魔法捜査官
喜多山 浪漫
第2話
『Monsters(怪物たち)』<14>
「あの白衣の男と女の目ぇ……」
「え……?」
「あれに似た目ぇを、子供の頃に見たことがありまんねん」
口元をハンカチで拭いながら、ミスターが誰に言うでもなくぽつりぽつりと話し始める。
「わてな、こう見えても実はええとこのボンボンなんですわ」
意外でっしゃろ?と僕を見て、にんまりと笑うミスターの目は笑っていなかった。
「信じてもらえへんかもしれんけど、わて、駐日アメリカ大使夫妻の息子やったんです」
え?
アメリカ大使?
大使とは所属する国家を代表して他国に派遣される最高位の外交官である。しかも過去の歴史はともあれ、今となっては最大の友好国だと一般的には認識されている大国アメリカの大使ともなれば、内閣総理大臣や大泉外務大臣すらも頭の上がらない相手だ。
そのアメリカ大使の息子という人もうらやむ出自から、魔法犯罪捜査係の魔法使いへと人生の階段を転げ落ちたのは、父親が大使として日本に駐留していた小学生のときだったと言う。どこの小学校でも必ず実施されている身体測定。そこで魔力判定に引っかかったのだ。
駐日アメリカ大使の権限をもってすれば、もみ消しや母国へ逃がすこともできただろう。しかし、ミスターの父親はそうはしなかった。小学生だった彼をあっさりと見限って、早々に同じ年頃、同じ人種の子供を見繕って養子に迎えた。父親の行動は迅速で、切り捨てたミスターを身元不明の魔力を持った少年として日本政府に押し付けた。日本政府はそれを黙って受け入れたというのだから情けない。
その後、ミスターの扱いに困った日本政府は彼を解放するでもなく、かと言って闇に葬るわけでもなく、警視庁魔法犯罪捜査係の魔法使いとして地下5階に封印することに決めた。
「まあ、臭いもんには蓋をせいっちゅうことでんな」
笑うミスターの言葉には両親と日本政府への侮蔑がたっぷりと込められていた。
「上層部の連中はわてが任務中に殉職してくれることに期待してるみたいやけど、そうはいきまへんで。連中の思惑通りになってたまるもんかいな。何があっても100歳まで生きたるんや」
それは不遇な生き方を強制されたミスターの意地だった。
初めて会ったときに自己紹介で「アメリカ村出身」と冗談めかしていたが、あながち嘘ではなかったわけだ。
人生いろいろ。魔法使いミスターにそんな過去があっただなんて考えさせられるものがある。どれだけ恵まれた家庭に生を享けたとしても、魔力が検出された瞬間にぶち壊しになる。最悪の場合、一家崩壊。最悪を回避するにはミスターの父親のように子を切り捨てるしかない。魔力はそれほどまでにこの日本という国では禁忌の存在なのだ。
「いたいけな少年を使い捨ての玩具みたいに無茶苦茶にした、あの白衣の男と女の目ぇ……。あれは忘れもしまへん。わてが最後に見た駐日アメリカ大使夫妻の目ぇとおんなじやった。あれは人を人として見てへん人間の目ぇや」
吐き捨てるように言い終えると、ミスターはバツが悪そうにスキンヘッドの頭をポリポリとかきながら頭を下げる。
「なんやつまらん話をしてしまいましたな、ご両人。いらん話を聞かせてもうて、えろうすんません」
「そんな……。よく話してくれました。ありがとうございます、ミスターさん」
過去の、しかも人には言いにくい話を聞かせてくれるなんて、それだけ僕たちを信頼してくれている証だ。この短い期間ではあるが、ともに死線を超えていく戦友として心を許してくれたのだろう。
彼の気持ちの応えるように、僕もミスターに頭を下げる。
顔を上げると、ミスターは照れくさそうに斜め下にうつむいて視線を合わせようとしない。顔が真っ黒なのでよくわからないが、たぶん赤面しているのだ。
「そ、そんなことはさておきですな、あの少年をあないな目ぇに遭わせた連中の意図が気になるところでんなぁ」
照れ隠しに露骨に話題を変えようとするミスターだが、それが本題ではあるのでそのまま乗っかることにする。
「そうですね。時任のような猟奇殺人者ならともかく、あの男たちは医療関係者のようでした。意味もなく、異常な性癖のためだけに子供を解剖したりするとは思えません」
意味があったとしても決して許される行為ではないだが。
それでも彼らが何を目的として、あの医療行為とは真逆の残虐な解剖をおこなっていたのかが分かれば、A国の魔法使いがなぜ大泉外務大臣の命を狙うのか、その動機も判明するはずだ。
「人体実験」
少年の映像(ビジョン)を見てからここまで、ずっと口を閉ざしていたアルペジオがようやく口を開いたかと思うと、物騒な言葉を口にする。
「あれは人体実験です」