魔法捜査官
喜多山 浪漫
第2話
『Monsters(怪物たち)』<20>
「危ない!!」
A国の魔法使いがコンバットナイフを大きく振りかぶったとき、そう叫んだのはアルペジオだった。
アルペジオが叫ぶのとほぼ同時にコンバットナイフが僕の頭部目がけて真っ直ぐに振り下ろされる。僕はその動きに合わせて懐に飛び込み、背中を預け、腰を沈める。
「せいっ!!」
紫電一閃、一本背負い。
学生時代から散々打ち込んできた柔の技がこの土壇場で役に立った。
「かはっ!!」
しこたま背中を打ち付けられたA国の魔法使いは、まともに息もできなくなりパクパクと口を動かしながら天井を仰ぐ。その目は痛みと驚きで大きく見開かれている。
「見くびらないでもらいたい。こう見えても柔道四段だ。捜査官は魔法使いのオマケじゃない。魔法の使えないたかが殺し屋ごときを制圧するぐらい、わけないんだ」
本当は「たかが殺し屋ごとき」でも、「わけない」はずもないんだけど、先刻魔法使いじゃないと侮られたお返しに言ってやった。……ちょっと大人げなかったかな。
「「「「おおー」」」」
一同、万雷の拍手。
振り返るとアルペジオもミスターも竜崎係長も、大泉までもが口を縦に開けたまま、目を見開いて拍手喝采している。
いや、なんか、そこまでされると恥ずかしいんですけど……。
A国の魔法使いが冷静な状態であれば、こうはいかなかっただろう。頭から真っ二つとまではいかずとも、肩に大怪我を負うぐらいのことにはなっていたかもしれない。
身体を操作する技術というのは、当たり前のことのようでいて実はとても繊細だ。そのときの体調や感情によって大きく成否が左右される。
A国の魔法使いは怒りに任せて動いた。その分だけ動作が単純になった。それだけのことだ。手練れの殺し屋が上段に構えたコンバットナイフをただ振り下ろすなんてこと、普段なら絶対にしなかったはずだ。だから何人ものSPや反社会的勢力の連中が犠牲になったのだ。
怒りを誘い、その誘いにまんまとハマったA国の魔法使いは、その辺の横丁で飲んだくれている酔っ払いと大して変わらず、背負い投げ一本で制圧するのは難しくない。
まあ、かなり緊張はしたけれど、意外と肉体に沁みつかせた技というものは、いざという時でも同じ動作をしてくれるもののようだ。
とにもかくにも芸は身を助くと言うが、長年修練を重ねてきたおかげで文字通り命拾いした。
「あなたを逮捕します」
僕は宙を仰いだままのA国の魔法使いに、そっと手錠をかけた。手錠型のグリムロックではない。もはや魔法使いではなくなったこの男にはノーマルな手錠で充分だ。
「ご苦労だったな、風馬」
竜崎係長の年季の入った手のひらが僕の肩を優しくポンと叩く。
振り向くと、口元だけがわずかに微笑んでいるように見える。
「本当にもう、どうなることかとヒヤヒヤしましたよ。けど、捜査官殿は本当に武闘派だったんですねー。いやー、すごかったなぁ。目にも止まらぬ早業で殺し屋を一本背負いですもんねー」
「ほんまやで。わて、今後は一切、風馬はんの指示には逆らわんようにしまっさかい、背負い投げだけは勘弁してつかあさいや」
なんで最後だけ広島弁なの?
いや、もう今更ミスターの方言をツッコんでも仕方ないんだけど。
「こいつは危険だ! すぐに死刑にしろ!!」
正気(?)を取り戻した大泉が、我に返ったように再びごね始める。
ああ、せっかく万事解決めでたしめでたしの雰囲気だったのに台無しだ。
相変わらず外務大臣の権威を振りかざしながら、竜崎係長に向かって唾を飛ばして喚き散らしている。
そんな大泉をどうどうと暴れ馬を御するようにたしなめるのかと思いきや、僕の腰に装備していたもう一つの手錠を「借りるぞ」と言って、大泉の両腕にかけた。その手錠は、A国の魔法使いには使わなかったグリムロック式のものだ。
「外務大臣・大泉一朗太。魔法不正利用の容疑で逮捕する」
あまりのことに動けずにいた大泉が、自分の身に何が起こったかをようやく理解し、我に返って暴れ出す。
「ふざけるなッ!! 証拠は!? 証拠はどこにある!?」
「あなたが過去に犯した罪はA国の魔法使いが喜んで洗いざらい話してくれるでしょう。それにあなたが個人的に護衛を雇ってくれたおかげで、どこに見られたくないものを隠してあるのか簡単にわかりました。騒ぎに乗じて地下の施設を拝見しましたが……あれはいけませんね。あれではもう言い逃れはできません」
言葉こそ丁寧だが、その口調も目つきも恫喝以外の何物でもなかった。
一体、地下に何があったというのか。
僕の頭の中には、大泉の操り人形として使い捨てにされた実の息子たちの遺体の山が浮かんだ。
観念した大泉は膝からガクリと崩れ、そのままうつ伏せになって震えるだけだった。
このあと自分にどんな審判が下るか想像がついているのだろう。しかし、この男には死刑ですら手ぬるいように思う。もし、地獄があるのなら閻魔大王にはそこのところよろしくお願いしたい。
それにしても……。
魔法犯罪捜査係係長・竜崎巌。我が上司ながら恐ろしい人だ。
今回の事件、竜崎係長にとっての獲物はA国の魔法使いではなく、外務大臣・大泉一朗太だったのだ。
大泉の魔法犯罪を追っていた竜崎係長は、A国の魔法使い襲来の危機を利用して、普段なら絶対に立ち入りは許されないであろう大泉外務大臣宅に入ることに成功した。係長自ら現場に来たのは、最初からこの事件を利用する腹積もりだったからだ。
いくら相手が大物政治家とはいえ、いくら大罪人を逮捕するためとはいえ、公安もSPも僕たちをも利用した竜崎係長。この人もまた、怪物の一人なのかもしれない。
しばらく経ってから応援に駆け付けた警察官が被疑者を連行していく。
戦時中のどさくさに紛れて人体実験を重ね、多くの人間を犠牲にしてまで永遠の命を手に入れようとした外務大臣・大泉一朗太。
人体実験の末に強制的に魔法使いにされ、大泉への復讐のために何人もの人間を殺した名も知れぬA国の魔法使い。
「本当の怪物は誰だったんでしょうね……」
別に答えがほしかったわけではない。だが、口に出さずにはいられなかった。
そんな僕を諭すような瞳でアルペジオが見つめてくる。
「怪物は、どこにでもいますよ。ここにも、ここにもね」
そう言って、アルペジオは自分の胸と、そして僕の胸に指を当てる。
怪物はどこにでもいる。
人間の心の闇が、怪物を産み出すのだ。
第2話『Monsters(怪物たち)』 了