キマイラ文庫

魔法捜査官

喜多山 浪漫

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目次

魔法捜査官

喜多山 浪漫

第3話

『Grimoire(魔導書)』<6>

「被疑者は、2年B組の生徒の中にいるからよ」


 轟響子管制官の口からとんでもない事実が飛び出した。


「な、なんですって……!? 本当ですか?」


 あの鉄の女が冗談なんて口にするはずがない。わかっているが、つい反射的に聞き返してしまう。冗談であってくれたなら、どれだけ救われることか。


「事実よ」


「この子たちの中に被疑者が……!? そんな……!」


 本城が目を見開いて、子供たちと距離を取るように後ずさりする。僕より経験豊富な彼にしても衝撃的な事実のようだ。

 先程まで教室の隅で怯えていた子供たち。アルペジオの手品を見てはしゃいでいた子供たち。担任教師を生き返らせるのは無理だと知って泣いていた生徒たち。そんな彼らの中に被疑者がいるなんて僕だって信じられない。いや、信じたくない。

 慎重に子供たちと距離を取りながら、改めて2年B組の生徒たちを見回す。どの子も小学生らしい無垢で可愛らしい子供たちばかりだ。担任教師をあんな惨殺死体に変えた人殺しだとは到底思えない。


「信じられないのは無理もないけど、その子たちの中に事件を引き起こした魔法使いがいるのは確かよ。管制室からは、あなたたちのオラクルを通じて魔法使いアルペジオ、魔法使いローリングサンダー以外の魔力反応を検知している。ただし、魔力が発現したばかりなのか魔力反応が不安定かつ膨大に広がっているため個人までは特定できない。だから、あなたたちの任務はオラクルを使用して生徒たちの中から被疑者を特定し、確保することよ」


 マジか。僕と本城はお互い口にこそ出さなかったが、この先が思いやられるという表情を隠そうともせずに目を合わせた。

 本城が作戦タイムとでも言いたげにクイッと親指で僕に合図を送ってくる。魔法犯罪現場での指揮は捜査官に一任されているが、今回はその捜査官が二人いる。捜査方針を決めるのに僕と本城とで話し合って決めるのは、ごく自然な成り行きだ。


「どう思うっすか?」


 珍しく深刻な表情で尋ねてくる本城に、僕は「クソみたいな状況だと思う」と偽らざる本音を伝えた。


 「ははは。言うっすね、先輩。けど、俺も同感っす。こんなクソみたいな状況は早いとこ解決して、おいとましましょ」


 100%同意だ。僕は黙ってうなずく。


「被疑者の子供は、突然の魔力の暴走に怯えているに違いないっす。何かの拍子に誤って担任教師を死なせてしまった恐怖と不安に押しつぶされそうになっている。魔力が発症したとなれば、首輪のお世話になることは子供でも知っている。両親や友達とも、もう会えなくなる可能性だってある。それが怖くて名乗り出られずにいるのかもしれないっすね」


 被疑者は被害者でもあるというのが本城の論調だ。僕は一旦口を挟まずに黙ったまま彼の考えを最後まで聞くことにした。僕の沈黙を同意と受け取ったのか、本城は少し安心した表情になって続ける。


「万が一にも間違って別の子を被疑者だと特定してしまったら、その子の人生が台無しになるっす。ここは手分けして、慎重に一人ずつ魔力判定するのがベストっす」


 確信をもって本城が締めくくる。

 本城はいいやつだ。被疑者の子供の心情を慮りつつ慎重に捜査しようと提案してきた。おそらく彼は魔力と魔法使いに偏見を持たない数少ない日本人なのだろう。

 しかしだ。僕の描く犯人像は、本城が描いているものと随分異なる。この教室に入る前にプロファイリングした犯人像。それは教師の肉体を弄ぶかのように偏執的なまでに変形させた異常者。それは今、僕の中で確信に変わっている。


「慎重に事を進めるのは賛成だ。でも、僕の考える犯人像はキミとは違う」


「え? なんで? どこが違うんすか?」


 きょとんとした表情で本城が尋ねる。


「だって、おかしいだろう? さっきまで生徒たちは全員が全員、アルペジオの手品を見て、楽しそうに笑っていたじゃないか。キミの言うように突然魔力に目覚めて誤って担任教師を死なせてしまった子供が、あんなふうに笑えると思うか?」


 僕の指摘を聞いて、本城が目を泳がせる。


「じゃ、じゃあ、この中に被疑者はいないとか?」


 本城はどうあっても、この凶悪な魔法犯罪の被疑者を確信犯だと認めたくないらしい。

 本城の優しさは人として正しい。しかし、魔法犯罪の現場にあっては優柔不断となり、死に直結しかねない。その態度に業を煮やしたのか、ローリングサンダーが本城の真正面に立ち、思いっきりビンタをかます。


 バチン!


「馬鹿か、てめえ。ついさっき轟の姉御が被疑者はこの中にいるっつったろうがよ。ああん?」


「………………」


 頬を押さえながらうつむいたままの本城の身体は小刻みに震えている。怒りからではない。突き付けられた事実を事実と認めたくなくて、やるせなくて、葛藤しているのだ。

 本城も頭ではわかっているに違いない。しかし、このいたいけな子供たちの中に、担任教師を惨殺した後、平然と他の生徒たちに紛れて悲しんでみせたり、笑ってみせたりできる異常者がいるという事実を認めたくないのだ。その気持ちは理解できる。けれども――


 ぼとっ。

 ぼとぼとっ。……ぼとっ。


 僕たちが犯人像と捜査方針を巡ってぐずぐずしていると、不意に天井から何かが落ちてきた。

 粘土のような赤茶色の物体は、複数の肉塊……人間の手、足、耳、鼻、下顎、舌などの部位だった。しかも、等身大ではない。一つ一つが教室にある机や椅子ほどもある。まぎれもない、魔法生命体(ゴーレム)だ。

 それを目にした子供たちが一斉に悲鳴を上げる。

 粘液にまみれた肉塊たちがプルプルと震えたかと思うと、昆虫のような足や触覚を生やして動き始める。カマドウマに似た足を6本生やした鼻。百足みたいに無数の足を持つ舌。クワガタの角を持つ下顎。よくもまあ、これほど不快な魔法生命体(ゴーレム)を生み出したものだ。一目見ただけで怖気が走り、吐き気が止まらない。大の大人でもこれなのだから、子供たちが正気を保っていられるはずがない。キャーキャーと金切り声を上げながら教室の中を走り回る。


「みんな、落ち着いて!」


 僕に続いて、本城もローリングサンダーも子供たちを制止しようと口々に叫ぶが、ひとたび恐慌状態に陥った子供たちが落ち着きを取り戻すはずもなく、一人また一人と扉を開けて教室の外へと出てしまう。


「いけない! みんな、戻って! バラバラに逃げては危険です!」


 頼みの綱のアルペジオの声も届かず、子供たちが次から次へと教室の外へと避難する。

 これはマズい。散り散りになった子供が魔法生命体(ゴーレム)に遭遇したら、ひとたまりもない。早急に、首根っこつかんででも連れ戻さないと。


「本城! 手分けして子供たちをどこか安全な場所へ避難させるぞ!」


 当然、人情派の本城は僕の判断に賛同してくれるものと思ったのに、うつむくばかりで一歩も動こうとしない。見るとアルペジオは困ったような顔をして、ローリングサンダーは苦虫を潰したような表情で立ち尽くしている。


「風馬捜査官」


 何が起きているのか理解できずにいる僕の耳に冷ややかな管制官の声が響く。


「風馬・アルペジオ組、本城・ローリングサンダー組は魔法生命体(ゴーレム)の処理を優先しなさい」


「は!? なんですって? 子供たちの安全よりも魔法生命体(ゴーレム)の処理を優先しろって言うんですか!?」


「……そのとおりよ」


「納得できません」


「キミが納得する必要はない」


 珍しく指示を出してきたかと思えば、ロクでもない。この場において子供たちの安全以上に重要なものが他にあるわけがない。


「国民に危害を加える恐れのある魔法使い、魔力を有する者、それに準ずる魔法生命体(ゴーレム)の確保ないしは処分……それが魔法犯罪捜査係の最優先任務よ。これは法律の定めいよるところであり、あなた個人の感情や私の裁量でどうこうできるものではない」


 そういうことか。だからアルペジオたちは教室から逃げ出した子供たちを追えずにいるのか。本心では子供の安全を優先したくても、法がそれを許さない。悪い意味で経験豊かな彼らはそのことを熟知していた。アルペジオの困った顔も、本城の悲しげにうつむいた表情も、ローリングサンダーの苦虫を潰した顔も、すべては個々の感情と無慈悲な現実との乖離から来ているものだ。

 国民に危害を加える恐れのある存在の排除を優先して、当の国民の安全を後回しにするなんて、こんなふざけた法律があってたまるものか。とはいえ、そのふざけた法律が実在し、まかり通っているのが今の日本なのだ。一体、誰のための、何のための法律なのか。


「幸いにして被疑者のものと思われる魔力反応は把握できている。また、その教室に出現した魔法生命体(ゴーレム)以外に今のところ魔力反応はない。魔法生命体(ゴーレム)を処理してから被疑者を追っても決して遅くはないはずよ」


 それは詭弁というものですよ、と喉まで出かかった言葉を僕はゴクリと無理やり飲み込んだ。管制官自身、そんなことはわかっている。「遅くはないはず」という歯切れの悪い言葉には多分に期待と希望が込められていることも充分伝わってくる。鉄の女も苦渋の選択を強いられているのだ。

 かくなる上は仕方ない。一分一秒でも早く魔法生命体(ゴーレム)を排除して、子供たちの行方を追うとしよう。