アオハルクエスト
ヤマモト ユウスケ
一章
黒獅子(1)
オヤシロ攻略、七日目――日付が変わった頃。
予定通りならば攻略の最終日となるこの日、輝木まろんは最前線に立っていた。
志願してのことだ。己が戦闘において優秀な|ユニット《・・・・》であると認識していたし、何より戦闘などの濃密な体験はアートの肥料になる。
ゴーレムになって、地竜や黒獅子と相対し、戦う。
(こんな経験、他にないからね……!)
玉砂利の範囲まで道が繋がっているわけではない。残り五十メートルはある。持ち込まれた野外用の照明によって、現場は明るく照らされている。
黒狼、巨鳥、蜥蜴、地竜に黒獅子……激しく襲いかかってくるであろう魔獣のことを考えれば、これ以上の工事はリスクが高すぎた。
なので、まろんが兼光から与えられた最初の役割は、
「木、抜くよー!」
【輝ける輝木まろんの大芸術/アイ・アム・コンテンポラリー:ACE】で巨大化し、圧倒的な質量によって工事を完了させること。
地竜を殴り、木を抜き、巨鳥を殴り、道を踏みしめ、黒狼を蹴散らし、また木を引っこ抜く。もちろん、相撲部や柔道部や、他の体育会系生徒達もいて、全ては連携して行われる。
武田も控えているから、地竜相手の戦闘はもはやギリギリの戦いではないし、口からビーム出す生徒会の広報もいる。あれすごい。いつか真似したい。
ともあれ、怪我人は出るし、隔離結界に送られる生徒もいたが、正直、全体としては余裕すらあった。
「もっと早く参加出来ていたら良かったんだけどねー」
と、木を引っこ抜きながらまろんは呟く。
「仕方ねえだろ、輝木センパイ。アンタ、ウチの会長よりちっちゃくなってたんだぞ。十日足らずで現場復帰しちまってるのが、ちょっと異常なんだ」
と、広報の餅川が呆れ顔で言う。
ACEスキルは激しく体力を消耗する上、まろんの場合は巨大化した肉体を維持できず、核だけの状態になってしまう。その状態では満足にACEスキルを行使出来なかった。
肉体を再構成するには、小さなマスコット状態で少しずつ摂食量を増やして体積を増やすしかない。問題なくスキルが使える人間サイズに戻るのに、今日までかかってしまったのだ。
そして今もまたACEスキルで巨大化しているので、
「これ終わったら、また十日かー! 気が滅入るね!」
そうは言いつつ、朗らかだ。小さいと極小サイズのアートが作れて面白いし、あと荒坂木蓮がちょっと優しくなると気づいたからである。背の低い女子は損って聞いたことあるけどアレ半分くらい嘘だよ。得もあるよ。
そんなことを考えながら、また地竜を殴る。殴る。殴る――。
……数時間の激闘の末、道は玉砂利まで繋がった。すでに朝日が見える時間になっていた。
意外だったのは、玉砂利の上に座る黒獅子が、微動だにしなかったことだ。それ以外の魔獣は激しく襲いかかってきたため、オヤシロ周辺の魔獣は大きく数を減らしていた。
そして、
(もう十五分くらいは粘れそうな気がするねー)
十日を待つよりも、今のこの巨大化状態を活かした方が良い。
兼光からは、継戦するのは余力があればで良いと言われている。
「まだまだ元気! 武田先輩! このまま突っ込みますよー!」
「……了解した! 補佐するのである!」
●
武田はやや迷ったが、
(今こそが勝機なのである!)
と、そう判断した。
目視範囲――玉砂利の上には、黒獅子が一頭、地竜があと二頭。黒狼、黒蜥蜴は数え切れないほどいるが、雑兵だ。
対して、こちらは輝木まろん、餅川麗依、己、己が率いる体育会系生徒達。
「皆は玉砂利に集団で侵入! 小粒の対処を頼むのである!」
はっ、と威勢の良い返事が返ってきた。
皆、この一週間でさらに戦い慣れて、装備品の質も――節制の一時撤廃とギルド委員会の活発化によって――多少は向上している。
メシもたらふく食った。戦列の後方からは、半人半鳥種族、セイレーンの吹奏楽部が奏でる校歌が聞こえてくる。
応援団も三三七拍子のリズムで黒狼と黒蜥蜴を叩きのめしている。
つまり、身体強化や精神力増強のバフが三重に盛られている状態だ。
地竜はもはや、武田や輝木であれば問題なく殴り勝てる相手だし、徒党を組めば一般生徒でも十分に勝ち目がある。
ゆえに、
「輝木殿! 黒獅子をお願いするのである! 我は地竜を!」
「了解でーす!」
狙いは、不確定要素。黒獅子だ。
兼光からは、継戦する場合のシンプルな指示も渡されている。黒獅子に最大戦力である輝木をぶつけつつ、権太郎が二頭の地竜を順に殴り倒す。
もしもヤバそうなら撤退優先。ACEスキル持ちが二週間も隔離されたら、戦線が維持できない。
【大団長、武田権太郎/キャプテンゴンタロウ:ACE】を発動させた権太郎が地竜に殴りかかると同時に、輝木の土木で出来た巨体もまた突っ走る。
●
輝木は玉砂利に踏み込み、オヤシロの前に陣取る黒獅子に向けて飛びかかった。黒獅子もまた、その牙と爪を大きく掲げて輝木とがっぷり組み――空気が揺れる。
巨大なものと巨大なものがぶつかったとき、巨大な音が生まれる。
黒獅子の爪が、木と土で出来た輝木の表皮を抉り、切り裂いた。
しかし、
「んー! パワーなら地竜の方が強いかもー!」
輝木の巨大な拳が黒獅子の腹を捉え、衝撃でまた、空気が揺れる。黒獅子が吠えながら玉砂利を転がり、地面を大きく削る。
ネコ科特有のしなやかさで即座に立ち上がり、大きく牙を剥いて噛みつきかかる。まろんはそれを右腕で受け止めて、笑った。
魔獣も窒息することは、すでに実証済みだ。【輝ける輝木まろんの大美術/アイ・アム・コンテンポラリー:ACE】を発動させながら、左腕で獅子の頭を抱きしめるように挟み込む。
「やったね! 勝ち確ー!」
●
餅川麗依は、激音鳴り響く戦場で、いくつかの音を聞いた。
まずは、変形した輝木まろんの両腕が黒獅子の頭部を包み込む音。次に黒獅子が足掻き、爪が激しく土木を削る音。獅子の呼吸が、テンポを変えて刻む音。唸って鳴る喉の音。そして、何か……ある種の|力《・》が発揮され、空間が軋むわずかな音。それは、まるで餅川麗依のギターのような。
麗依は叫んだ。
「――全員伏せろッ!!」
●
輝木まろんは、捉えた黒獅子の頭部が振動したと感じた。次に、力で押さえ込めず、両腕が破裂したと感じ――次の瞬間、視界が白に染まっていた。
まぶしさに目を細めて、数秒。視界が落ち着いて、気づいた。
己が椅子に座っていると。
正面には黒板。晴天学園内でも古めの教室の光景だ。窓からはオレンジ色の夕日が差し込み、誰もいない教室を照らしている。
「……あー」
ぼんやりと、机の上を見る。国語の教科書が載っている。ぺらぺらとめくって、両手の指に違和感があると気づく。いや、むしろ、違和感がなくなっている。
この数週間、ずっとあった違和感が。
指関節が、球体関節ではなく――本来の自分の肉体のものだ。
状況が指し示すものは、つまり、
「ここ、隔離結界内なんだ。てことは……、私、やられちゃった?」