キマイラ文庫

魔法捜査官

喜多山 浪漫

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目次

魔法捜査官

喜多山 浪漫

第3話

『Grimoire(魔導書)』<23>

 人の命に貴賤も大小ないと信じてきた。

 だが、この状況下においては、それももはや綺麗事でしかない。

 目の前で暴れ狂っているのは、戯れに二人の人間を奪った怪物のなれの果てだ。同情の余地はない。そして、この場には何としても守らなければならない子供たちの命がある。

 僕は怪物となった少女を攻撃することに躊躇していた。それは罪悪感によるものだ。けれど、僕の罪悪感なんてものは所詮自分が悪人になりたくないという自己保身にすぎない。そんな自分可愛さの罪悪感などクソ喰らえだ。

 子供たちを救うためなら悪人で結構。アルペジオ、ローリングサンダーとともに生き残り、いつかこの狡猾な罠を仕掛けた何者かを逮捕するためなら悪人で上等だ。


「アルペジオさん。上位全体魔法メガアイスドを使用してください」


「……よろしいのですか、捜査官殿」


「……はい」


 僕の返事を待ってからアルペジオが猛烈な吹雪を生み出し、四方を囲む魔法生命体(ゴーレム)を攻撃する。当然、少女の頭部にもダメージを与えることになる。

 少女が声にならない声を上げながら苦しむ。思わず目をそむけたくなるが、ぐっと堪える。

 目をそらしてはいけない。これは僕が指示したことだ。どんな結果になるにしても、僕は目をそらさず、受け止めなくてはいけないのだ。


「アルペジオさん。魔法生命体(ゴーレム)部分が沈黙するまで上位全体魔法メガアイスドを使用してください」


 アルペジオの攻撃を受け、次第に魔法生命体(ゴーレム)の触手の動きが鈍っていく。だが、同時に音楽室内の温度も急速に低下し、吐く息が白くなる。

 いけない。これ以上は子供たちへの二次被害につながりかねない。


「アルペジオさん! 上位全体魔法メガボルトドを使用してください!」


「はい、捜査官殿」


 言うが早いか差し出した両手から稲妻がほとばしる。電撃を喰らった衝撃で氷固まった怪物の触手が砕け、ガラガラと音を立てて崩れていく。怪物は、一見して戦闘不能とわかる状態になり果てた。決着である。


「……ふぅ。どうやら終わったみてえだな。で、こいつの始末はどう着ける気だ、新米」


 こいつとは、ローリングサンダーが見下ろしている被疑者とがりえいこのことだ。

 氷の瓦礫に埋もれるようにして仰向けになって倒れている少女。巨大な肉体を失い、今は元の小学二年生の大きさに戻っている。だが、頭部以外の肉体は醜い魔法生命体(ゴーレム)のままだ。ひとたび怪物となった彼女にはもう、身も心も人間に戻る資格はないということか。


「パパ……。ママ……」


 呻きながら両親を呼ぶ少女。まだ生きている。

 怪物とはいえ、処分せずに済んだことに少なからず安堵を覚えるあたり、僕もまだまだ甘ちゃんだ。

 オラクルで魔力反応を確認すると、魔力反応0と表示される。どうやらグリムロックで封印するまでもないようだ。


「捜査官から管制官に連絡。被疑者とがりえいこは完全に沈黙。魔力反応0になったことを確認しました。もう安全です。至急、校舎への攻撃を中止させてください」


「管制官から捜査官に連絡。被疑者の沈黙を確認。鳳凰学園への攻撃は中止要請し、すでに受理されている。……安心して、もう大丈夫よ」


 最後は、鉄の女の仮面を外した一人の女性の言葉だった。

 寒さに震える子供たちの中には、彼女の姪御さんもいる。本当ならすぐにでも助けに来たかったろうに、彼女は最後まで鉄の女の仮面を外すことなく任務をまっとうした。

 現場にいない管制官に僕たちの苦労がわかるものかと思っていたが、そんなことはなかった。管制官とて人間だ。感情がある。しかし、その感情を押し殺して、いかなるときも法に基づき適切な判断を下さなければならない。それが管制官の任務なのだ。


 今回の件を通じて、管制官は敵ではなく仲間だとわかった。所轄の刑事たちも時と場合によるかもしれないけれど協力し合えることもわかった。魔法を取り巻く環境すべてが敵だと思っていただけに心強いものを感じる。

 この気持ち、できれば本城と分かち合いたかった……。


「捜査官殿。ちょっと……」


 事件解決の余韻に浸っていると、珍しくアルペジオが青ざめた表情で僕の腕をつかんできた。何の説明もなく、そのまま僕の腕をつかんで強引に歩き出す。

 何事か思い、向かう方向を見てみると、アルペジオ以上に青ざめた表情をした子供たちが集まっている。


「怪我人、しかも重症です。このままでは……」


 死んでしまうということか。

 大抵のことでは動じないアルペジオも不安を隠せずにいる。

 ここまで子供たちの中に犠牲者が出なかったことは奇跡に等しい。とてつもなく苦しい状況にあったが、それでも子供たちを死なせずに済んだのは幸運以外の何物でもなかった。

 しかし、ついに危惧していたことが現実のものとなった。

 先の戦闘でも細心の注意を払って指揮を執ったが、高レベルの魔法使い同士の命のやり取りの最中、被害を0に抑えることはできなかった。


 ……いや、まだだ。

 まだ諦めるのは早い。

 この小さな命を何としても救うんだ。