魔法捜査官
喜多山 浪漫
第2話
『Monsters(怪物たち)』<8>
当てもなく迷宮を探索している中で、一つ分かったことがある。それは迷宮内に潜む魔法生命体(ゴーレム)たちのレベルが意外と高くないということだ。A国の魔法使いのレベルが高くないせいなのか、それともこの迷宮を生み出す魔法を行使するのに全魔力を使い切ったからなのか、理由は定かでない。とにかく、どうにもならない無理ゲーをやらされる状況は回避できたようだ。
しかし、決して油断できない。脱出方法が不明なうえに、こちらの魔法使いのMP(マジックポイント)は有限なのだ。長期戦、消耗戦になれば、おのずと僕たちは死への階段を転がり落ちていくことになる。
隣接する死の息遣いを感じながら、ゆっくりと慎重に迷宮の中を捜査していく。何とかして脱出方法を探り当てないと待っているのは、ゆるやかだが確実な死だ。
一歩また一歩と歩みを進めるが、その一歩一歩がぐにゅぐにゅとした腐肉を踏んづけているようでこれがまた気持ち悪い。迷宮に閉じ込められる前、あの男が口にした言葉を嫌でも思い出してしまう。
「これからお前たちが目の当たりにするのは、死者たちの怨念だ。想像を絶する痛みと恐怖と苦しみの果てに死んでいった哀れな者たちの怨念が、この屋敷にいる人間すべてを喰らい尽くすことだろう」
怨念……。
ぬらぬらと輝く赤黒い肉の壁は恨めしい表情をした女の顔に見えるような見えないような、そんな錯覚にとらわれる。この怨霊が巣食うらしき迷宮を彷徨っていると、霊感が無くて幽霊を見たことのない僕でも死後の世界があるような気がしてくる。
ついでに正直に告白しておくと、僕は子供の頃から怪談話が大の苦手だ。ホラー映画なんて絶対に見ない。見ようものなら怖くてとても一人では寝られない。
「ひゃっ!!」
思わず女の子のような悲鳴を上げて飛び上がってしまう。
目の錯覚だと思い込むようにしていた、女の顔の形をした壁が動きはじめたからだ。
腰が抜けて、しゃがみこんだまま動けなくなる。
「ミスター」
「はいな」
アルペジオの声にすぐさま反応してミスターが僕を肩に担ぐと、あっという間にその場を離れる。
見事な連携だ。見事な連携だけど、とんだお荷物になってしまった。
彼らを指揮する捜査官として情けない。それに恥ずかしい。オラクルが使えないおかげで轟響子女史にこの醜態を知られなかったのがせめてもの救いである。
安全そうな場所まで退避した後、ミスターの肩から降ろされて、ようやく自分の足で立つ。まだ少し震えている。目を閉じて、三回ほど深呼吸を閉じて心を落ち着かせる。
「すみません、アルペジオさん。ミスターさん。でも……まさか幽霊が現実に存在するなんて思わなくて……」
謝罪とともに言い訳をする。
幽霊が怖いと正直に言えばいいのに言えない。だって男の子だから。
「ははは。やだなぁ、捜査官殿。この世に幽霊なんて存在しませんよ」
「え?」
でも、だって、さっき現実に女の幽霊が壁からにゅ~と現れたじゃないか。
「風馬はん。幽霊やなんて、そないなもん、おるはずありまへんがな」
おるはずありまへんがなと言われても、いたじゃないか。
「え? でも……じゃあ、あれは何だったって言うんですか?」
幽霊なんて存在してほしくないのに、むきになってその存在を確かめようとしてしまう。人間の心理は複雑だ。
「捜査官殿。あれはこの迷宮と同じく、A国の魔法使いが魔法で生み出した魔法生命体(ゴーレム)ですよ」
「あれは……魔法生命体(ゴーレム)なのか……」
なるほど。魔法使いが生み出した魔法生命体(ゴーレム)か。
うん、そうか。そうだよな。
幽霊なんているはずがないよな。
魔法は存在するのに幽霊は存在しないと魔法使いの二人に断言されるのは何だか釈然としないが、幽霊がいないならそのほうが僕にとっては大変ありがたい。
うん、幽霊はいない。
いない。いないぞ。絶対に。
一生懸命自分に言い聞かせる僕を見て、アルペジオが見透かしたように微笑んでいる。
「いつの世も一番恐ろしいのは人間ですよ、捜査官殿」