ち、ぼさぼさの天然パーマと濃い隈のある目元、筋肉の薄い、ひょろ長い体躯が特徴的で、額にはガーゼを貼っている。怪我の痕跡だ。
生徒会室にいるのは、この二人だけ。
副会長である如月院真理愛は被害現場を回り、がれきやモンスターの死体の撤去や、土嚢によるバリケードの設置などにスキルを活かしているはずだ。
「予算の組み直しか」
「はい、予算の組み直しです」
ぼさぼさの男子生徒は、同様に答えた。
聖十郎は唇を尖らせて、目を眇めた。
「なあ、木蓮。|荒坂《あらさか》|木蓮《もくれん》。我が生徒会執行部会計――いや、黒揚羽政権のみならず、数えきれないほど多くの政権で会計に任じられてきた数学者にして、“死神木蓮”の異名で呼ばれる男よ。――なんとかならん?」
「数えきれます。会計への任命回数は八回です。――なんともなりません」
「会計職では歴代最多らしいぞ。……まだ高等部二年だし、来期も確定だろう。とすると、九回か……。恐れ入る」
「来期がどうなるか次第ですが、まあ、そうなるでしょうね」
聖十郎は大きく溜息を吐いた。
「マジで、なんとかならんのかね。木蓮の計算能力で、パーっと」
「なりませんし、しちゃダメです」
「だよなぁ」
よいしょ、と気合を入れ直して、羽で宙に飛ぶ。
「整理しよう。まず、数字を見ていないと落ち着かない数学的変態の木蓮が、こんな状況だというのに、いつものように生徒会の予算管理ページを開くと、数値がリアルタイムで変動し、しかも|単位《・・》が変わっていた。そうだな?」
「いろいろ棘を感じる物言いですが、そうです。単位が全て、円から|SP《セイテンポイント》という謎の単位に変わっていました」
机に着地する。机の上には、ノートPCが置いてあって、画面には晴天学園イントラネットの、生徒会が管理するページが映っている。インターネットには繋がらないが、電力と学園管理サーバーがあるため、イントラネットの利用は可能だった。
管理ページが映しているものは、細かい項目に分かれた表。
生徒会執行部から各部活動、小さなサークルに至るまで分割され、その内部でさらに備品や維持費などの項目が記されて、横には数字が記され、単位はSPだ。……多くの数字が、現在進行形で減少している。
「原型は私達が昨年の秋に組んだ予算なんだよな、これ」
「はい。もう減りまくっていますが。なんでこうなったのか、パソ研の会長に調べてもらっている最中です。……まあ、わかることのほうが少ないでしょうけれども」
こんな状況ですし、と木蓮が言う。こんな状況で真っ先に数字を確認したくせに。
「……しかし、まあ。学園長の推測を信じるならば、予算の改変も何者かの恣意によると我々は考えた。十億円を十億SPに変えられたなら、このSPなる謎の数字にはゲーム的な使い道があるはずだ、とな」
「はい。そして、その使い道はすぐに判明しました。これは|予算《・・》のままだった――」
木蓮が己の額のガーゼを指さした。
「購買部職員、化け狸の【物資創造/リソースクラフト】。どこからともなく物資を生み出す能力で、ガーゼや消毒液等、ジャングルでは手に入りそうにないものも生み出せる――と、思っていました」
「水道や電気が使用可能なのも、職員の能力だな?」
「用務員、ぬらりひょんの【基盤供給/インフラサプライヤー】によって、生み出されています。なんで、ほとんど地球と同じ生活ができるし、“ぶっちゃけサバイバル余裕じゃん”とか思っていたんですが……」
聖十郎は小さな頭を抱え、嘆息する。
「実はどちらもSPを消費する能力で、振り分けた予算からゴリゴリ減っていたと」
「ええ。そして、それゆえに僕は予算の振り直しが必要だ、と具申し、黒揚羽生徒会長が激焦りしているわけですね。全校生徒が学園や学内寮で寝泊まりすること、今後も謎の生命体による襲撃があるだろうことなども加味して、組みなおさないといけません。ただ……」
「期間がわからんことには、組みようがない。いつまでサバイバルすることになるのかもわからん。そして、円とSPではそれなりに物価の差があって、まともに予算を組むことも困難だ、と。手探りにもほどがある……!」
緊急会議では、青春を推進すると大見得を切った。だが。
(厳しいな……! 暗中模索とは、こういうことを言うのかもしれん)
聖十郎は生徒手帳を開く。
「せめて、もう少し説明があればいいのだが、現在の生徒手帳は|乱丁《・・》だらけでアテにならん。三分の一くらいだな、かろうじて読めるのは。ところどころに|魔獣《・・》という記述があるのは見て取れるが、これがあの狼などを指すのだろうということくらいしかわからん」
多くのページで、文字のインクが揺れ、ブレ、表記が安定しない状態となっている。物理的に不可解な現象だが、すでに不可解な現象は山ほど起こっているので、そこはもう気にしても仕方ない。
「なんというか、ひとまずプレイできるだけのゲームシステムを大急ぎで作ったが、仕様書は間に合わなかった……みたいな杜撰さだ。学園長が推測するところの『何者か』は、ブラック企業の下請けだったのかもしれんな」
「その例えはよくわかりませんが、ともかく、予算の振り直しは必須です。生徒会のアカウント権限があれば、項目や振り分けを変えることが出来るのは、確認済みですから」
聖十郎は考える。予算の振り直しは必須だが、そのためには予算会議が必要。なおかつ、事前準備として、全校の数百ある部活動、同好会、研究会、その他サークルなどと面談し直す必要がある。
(こんなときに、そんなことをやっていられるか! 暴君らしく、勝手に決めてやろうか。ただでさえ緊急時なのだぞ)
とも、思うが。
「……当分は、生徒会の予備費を割り当てたまえ。数字については木蓮を信じる。どちらにせよ、組織の再編は必須だったのだ」
「緊急事態につき、全ての部活を潰して生徒会が全予算を回収する、という手段もありますが」
「多くの同好会を終わらせてきた死神木蓮らしい提案だが、却下だ。青春するチャンスが減少してしまう。最終的に、全員が損をする結論じゃないかね」
「それほどですか、能力の超稼働は」
聖十郎は「必須だ、あの力は」と頷く。
「つまり、この異世界でサバイバル生活を送りつつ、魔獣から身を守りつつ、SPを節約しつつ、再分配を進めつつ、青春を推進しつつ、うまいことやる仕組みが必要なわけだな」
「僕らにうまく回せますか、そんな馬鹿げたタスク……」
呆れたように言った木蓮の言葉に、聖十郎は片眉を上げた。
「……回す。回す、か。ふむ……」
「どうしました?」
「木蓮、権限があれば数字をいじれるのだな? 例えばだが、新たに数字をいじれる権限を与えたシステムを組んで、全校生徒の端末にインストールすることは可能だろうか」
「……何か閃いたんですね?」
「ああ。我々がうまく回せそうにないなら、いっそ、生徒諸君に回してもらうのはどうだろうか、と思ってね。いやなに、単なる思いつきだが……」
しかし、この状況ならば、生徒会が予算を決めるよりも、よほどフェアかもしれない手法を思いついた。
「このSPとやらを、学内通貨として流通させてみるのは……どうだろうか」