魔法捜査官
喜多山 浪漫
第3話
『Grimoire(魔導書)』<9>
戦闘を終え、教室は再び神聖な学び舎に相応しい静寂を取り戻したが、魔法生命体(ゴーレム)の肉片やら粘液やらで汚れてしまったために当分は使い物になりそうにない。
これ、誰が掃除するんだろ? まさか僕たちじゃないよね……?
僕の心配をよそに、この惨状を生み出した当の本人であるローリングサンダーは余裕のドヤ顔を見せつけてくる。まったく、いい気なものだ。
「へへん。見たか、このローリングサンダー様の戦いっぷりを」
「で、僕のテストの採点は?」
「テストぉ? ……ああ、敵が弱かったからなぁ。よくわかんねえや。はっはっはっ!」
はっはっはっ!じゃねえし。
じゃあ、何のために僕はわざわざテストさせられたんだよ。
「どうっすか、先輩。キュートでしょ? うちのサンダーちゃん」
「どこが?」
どうやら本城はキュートという英単語の意味を知らないらしい。
「えー? そうっすかね。今流行りのツンデレってやつじゃないんすか?」
本城よ。ツンデレはもう流行っていないし、何だったら瀕死寸前の絶滅危惧種だ。第一、ローリングサンダーがいつデレたというのだ。初対面からここまでツンじゃなくて、オラついているところしか見たことがない。ツンもデレも一度も目撃したことがないと神に誓って証言しよう。
だが、そんなことはどうでもいい。魔法生命体(ゴーレム)を排除した今、被疑者の追跡を理由に、子供たちの安全を確保するチャンスだ。
「捜査官から管制官に連絡。魔法生命体(ゴーレム)はすべて排除しました。これから本城・ローリングサンダー組と二手に分かれて被疑者の追跡を開始します」
「了解。管制室ではそこから南にある図書室から微弱な魔力反応をキャッチしている。二手に分かれるなら、中庭を囲う作りになっている校舎を東側廊下と西側廊下に分かれて捜索するといいわ」
お。たまには管制官らしい、まともな指示をしてくれるじゃないか。いつもこうだと、とっても助かるのだが。
「ん? 待って。校内に多数の魔力反応が発生。これは……魔法生命体(ゴーレム)ね」
「つーことは、犯人のクソガキはやる気満々ってことだな。いい度胸じゃねえか。このローリングサンダー様がギッタギタのコテンパンにしてやるぜ」
息巻くローリングサンダーだが、事はそう単純な話ではない。
被疑者は先程、僕たちを足止めするために魔法生命体(ゴーレム)を放った。そして今度は、自分の所在地を特定されないために、なおかつ校内に残っている生徒を人質にするかのように再び魔法生命体(ゴーレム)を生み出したのだ。何よりも子供の安全を確保したい僕たちにとって最悪の一手を打たれた。これを計算ずくでやっているのだとしたら、小学生とは思えない狡猾さだ。
「管制室で観測したところでは校内に存在する魔法生命体(ゴーレム)の平均レベルは10。よって、LV10までの魔法の使用を許可します」
「ちょ、ちょっと待ってください! 平均って、おかしいでしょ。平均ってことは、つまりLV10よりも強力な魔法生命体(ゴーレム)もいるってことじゃないですか」
「そうなるわね」
そうなるわね、じぇねえし。
何をあたかも当然のように、しれっと冷静に言ってくれちゃってるんだよ。
「だったら……!」
「これは決定よ。変更するつもりはない」
「そこをなんとか! 管制官様ぁ!!」
いきなり本城が床に額をこすりつけんばかりに見事な土下座を披露する。
「どうかそこをなんとか! ね? ね!? LV20……いや、LV15でもいいっす! ちょっとだけ! ね? ちょっとだけでいいから!」
今度は顔を上げ、手を合わせて拝み倒す本城。
これは僕も一緒に土下座して拝んだほうがいいのだろうか?
そりゃ僕だって土下座や懇願で状況がちょっとでも変わるのなら、ちっぽけなプライドなんか捨てて一緒に土下座でも何でもするともさ。でも、そんなことをしたって法がゆるくなるわけではない。スピード違反で白バイに捕まったときに土下座したら許してくれるか? いや、許してくれない。それが法というものだ。
けれども、僕たちの安全のために、本城がここまで食い下がってくれているのだ。僕が何もせずに突っ立っているわけにもいかない。
そう思って僕が本城の隣で膝を折ろうとすると、後ろからアルペジオが僕の肩に手を置く。アルペジオは首を横に振り、その目は何をしても無駄だと語っている。
「本城捜査官。あなたが今、そこで何をしているのかは想像がつくけれど、そんなことしたって無駄よ。私の判断は変わらない。LV10までの魔法に限定して許可する。理由は……わかるわよね?」
管制官の判断は常に法律に基づいてなされている。彼女個人の感情や矜持とは関係ない。この理不尽な状況は、魔法を必要以上に恐れ、必要以上に管理しようとする我が国の方針のせいであり、轟響子管制官個人のせいではない。
問題の根っこは、魔法を悪と決めつけて喧伝するマスコミと、それを鵜吞みにする世間、そしてその世間から票を得るために現場をないがしろにして法令を定める政治家たちである。当事者である僕たちの知らないところで、現場を知らない人々によって作られた法律のせいで、下手をすれば殉職する羽目になる。こんな不条理があるか。
「管制官のお立場はよくわかりますが、現場で戦わなきゃならない僕たちの被害にも少しはご配慮いただけませんか? 魔法使用制限の上方修正を意見具申します」
理不尽に対する腹立たしさから、つい語気が荒くなり、嫌味な口調になってしまう。
「却下よ。これ以上の議論の必要性を認めない」
ブツリ。
そう言うと、管制官はオラクルの通信を一方的に切った。
怒らせてしまったか。
けど、怒りたいのはこっちのほうだ。
「ははは。まあ、いつものことですよ。LV10以上の魔法生命体(ゴーレム)に遭遇したら、 一目散に逃げればいいだけです。気にしない気にしない」
アルペジオは、おどけたような表情で言うが、実際に法に縛られながら最前線で戦わされているのは他でもない魔法使いである彼らだ。その魔法使いに気を遣わせなきゃならないなんて、本当に情けない気持ちでいっぱいになる。
「そう心配すんなって、新米。大事なのは気合と根性だ。さっきの戦いぶりを見ただろ? アタイの拳にかかりゃあ、魔法生命体(ゴーレム)なんざ、ちょちょいのチョイさ」
ローリングサンダーがぐっと握り締めた拳を僕の胸に押し付ける。
本城が彼女のことを「キュート」と評した気持ちが、ほんの少しだけわかった気がする。