魔法捜査官
喜多山 浪漫
第2話
『Monsters(怪物たち)』<13>
少女の生首。
首から宙吊りにされた四肢のない老婆。
これ以上ひどい死にざまを見せられたら、僕の精神がもたない。願わくは、このままじっと動かずにいて嵐が過ぎ去るのを待ちたいところだが、そうもいかない。警察官としての、魔法犯罪捜査係の捜査官としての職務と職責が僕にはある。
給料だけなら別の仕事を選んでいた。そうじゃなくて国民の安心と安全を担う使命に憧れて警察官の道を選んだからには、個人的な得手不得手は二の次にして任務と向き合わなければならない。
幸いにして僕は一人じゃない。相棒と、もう一人の魔法使いもいる。怖がる必要はない。怖がっている場合でもない。念仏のように自分に言い聞かせながら、迷宮の探索を続ける。
「うわちゃあ……。こらエグいでんなぁ。風馬はん、大丈夫でっか?」
ミスターが気を遣って声をかけてくれたが、はい全然大丈夫じゃありません。
僕たちが目撃したのは、ぐにゅぐにゅとした肉の床に仰向けに横たわっている少年の亡骸だった。当然普通の状態ではない。喉から下にかけて、真っ直ぐ一直線に入れられたメスの痕。その傷跡から左右に翼を広げるようにして皮をめくられているのだ。彼を少年だと断定した根拠は、背格好以外に局部を切り取られていたからだ。血とむき出しになった肉で真っ赤な首から下の部位とは対照的に、首から上の顔と頭は健康的な浅黒い肌が綺麗なまま残っている。しかし、そこにもあるべきものがない。頭髪も眉毛も剃られているのだ。
誰が、何のために、こんなことを?
到底想像がつかないし、想像なんてしたくもない。
連続殺人鬼(シリアルキラー)・時任暗児は欲望のままに女性を凌辱し、衝動的に破壊するような手口で犯行を繰り返した。一方、この少年をこんな姿にした者が何者かはわからないが、理解不能な猟奇殺人という点では一致するものの、その手口は何らかの規則に従って理路整然とおこなっているように見える。しかし、こんな無残な殺し方をするのに理路整然としている点に、むしろ狂気に近い偏執的なこだわりを感じ、怖気が走る。
「大丈夫ですか、捜査官殿?」
アルペジオが優しい声で僕の肩に手を当てる。
どうやら、あまりの光景に身体が震えていたようだ。
深呼吸する。アルペジオの手のひらから伝わってくる人のぬくもりが、冷え切った身体を温めてくれる。
いつまでも震えているわけにはいかない。
覚悟を決めなければ。
「見てみましょう。この少年が何を見て、何をされたのかを……」
目で合図を送ると、ミスターが跪いて少年の顔に手をかざす。優しい光に照らされたミスターの目からは涙がこぼれていた。
魔法使いを人間じゃないと嫌悪する人々がいる。しかし彼らは知らない。魔法使いだって、こうして誰かのために涙を流せるのだ。
誰とも知れない少年の死を悼んで目を閉じると、暗闇の中に突然白衣を着た複数の男女が現れて、僕の顔を覗き込む。慌てて目を開けるが、目の前に広がる情景は変わらない。いつの間にか少年の映像(ビジョン)が直接脳を通じて投影されてきたらしい。
「ここは……病院でしょうか?」
少年の目を通して見える範囲にはなるが、周囲に設置された器具の数々から医療機関であることがわかる。白衣を着た男女は手術帽とマスクで顔が隠れているせいで、ほぼ目しか見えない。その瞳に感情はなく、死んだ魚のようだ。
今からおこなう行為を率先してやっているのか、それとも何者かに強制的にやらされているのか。いずれにしても正気ではいられないのだろう。
白衣の女が剃刀をこちらに向ける。映像が大きくぶれる。白衣の女が少年の頭髪と眉毛を剃ろうとし、少年がそれを拒否して頭を振っているに違いない。白衣の男たちが少年の左右に回り、身体を押さえつける。
少年の叫び声が聞こえる。外国の言葉だから何を言っているのか意味は分からないが、悲鳴だけは万国共通だ。少年の悲痛な叫びにいたたまれなくなって耳を塞ぐ。けれども、それは無駄ない抵抗だった。映像(ビジョン)は脳に直接働きかけてくるため、耳を塞ごうが目を閉じようが強制的に見聞きさせられる。まるで死んだ少年の怨霊が「目を背けるな」と言っているようだ。
覚悟はしていたが、覚悟が足りなかった。
その後、少年の身に起きた出来事の一部始終を強制的に見せつけられて、僕はまたもや盛大に嘔吐してしまった。だけど、今回は僕だけじゃない。魔法使いミスターも巨体を膝ついて僕に負けず盛大に吐いた。
まともに立っていられたのはアルペジオだけだった。彼に人の心がないとか、精神がまともじゃないとか、そういうことではない。アルペジオの手を見ると、血がにじまんほど拳を握り締めて震わせている。
僕らとアルペジオの違いは、覚悟と経験の差だ。
アルペジオには少年の最期を見届ける覚悟があった。そして、人の所業とは思えないこの行為と同等かそれ以上の惨劇を見てきた経験があるのだ。
普段は穏やかで人懐っこいアルペジオの瞳に、隠し切れない怒りがにじんでいる。
魔法使いアルペジオは、過去にどれほどの修羅場をくぐってきたのだろうか……。