魔法捜査官
喜多山 浪漫
第1話
『Serial killer(連続殺人鬼)』<10>
怪物を倒した僕たちは前人未到のダンジョン――もとい、真鍋愛美の記憶の世界の捜査を継続する。捜査を開始してからまだ半時も経っていないとはいえ、いまだ何ら手掛かりがつかめないことに焦りを禁じ得ない。
管制官に連絡して指示を仰ぎたいところだが、その手段がない。
はてさて、どうしたものか。
「あの……、アルペジオさん」
「捜査官殿。私のことはアルペジオと呼び捨てにしてください」
「え、でも……」
年齢は不詳だけど、たぶん彼のほうが年上だろうし、階級はともかく魔法犯罪捜査係の先輩であることには違いない。いきなり呼び捨てにしろと言われても困る。
「道具に敬称を付ける人はいないでしょう。捜査官殿は支給された拳銃に恋人の名前を付けている警察官がいたとしたら異常だと思いませんか?」
いや、それはそうだけど……なにゆえ恋人? 疑問は残るが、あえてそこにはツッコまずにおこう。下手にツッコんで藪から蛇が出てきては、たまったものではない。
「でも、あなたは道具じゃありません。人間です」
「ははは。そう言ってもらえるのは嬉しいですけど、今だけですよ。いずれ捜査官殿も魔法使いを忌み嫌うようになります」
「そんなふうに決めつけないでほしいですね」
達観したような、あるいは諦観したような物言いに思わずムッとして反発してしまう。この異界に閉じ込められている中、魔法使いと衝突したところで何一つ僕にメリットはないのに。
けれども、遠くない未来、僕が魔法使いを嫌うことを予言めいた言葉で決めつけられたことにも、彼が自らの不遇を当たり前のように受け入れている姿勢にも腹が立ってしまったのだから仕方ない。
少々気まずい雰囲気が二人の間に流れはじめたため、話題を変えることにする。
「それはそうと、僕まで一緒にダイブする必要があったんですか?」
記憶の世界の中を探索するだけなら、僕は現実の世界にとどまってアルペジオの肉体を監視していれば済むような気がするし、できることなら今からでもそうしたいのだが……。
「もちろん、捜査官殿も必要です。なにせ捜査官と魔法使いは一心同体なのですから」
うん。答えになっていない。
僕が一緒にダイブしなければならない理由が一切伝わってこない。一心同体というよりも一蓮托生、はたまた無理心中。有無を言わせず地獄に無理やり道連れに引きずり込まれた気分だ。
まあ、引きずり込んだのはアルペジオではなく、日本国が定めた法律なのだろうけど。この国はそれだけ魔法使いを恐れ、たとえ記憶の中の世界であろうとも目を離す気はないということか。
魔法使いは恐ろしい。しかし手放すのではなく監視したい。できれば使い捨てにできる人間を使って。これがこの国のお偉方の偽りのない本音だろう。言うまでもなく、使い捨てにできる人間とは、今この場においては僕のことを指す。
やれやれ、なんてこった。とんだ部署に異動させられたものだ。とはいえ、自分の境遇を嘆いてみたところで誰か手を差し伸べてくれるわけでもないので、せいぜい二階級特進せずに済むように最善を尽くすとしよう。
「あの、アルペジオさん。不測の事態が発生した場合にLV5の魔法だけでは対処できない可能性がありますよね。オラクルで管制官に連絡を取って、使用できる魔法の上方修正を具申できないものでしょうか」
「ご冗談を。ここは被害者の記憶の世界ですよ。オラクルなんて使えません」
ガッデム!
魔法は使えるのにオラクルは使えないなんて、なんて理不尽な!
叫びたい衝動を抑えて、心の中で叫ぶ。
「まあ、仮に使えたとしても間違いなく管制官に「LV5以下の魔法で対処せよ」と却下されるでしょうね。ははは」
「ははは、って。全然笑い事じゃないんですけど。犯罪捜査――それも一刻を争う凶悪犯罪の捜査にもかかわらず、そこまで魔法の使用を制限されるなんて……」
「制限があるからいいのです。いつでもどこでも魔法を自由に使えるようにするのは、猛獣を檻から出して放し飼いにするのと同じ行為ですから」
「……その例えが適切かどうかはともかく、魔法が使えるのにオラクルは使えないというのは魔法の知識がまだまだ不足している僕にとっては理不尽極まりないものに思えますけどね」
言ったところで始まらないとは思いつつも、ため息まじりに不平を鳴らしてみる。
いかんいかん。魔法犯罪捜査係に配属されてからというもの、だいぶ愚痴が多くなっている。自分はもっと前向きな人間だと思っていたけど、逆境に置かれて本性が浮かび上がってきたのか。
いやいや。そんなことはない。これは非現実的な現実にツッコんでいるだけ。ツッコんでいるだけなのだ。
「オラクルが使えないということは管制官の目も声も届かないわけですよね? それならグリムロックだってこの世界の中では機能していないはず。それなのにまるでグリムロックが機能しているかのうようにLV5の魔法しか使えないのはおかしくありませんか?」
「捜査官殿のご指摘はごもっともですけどね、それこそ人体の不思議――プラシーボ効果というやつですよ。本来魔法が使えないはずのこの世界で魔法が使えるのも、本来機能していないはずのグリムロックがあたかも現実のように機能しているのは、すべて脳の誤作動、思い込みの力のなせる業なのですよ」
「それなら、同じく思い込みの力でオラクルが使えてもいいのでは?」
「オラクルは管制官あって初めて機能する端末です。思い込みの力で端末の存在は認識できても、その向こう側にいる相手を都合よく認識するような真似はできません。いくら捜査官殿と私が強くそう願っても、脳がそれを認めないわけです。万が一にも認識できたとしても、現実の管制官と同様に「LV5以下の魔法で対処せよ」と却下されるのがオチですよ」
うーむ、なるほど。
どれだけ強く願ったところで、現実には難しいと認識していることはできないわけか。願うだけで叶うものなら、僕だって魔法が使えるだろう。しかし、そうはいかないのがこの非現実的な現実世界での現実なのだ。
「……とまあ、長々と講釈を垂れてしまいましたが、いずれも現時点での学者さんの見解に過ぎません。魔法はいまだ人類にとって未知の領域。何が真実なのかは誰にも証明できません。神のみぞ知るってやつですよ。ははは」
魔法だけではない。脳にしてもまだまだわからないことだらけだ。アルペジオの言う通り、現代の科学では神の領域ということになる。
神とやらが存在するとして、いかなる理由で魔力と魔法を授けたのか。現在の社会情勢を見るに、魔法は人類にとって福音をもたらすどころか、人間を魔力の有無で分断する害悪になっている。
もしかすると神は人類に魔法を授けて、人類がいかなる選択をするのかを試しているのかもしれない。