キマイラ文庫

魔法捜査官

喜多山 浪漫

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目次

魔法捜査官

喜多山 浪漫

第3話

『Grimoire(魔導書)』<17>

 ローリングサンダーから事情を聞き終えた僕たちは、お手洗いに行きたいという彼女を校内の女子トイレまで誘導し、彼女が用を足すまで隣の男子トイレで待機することにした。

 幸い、教室と同じくトイレも安全地帯になっていた。どうやら魔法生命体(ゴーレム)は扉を開ける器用さも知性も持ち合わせていないようだ。

 それでも僕たちは、もしもの事態に備えて大きいほうに身を隠すことにした。ローリングサンダーが用を足し終えたら、隣の女子トイレからノックして知らせる段取りだ。

 小学校の大便所に大の大人が二人して身を隠すとなると、いろんな意味でなかなか息苦しいものがある。アルペジオと目を合わせることすら何だか憚られて、僕は苦し紛れに思いつくまま話題を振った。


「小学校の小便器って、あんなに小さかったんですね。なんか懐かしいなぁ」


「……………………」


 返事がない。

 ただのしかばねのようだ。


「ア、アルペジオさんが小学生のときは、どうでした? こんな感じのトイレでしたか?」


 僕は一体、何をしゃべっているのだ。

 そこは「小学生の頃は、どんな子供だったんですか?」だろうが。


「私の場合、小学校というものに通った経験がないため、申し訳ありませんが捜査官殿のご興味にお答えすることは出来かねます」


 穴があったら入りたい。

 しかし、この場にある穴と言えば和式の大便器ぐらいのもの。

 それでも入れるものなら頭から突っ込んで入ってしまいたい気分だ。

 いやいや、そんなことよりもアルペジオは小学校に通ったことがないと言った。小学校に入る前に魔力が発現したせいで小学校に通えなかったということだろうか。

 グリムロックのお世話になることが必須条件ではあるが、魔力が発現した後でも学校に通うことはできる。それは憲法の下、基本的人権の尊重として保障されている。だが、グリムロック付きの小学生が、他のクラスメイトと一緒に健やかに学校生活を送れるはずがない。事実、グリムロック付きの子供が学校に通おうとしたが酷いイジメに遭って不登校になったとか、他の保護者たちから猛抗議を受けて転校せざるを得なくなったとか、その転校先でも同じような目に遭ったために結局学校を退学したという話を、本人の悲痛な叫びとして動画で見たことがある。

 マスコミが、あえてそのあたりのことを報道しないようにしているため、彼らは自分の身に起こった悲劇を自ら発信するしかないのだ。しかしながら、その発信すらも心無い人々の心無い言葉によって傷つけられ、身も心もボロボロになり、やがて消えていくケースがほとんどである。


 アルペジオが警視庁所属の魔法使いに至るまでにどんな経緯があったか想像もつかないが、多くの日本人が享受している平穏と言って差し支えない幼少期でなかったことだけは容易に想像できる。

 興味本位で聞いていいことではない。けれども、いつか相棒として信頼を得たときに聞かせてほしい。そのときは、どんな悲痛な話を聞かされても受け止める覚悟――


 コンコン。


 僕が独りで盛り上がっていると、そんな場合じゃねえぞとでも言いたげなノックの音が割り込んできた。ローリングサンダーからの合図だ。

 ようやくアルペジオと目を合わせた僕は、うなずき合って物音を立てないように女子トイレの前へ移動した。


 女子トイレの前には女の子が居心地悪そうに立っていた。小学生ではない。中学生か高校生ぐらいに見えるが、まだあどけなさが残っている少女だ。


「ローリングサンダー……だよね?」


「あ、あったり前だろ。何ボケたことぬかしてやがんだ」


 この口の悪さ。間違いなくローリングサンダーだ。

 しかし、驚いた。けばけばしい化粧を落としたローリングサンダーは、類まれなる美少女だった。

 くっきりとした二重のまぶたに、長いまつげ。意志の強そうな瞳。キリリとした眉。すっと筋の通った鼻。ぽってりと愛嬌のある唇。不良少女然とした金髪も整った顔立ちと調和している。首から下の喧嘩上等な装いだけがいびつなだけで、ちゃんとした服を着せれば国民的美少女アイドルと紹介されても信じてしまうかもしれない。

 年頃に合わない派手な化粧をしていたときよりも、すっぴんのほうが断然いい。けれども、本人は化粧を落として素顔をさらすのが恥ずかしいのか、落ち着きなくそわそわしている。


「……パンツ履き替えました?」


 僕の相棒が突然とんでもない発言をした。


「は!? はあ!!? 何言ってんだ、てめえ! 別にアタイはチビってなんかいねえぞ!」


「あいにくパンツを召喚する魔法は持ち合わせていません。申し訳ありませんが、事件解決までは魔法使いノーパンでお願いします」


「だ、だ、誰がノーパンだ!! ブッ殺すぞ!!」


 真っ赤な顔をして怒るローリングサンダー。こうして恥ずかしがっている姿は、年頃の少女らしくて可愛い。これがギャップ萌えというものか……。

 いやいや、そんなことを言っている状況じゃない。


「いいから行くぞ、てめえら! 本城の仇討ちだ!!」


 と鼻息も荒く、ローリングサンダーは僕たちの尻を叩いた。比喩ではなく物理的攻撃。実際に叩かれた。

 なるほど。アルペジオはわざと彼女をからかって、彼女本来の勝気な性格を引き出したのか。まあ、それにしたって、もう少しネタのチョイスってものがあると思うけど。

 しかし、おかげでローリングサンダーは完全復活した。その瞳にはもう恐れも迷いもない。


「あのクソガキ……。本城を殺した後、まるでかくれんぼでもするみたいに笑いながら逃げていきやがったんだ。絶対に探し出して、絶対にこの手でブチ殺してやる……!!」


 ブチ殺すかどうかはさておき……というかブチ殺しちゃダメなんだけど、気持ちだけは僕も同じだ。

 本城の仇を討つ。

 被疑者の少女の腕にグリムロック式の手錠をかける。

 必ず捕まえてみせる。

 僕たちは、まだ手付かずの場所を捜査すべく、再び行動開始した。