魔法捜査官
喜多山 浪漫
第2話
『Monsters(怪物たち)』<7>
襲い掛かる怨念に飲み込まれたと思った瞬間、目の前が真っ暗になった。見渡す限りの闇。まぶたを開けているはずなのに何も見えない。
しかし、何者かの気配だけは感じる。アルペジオとミスターの気配じゃない。それは人ならざる者の気配。自慢じゃないが霊感はない。けれども、先程から一向に収まらない寒気と鳥肌が本能的な危険を告げている。
ん?
なんだ?
今、地の底から響くような昏い声が耳をかすめたような……。
誰だ?
誰かいるのか?
声を出そうとするが声が出ない。
これは夢か?
まさか死んだなんてことはないよな……? ないよね……?
「?????????????????」
背後から意味不明の女の声が聞こえた。今度は確実だ。
驚いて振り返ると、そこに女はおらず、アルペジオとミスターが何食わぬ顔で立っているだけだった。
他には誰もいない。真っ暗だった世界も、いつの間にか色を取り戻している。
大泉外務大臣の大豪邸から一転。真っ暗闇ではないものの、薄暗い洞窟のような空間。壁面は見覚えのあるぬらぬらと不気味に輝く肉壁。どうやらここはA国の魔法使いが生み出した迷宮らしい。
先程の女の声の正体は気になるが、今はそれどころではない。
「捜査官から管制官に連絡! 至急応答願いします!」
オラクルを手に取って管制官との連絡を試みる。
しかし、想定通りというか想定外というか管制官からの反応はない。完全に外界からシャットアウトされてしまったようだ。
以前、アルペジオの記憶透視魔法ダイブを使用したときに似たような状況だが、異なるのはこれが脳の誤作動ではなく現実であることだ。
「いやー、捜査官殿。閉じ込められる前にグリムロックを解除してくださったおかげでLV5の魔法は使用できそうですよ。これで何とかやりくりしましょう」
「風馬はん、Good jobやで! あんさんがとっさにグリムロックを解除してくれてへんかったら、LV0のままでもっと悲惨な状態でしたわ」
たったのLV5までの魔法しか使えないのに二人の魔法使いは妙に前向きだ。
この前向きさ、一体どこから湧いて出てくるのだろう。
「でも、たったのLV5では……」
「たかがLV5、されどLV5……と言いたいところですが、確かに魔法生命体(ゴーレム)との戦闘は相当苦しいものになります。というかLV5ですから、ほとんどの魔法生命体(ゴーレム)はCODEレッド相当と見なすべきですね。できるだけ戦闘は避けましょう」
「そや。三十六計逃げるに如かず。この状況、逃げるが勝ちですわ」
「この迷宮から脱け出す方法が不明な以上、長期戦になる恐れもあります。基本方針として戦闘を回避するのは僕も大賛成なんですけど……」
唐突に押し付けられた終わりの見えない迷宮探索を思うと、どうしても腰が引ける。この迷宮はA国の魔法使いが持てる魔力のすべてを出し切って、二度と魔法を使えなくなる覚悟で生み出したものだ。並大抵のものではないだろう。
果たしてどうやってこの難局に立ち向かうべきか。
いや、悩んでも仕方ない。まずは手持ちの戦力を確認してみよう。
《魔法使いアルペジオ》
【攻撃魔法】
パイロ(炎属性攻撃魔法)
アイス(氷属性攻撃魔法)
ストーム(風属性攻撃魔法)
【回復魔法】
なし
【補助魔法】
ブースト(身体強化)
マジックバリア(魔法防御)
LV5のアルペジオが使用できる魔法は以前と変わらない。心許ないが嘆いたところでレベルアップするわけじゃない。攻撃手段があるだけマシと思って割り切ろう。
さて、今回初めて組むことになる魔法使いのミスターの魔法は、と――
《魔法使いミスター》
【攻撃魔法】
なし
【回復魔法】
ヒール(HP(体力)回復)
キュア(解毒)
【補助魔法】
リフレクション(魔法反射)
ドレイン(MP(マジックポイント)吸収)
んん?
攻撃魔法なし?
「あの、ミスターさん?」
「はいな」
「もしかして、攻撃魔法をお持ちではない?」
「はいな。わて、暴力苦手ですねん」
デカい図体して本当かよ……。
後方支援って柄じゃないでしょうが。どこからどう見たって魔法使いどころか、前衛戦士(武器:拳)だろ。
むむぅ、かくなる上は仕方ない。
アルペジオの攻撃魔法を主戦力とし、場合によっては懐にしまってあるニューナンブM60と5発の弾丸の出番があることを覚悟しておこう。