魔法捜査官
喜多山 浪漫
第3話
『Grimoire(魔導書)』<5>
アルペジオの手品と人柄にすっかり気を許した子供たちが、飽きもせずに「ねえねえ」と次の手品をおねだりする。世間で疎まれている魔法使いが一転して人気者になった。子供は魔法犯罪のニュースを目にする機会も少ないだろうし、心根が素直なため、魔法に対する偏見よりも、目の前の楽しいお兄さんのほうに軍配が上がったのだ。
しかし、そう考えるとますます現在の魔法に対する偏見や差別は、幼少期から時間をかけてマスメディアを通じて醸成されているように思える。彼らが好意的とは言わないまでも中立な立場での報道を心がけるだけで、魔法を取り巻く環境は大きく違っていたはずだ。魔法は使い方次第であり、世の中の役に立てるか、それとも犯罪に走るのか、すべては使う人間の心ひとつだという当たり前のことを、なぜ伝えないのか不思議でならない。
たとえば僕が習得した柔道にしても同じだ。柔道は日本の伝統的な武道として数多ある格闘技の中でも格別の扱いを受けているが、投げ技でアスファルトに叩きつければ重傷を負わせることができるし、関節技では人の手足を容易に折ることができる。締め技に至っては殺人技と言っても差し支えない。
人体に危険を及ぼす可能性という点において、魔法も柔道も変わりはない。しかし、魔法だけが偏見を受け、差別されている現状に疑問を感じる。
魔法は使い方次第、使う人間次第。マスメディアも馬鹿じゃない。本当はそんなこと、理解しているだろう。にもかかわらず、目をつむり、耳を塞ぎ、口からは魔法の危険性と差別の言葉しか出ないのは何らかの強い意図が働いているようにしか思えない。それが日本を再び魔法大国にさせまいとする勢力によるもの……なんて考えるのは、いよいよ僕も陰謀論者の仲間入りかな。
「ねえねえ。魔法で先生を生き返らせてよ」
アルペジオの手品を本当に魔法だと思ったのか、一人の生徒がとんでもないことを言いだした。例の黒縁眼鏡の、さえぐさちりちゃんだ。先生を生き返らせてだなんて無茶を言うあたりまだまだ子供だなと思いつつ、その純真さに心がギュッと締め付けられる。
目の前でいきなり担任教師がわけのわからない死に方をした。信じられないことを目にした後に、優しい魔法使いが現れた。そりゃ魔法で生き返らせてほしくなるのも無理はない。
他の生徒たちもちりちゃんの言葉に乗っかって、先生を生き返らせてとせがみ始める。アルペジオは眉毛をハの字にして困惑するばかり。弱った顔をして僕に視線を送ってくるが、残念ながら魔法初心者の僕には子供たちに適切な説明をするだけの知識がない。
「ごめんない、アルペジオさん」という気持ちを伝えるため両手を合わせて頭を下げる。
アルペジオは自分の口から説明するしかないと覚悟を決めたのか、ひとつため息をついてからしゃがみ込んで子供たちを諭し始めた。
「いいですか、皆さん。死んだ人を、魔法で無理やり生き返らせるなんてことは絶対にやってはいけないことなんですよ」
アルペジオが優しく説得するように子供たちに話しかけるが、子供たちは納得がいかない。「えー」「なんでー?」「どうしてー?」と口々に不満と疑問の声を上げる。
子供たちの不満と疑問をよそに、僕が気になったのはアルペジオが死者を蘇生する魔法の存在を否定しなかったことだ。アルペジオは「絶対にやってはいけない」とは言ったが、「そんな魔法は存在しない」とは言わなかった。つまり、僕が知らないだけで死者を蘇生する魔法は存在するのだ。
「死んだ人を生き返らせるということは、天国に行った先生の魂を無理やり元の身体に引き戻すということです。死んだ人には死んだ理由があるんです。事故なのか、病気なのか、あるいは……。とにかく、死んでしまった肉体に魂を戻すことになるわけですから、同じ苦しみをもう一度味わうことになります。皆さんは、先生が亡くなったときの様子を見たんですよね?」
子供たちがうつむいて押し黙る。先程までのにぎやかで楽しい雰囲気から一転、沈痛なお葬式ムードだ。
「先生があんな亡くなり方をしたのは、とても残念です。皆さんの悲しい気持ちもよくわかります。でも、あの身体に再び先生の魂を呼び戻しても、先生が喜ばないことはわかりますよね?」
提案者だった黒縁眼鏡のちりちゃんは、瞳に涙をためながらもぐっと堪えて、うんと頷いた。聡い子だ。
しかし、他の子供たちはそうはいかない。何人かがぐすんぐすんと泣き始めた。それをきっかけにして、他の子供たちも連鎖反応してわあわあと泣き出す。
アルペジオの説明は効果的だった。あの遺体に担任教師の魂(?)を戻す魔法があるとしても、その先にあるのは繰り返される苦しみと死だ。この説明を聞いて、それでも生き返らせてほしいと願い出る者はいない。
意外だったのはアルペジオが、子供が泣きだすことぐらいわかっていただろうに、あえてこのような説明をしたことだ。「人を生き返らせる魔法は存在しないんだよ」とか別の説明の仕方もあったのに、アルペジオは真正面から子供たちの願いに向き合い、そしてその願いが叶えられないことを伝えた。
それは、なぜか?
アルペジオには死んだ人間を蘇生する魔法で、つらい想いをした過去があるのかもしれない。子供たちに同じ轍を踏んでほしくない。だから、あえて子供たちにとって辛い話だとしても聞かせておきたかった。
事実そうだとして、アルペジオにどんな過去があったのか気にならないと言えば嘘になる。けれども彼の悲しそうな表情を見ていると、とても興味本位で聞く気にはなれない。人には誰しも触れてはいけない部分がある。彼の口から語られることがない限り、僕から何も聞かずにおこう。
「アルペジオさん。そろそろ捜査を再開しましょう。手短に目撃証言を聴取して、この子たちを早くお家へ帰らせてあげないと」
「ええ、そうですね。捜査官殿」
立ち上がって振り向いたアルペジオは口元にうっすらと笑みを浮かべ、普段と変わらぬ飄々とした表情をしていた。しかし、心の中では今も複雑な何かを抱えているに違ない。
僕はそんなことにはまったく気づかないふりをしてそのまま続ける。
「捜査官から管制官に連絡。これより目撃者の生徒たちへの聞き取り調査を開始します」
またどうせ「了解」とだけ返ってくるのだろうけど、一応管制官には報告しておく。
「聞き取り調査の必要はない」
意外な答えが返ってきた。
「え? 何ですって?」
「聞き取り調査は必要ない。被疑者はすでに絞られている。あなたたちの任務はオラクルを使用して被疑者を特定し、確保することよ」
「はあ? なんだよ、犯人わかってんのかよ。どこのどいつだ? その野郎、アタイがブッ殺してやるよ」
ブッ殺すかどうかはともかく、被疑者が絞られているのなら話は早い。
だが、どうも納得がいかない。竜崎係長のブリーフィングでは、被疑者の候補が複数いると聞いた。だから二組の魔法捜査官による捜査体制と相成ったはずなのに。一体どういうことだ?
「管制官。僕たちは竜崎係長から被疑者候補が複数いると聞いています。そのため、手分けして生徒たちから被疑者の目撃情報を得るのが優先だと考えていたのですが、被疑者が絞られているというのは、その……矛盾していませんか?」
「矛盾しないわ」
相変わらず断定的な口調だ。
少しイラっとしながら聞き返す。
「なぜです?」
「被疑者は、2年B組の生徒の中にいるからよ」