キマイラ文庫

魔法捜査官

喜多山 浪漫

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目次

魔法捜査官

喜多山 浪漫

第2話

『Monsters(怪物たち)』<12>

 もう本当にやめてほしい。

 僕たちに真実を見せたいのはわかったけど、少なくともホラー映画の類に過度なアレルギー反応を示す僕に、これは間違いなく逆効果だと思う。

 今、僕が見上げているのは宙吊りにされた老婆だ。当然、生きている人間ではない。なにせ四肢が切断され、首に針金を巻き付けられて宙吊りにされているのだから。

 何があったのか想像もつかないけど、目をそむけたくなる光景。この惨たらしい光景が生まれた背景に、外務大臣・大泉一朗太が関わっているというメッセージなのか。

 いや、現時点では何の根拠もない。根拠のないまま推理したところで意味がないどころか、かえって混乱する。それよりも早くこの可哀そうな老婆を解放してあげたい。


「ミスターさん。お願いします」


「はいな」


 威勢よく返事をするミスターが進み出て、老婆に手をかざす。祈るような表情で呪文を唱えると、手のひらからあたたかな陽射しのような光が老婆を包んでいく。さすがに彼もこの場面で「いてまうど」などと雄叫びを上げたりはしない。

 老婆が光に包まれて消えていく中、頭に老婆が目撃したと思われる映像(ビジョン)が飛び込んできた。それは以前に記憶透視魔法ダイブを使って被害者女性の記憶を見たときと似た体験だった。


「これは……」


 珍しくアルペジオが驚いたような表情であたりを見回す。そこには老婆が過去に見たであろう映像(ビジョン)が展開されており、明らかに現代とは異なる風景が広がっていた。


「先の大戦中の……。しかも日本ではありませんね」


 一目見ただけでよくわかるものだ。アルペジオは意外(失礼)にも博識なのだろうか。

 この場所が日本ではないことを裏付けるように、おそらく老婆のものと思われる声はまったく聞き取れない外国の言葉だった。イントネーションが生首の少女が発していたものとよく似ている。

 老婆の周囲にはみすぼらしい屋台と調理器具、決して上等とは言えない食材がある。周囲にも似たような屋台が立ち並んでいるところから見て、露店が集まる大通りのようだ。

 異国情緒あふれる街には薄汚れたタンクトップに身を包む男女で溢れていた。皆、貧しそうではあるものの表情は明るく、金銭的にはともかく心はそれなりに満たされていることがわかった。

 そんな中、旧陸軍の制服に身を包んだ男が現れた。男は老婆が営む屋台の常連のようだ。勝手知ったる様子で片言の外国語を操りながら老婆や他の客との会話を笑顔で楽しんでいる。言葉や文化、国境を越えた絆を感じる。


「風馬はん。あの男、なんや見覚えありまへんか?」


 ミスターの言葉を受けて、男の顔をよく見る。


「あ」


 そうだ。あまりにも表情が違っていてすぐにはわからなかったけど、よくよく見ると男はA国の魔法使いだった。


「けど、同一人物と断定するのは無理がありませんか? これが戦時中の映像(ビジョン)なら、もう何十年も昔のことなのに。あ、もしかして血のつながりがあるとか……?」


「捜査官殿。魔法使いを見た目で判断してはいけません。老人の姿だけど実は子供だったり、子供に見えても中身は老人の魔法使いもいますから」


 ええ? いや、まさかそんなことまで?

 だとしたら魔法っていうのは、本当に何でもアリだな。

 アルペジオに言わせると実際には何でもアリではなく、一定の法則に基づいているらしいけど、素人の僕からしてみれば万能のチートスキルとしか思えない。

 アルペジオの顔を横目に伺ってみるが、真っ直ぐ老婆の映像(ビジョン)を見つめているだけで表情からは何も読み取れない。


 魔法使いを見た目で判断してはいけない。

 アルペジオが口にした言葉は彼自身にも適用されるのだろうか。

 くしゃくしゃの栗毛と学者然とした丸眼鏡。年齢は僕より少し年上の30過ぎに見えるが、実は100年を生きる魔法使いなんてこともあり得なくはない。なにせ魔法使いアルペジオはLV100かそれ以上なのだ。加齢とレベルの上昇が必ずしも比例するわけではないだろうけど、妙な説得力を感じる。


 でもなぁ……。

 この良くも悪くもまったく貫録を感じさせない、ちょっぴり間抜けな魔法使いが100年の時を生きてきましたなんて言ったところで、ちっとも説得力がないんだよなぁ。


 アルペジオの実年齢はさておき、老婆の映像(ビジョン)に意識を戻すと、A国の魔法使いが少年のような顔で笑っている。老婆の目を通して見る彼の姿は、大泉外務大臣宅の正門で出会ったあの男……SPたちを容赦なく皆殺しにしたあの魔法使いと同じ人間とは思えない。それほど表情に明暗の差がある。

 それに気になるのは、街頭で屋台を切り盛りしていたはずの老婆が、なぜあんなにも無残な死にざまに至ったのか。これも謎のままだ。

 一体、彼らの身に何が起こったというのか。

 どうせロクでもないことが起きたのに決まっているので、正直知りたいとは思わないけれど、この迷宮を抜け出すにはA国の魔法使いが口にした「真実」とやらと向き合わねばならない。

 まったく、因果な仕事だ……。