キマイラ文庫

魔法捜査官

喜多山 浪漫

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目次

魔法捜査官

喜多山 浪漫

第3話

『Grimoire(魔導書)』<1>

 警視庁刑事部捜査一課魔法犯罪捜査係に配属されてから早数週間。多少は見慣れてきた職場の風景を眺めながら配属当時からこれまでの怒涛の日々に想いを馳せる。

 とは言っても、連続殺人鬼(シリアルキラー)・時任暗児、外務大臣・大泉一朗太およびA国の魔法使いにまつわる事件の他に、僕たち魔法捜査官が出動する機会は幸いにもなかった。それでも命からがら生き延びて任務をまっとうした2つの事件と、それに紐づく書類仕事の山、山、山との格闘した日々は、警察官になって以来、どの時間よりも濃厚で肉体的精神的疲労を伴うものだった。

 数週間でたった2件しか扱っていないのか、と捜査一課の先輩方や所轄のベテラン刑事さんたちには鼻で笑われそうだが、あんなロクでもなく最悪な事件がそうそう立て続けに起こってたまるものか。そんなことが現実になったら、日本は魔法犯罪大国として衰退の道をたどっていくことだろう。そういう意味では、どれほど面倒な書類仕事が山積みされていようとも、しこしことデスクワークに勤しんでいられる平和を享受できていることに感謝するべきである。


 今朝、出勤前にアパートで聞き流ししていたニュースでは元外務大臣・大泉一朗太の病気療養を理由にした退任劇について、あれこれ的外れな憶測が飛び交っていた。

 ゲストのコメンテーターたちは、やれ政治闘争に敗れて引退に追い込まれただの、やれ某商社から受け取っていた億単位の賄賂問題が発覚する前に雲隠れしただの、さも自分は真実を知っているかのような口ぶりで話していたが、どれもこれも真相にはかすりもしていない。

 世間では元外務大臣・大泉一朗太は個人所有の別荘で病気療養中ということにされているが、真相はこうだ。

 大泉一朗太は逮捕された後、すみやかに専門施設に搬送された。専門施設とはもちろん魔法使いおよび魔力を有する者たちが送り込まれる例の場所だ。専門施設にもランクがあり、身体検査で幼児から魔力が検知された場合に送り込まれるのは最低のEランク施設。Eランクと言っても施設が小さいとか設備が整っていないとかではなく、微小な魔力が検知された子供にグリムロックを付ける作業とそれに伴う諸手続きをするだけなので、危険度が低いという意味だ。

 最高のSランクは時任暗児のような凶悪魔法犯罪者を隔離、幽閉、監禁……どの言葉が適切かはともかく、生きているうちは絶対に外に出ることは不可能と言われている米国国防総省にも勝るとも劣らない堅牢な専門施設で、たっぷりと皮肉を込めて通称『アルカディア』の呼称で知られている。

 大泉一朗太は、今、このアルカディアでお世話になっている。これが世間には知られていない真実である。


 EランクからSランクまで、いずれの施設も共通しているのは魔力を有する者を管理、場合によっては研究対象にするという目的の下、政府主導で建設されたものだ。

 大泉自身は魔力を有しておらず、本来ならEランクの施設すら対象外なのだが、政府は戦時中に人体実験を重ね、永遠の命を手に入れようとした大泉を秘密裏に凶悪魔法犯罪者と認定し、その罪とともに蓋をすることを決定した。

 現職の外務大臣が魔法犯罪に手を染めていて、しかも戦時中からの長きにわたり国内外の人間を幾人も犠牲にしてきたとあっては間違いなく国際問題になる。万が一、国民に知られでもしたら政府閣僚は軒並み退陣を余儀なくされ、与党の座も瞬く間に崩壊するのは必至だ。見なかったふりをして蓋をしてしまいたくもなるだろう。

 しかし、もう少し想像力を膨らませてみると、大泉が確立したと思われる不老不死の魔法技術(自分の精神を別の肉体に移す邪法)を他国に渡したくない一念で、首脳陣が大泉を隔離・保護したという可能性もある。権力と金を得た支配者が最後に欲しがるのは不老長寿と相場が決まっている、なんていうのは僕の偏見だろうか。

 その真偽のほどは僕のような末端の一捜査官には知る由もないが、大泉の事件に関わって生き残った僕、アルペジオ、ミスターには、竜崎係長からしっかりと箝口令を言い渡された。「外部に漏れたら命はないものと思え」とすごむ竜崎係長の口ぶりは、とても冗談とは思えず、命の惜しい僕たちは黙って敬礼した。


 さて、そんなこんなで言いたいことは積み上げた書類以上に山ほどあるけれども、愚痴をこぼしている暇があるなら働けと言わんばかりに魔法犯罪捜査係に事件発生の急報が入った。

 事件現場は都内にある名門私立小学校。校内で教師が殺害されたらしい。その死にざまがあまりにも常軌を逸していたため、通報で駆け付けた所轄刑事課が魔法犯罪と判断。すぐさま魔法犯罪捜査係に緊急出動を要請する運びとなった。

 凶悪犯罪であるにもかかわらず天下の捜査一課をすっ飛ばして魔法犯罪捜査係に出動要請があるのは、魔法犯罪ならではの対応だ。餅は餅屋。魔法犯罪は魔法犯罪捜査係。と言えば聞こえはいいが、厄介事を可及的速やかにゴミ溜めに押し込めたいだけだ。できれば警視庁所属の魔法使いごと焼却処分になれば御の字というのが警視庁のお偉方の偽らざる本音だろう。


 魔法犯罪捜査係に配属されて3件目となる事件。

 連続殺人鬼(シリアルキラー)に、政治家の皮をかぶった大量虐殺者。はてさて、お次はどんな怪物が出てくることやら……。