キマイラ文庫

魔法捜査官

喜多山 浪漫

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目次

魔法捜査官

喜多山 浪漫

第3話

『Grimoire(魔導書)』<10>

 LV10以下の魔法で、平均LV10の魔法生命体(ゴーレム)を対処せねばならぬ悲観的な状況を何とか飲み込んだ僕たちは、本城・ローリングサンダー組と二手に分かれて、最初に魔力反応があった同じ2階にある図書室を目指すことにした。

 魔法使いたちのHP(体力)とMP(マジックポイント)は有限だ。そして使える魔法の種類も限定されている。毎度のことながら手足を縛られて、手持ちのカードだけで捜査に臨むことになる。

 僕たちは東側廊下から、本城たちは西側廊下から魔法生命体(ゴーレム)を処理しながら進むことにし、途中、逃げた生徒たちを発見したら、安全のために共に行動することに決めた。


 生徒を発見した場合、小学2年生の子供を引き連れながら移動することになる。ローリングサンダーは「遠足じゃあるまいし」と文句たらたらだったが、だからと言って子供たちをその場に置き去りにするわけにもいかないこともわかっているので、それ以上は何も言わなかった。口は悪いが物分かりが悪い子ではないらしい。

 しかし、ローリングサンダーの言いたいことはよくわかる。正直言って、子供たちを引き連れながら、その安全を確保しつつ捜査するなんて、どうしようもない無理ゲーだ。怖がって動けない子供もいるだろう。泣き出して魔法生命体(ゴーレム)を招き寄せてしまう子供だっているかもしれない。


 管制官には応援を要請したが、短く「善処する」という答えが返ってきただけだった。政治家なんかがよく使う「善処」という言葉にポジティブな印象はない。頑張ってみますよというポーズ、前向きに検討しますよという印象を与えるためだけに存在する台詞、それが「善処」だ。

 せめて早々に立ち去った所轄の刑事たちが子供を避難させる手伝いをしてくれると助かるのだが……。彼らとて命は惜しい。好き好んで魔法犯罪の現場に戻ってくるはずがない。期待するだけ無駄だ。


「おっと、捜査官殿。魔法生命体(ゴーレム)のご登場ですよ」


 アルペジオの視線の先に複数の魔法生命体(ゴーレム)を確認する。それは先程教室で戦ったものと類似しており、人間の身体の一部が巨大化して虫と融合した姿だ。カタツムリの殻と触覚を持つ腕。蜘蛛の足を生やした脳みそ。蛾の羽根で羽ばたく目玉。尺取り虫のような動きをしながら天井を這う腸。どれもこれも見事なまでにおぞましい。魔法生命体(ゴーレム)の姿は、それを生み出した術者の異常な精神状態なり深層心理なりを具現化しているのかもしれない。


「あちらさんはまだ我々に気づいていないようですが、どうしますか?」


「無視しましょう。ここは被疑者の確保を優先します」


 これは子供たちの安全を優先するための言い訳である。

 こう言っておけば、余計な魔法生命体(ゴーレム)との戦いを回避しても、管制官にご指導たまわることはない。僕たち魔法捜査官の最優先事項は、凶悪な魔法犯罪者の確保ないしは処分だ。魔法犯罪者>魔法生命体(ゴーレム)>子供、だなんて最低の優先順位だが、今回はそれを利用させてもらう。

 今にして思えば、教室に魔法生命体(ゴーレム)が出現ときも被疑者の確保を理由に子供たちを追えば良かったのだが経験の浅い僕は、とっさにその判断ができなかった。法の許容する範囲で国民の安心と安全を守るためには、僕自身もっともっと学ぶ必要がある。そして、時にはしたたかになる必要も。


 東側廊下で蠢く魔法生命体(ゴーレム)を回避するために、僕たちはそっと近くにあった教室の扉を開く。戦闘を避けたことに対する管制官からのクレーム……いや指示はない。僕らの意図なんてお見通しだろうが「被疑者の確保を優先」と宣言しているため、それを阻むことはできない。阻んでしまえば、管制官自身が法を犯すことになるからだ。


「良い手だと思います。さすが、捜査官殿」


 アルペジオはニコニコ顔で評価してくれたが、僕は「え? なんのことですか」と、すっとぼけた顔で答えておく。この会話は管制官だって聞いているのだから不用意な発言はできない。


 ガタッ。


 突然の物音に身体がびくりと反応し、すぐさま警戒態勢を取る。普段はゆるめのアルペジオの表情も今は緊張の面持ちだ。物音がした先には掃除用具をしまってあるロッカーがあった。

 僕とアルペジオはうなずき合うと、ゆっくりゆっくりとロッカーへ近づく。

 ロッカーの中にいるのが子供であってほしいが、そうとは限らない。魔法生命体(ゴーレム)が飛び出してくる可能性だってある。


「聞こえるかい? もし聞こえているなら、そっと2回扉を叩いて。安心して大丈夫。僕たちは、さっきのおまわりさんだよ。ほら、ここに魔法使いのお兄さんもいる」


 僕の言葉を証明するように、アルペジオがなるべく優しい笑顔でひらひらと手を振ってみせる。


 コン。

 コン。


 かすかだが、確かにロッカーからノックが返ってきた。

 よかった。中にいるのは子供だ。


「いいかい。今からロッカーを開けるよ。怖いオバケはここにはいないけど、静かにね。音を立てたり、声を上げちゃダメだよ?」


 諭すように極力優しい声で伝えるも、僕自身緊張していて声がこわばっているのがわかる。

 まったく。しっかりしろ、僕。

 震える手を押さえながら、音が鳴らないようにそっとロッカーを開ける。

 そこには小さい身体を更に小さくしながらお互いをかばい合うように手を握っている2人の少年がいた。こんな狭い密室でどれだけ不安だったことか。それでも息を潜ませ、互いの手を握り締め、じっと助けが来るのを待っていた幼い彼らの勇気には心打たれるものがあった。

 僕は思わず、彼らの手を取って引き寄せると、震える小さな身体をギュッと抱き締めた。その震えが少しずつ緩やかになり、冷え切っていた身体は次第に温かさを取り戻していくのがわかる。


「捜査官殿。後ろをご覧になってください」


 アルペジオの優しい声に振り向くと、そこには恐る恐る教壇から顔を覗かせる少女が1人、カーテンの中に隠れていた少年が1人、教師用の机の下に潜り込んでいた少年少女合わせて3人が、みんなこちらを見ている。

 無事だった子供たちの顔を見て、安堵する。幸いにして静かにさえしていれば、魔法生命体(ゴーレム)が器用に扉を開けて教室内に侵入してくるようなことはなかったようだ。であれば、音さえ立てなければ教室はある意味、安全地帯と言える。この分なら、他の子供たちも無事である可能性が高い。このまま時間が経過し、子供たちの精神が限界に達して教室を出たり、叫びだしたりする前に救い出せば、全員無事に生きて家族の待つ家へ帰らせてあげることだってできる。


「他のお友達は? この教室にいるのはキミたちだけかい?」


 僕が静かな声で問いかけると、子供たちが黙ってうなずく。

 となると、他の教室には今も震えながら助けを待っている子供たちがいるはずだ。

 ならば目的地である図書室までの道のりを、何とか言い訳をしながら、隈無く捜索しておきたい。

 しかし、予想していたことではあるが、合計7人の子供たちを引き連れての捜索となると、やはり厳しいものがある。魔法生命体(ゴーレム)に発見されやすくなるし、戦闘に巻き込んで怪我をさせてしまう恐れだってある。今後、救出した子供が増えるほど、危険が増すだなんて、やはりこれはとんでもない無理ゲーだ。


「捜査官殿。あれ……」


 悲観している僕の肩を叩き、アルペジオが窓の外を指さす。

 どんな状況下でも飄々としていたアルペジオが口を開けて驚いた表情を隠そうともしない。


「あ……」


 目にした光景に思わず驚嘆の声が漏れる。教室内の子供たちもみんな窓の外の光景に目を見開いている。

 窓の外には、見覚えのある男の姿があった。一言も交わさずに事件現場から早々に去った所轄の刑事だ。見ると、消防車の梯子を学園の敷地の外から渡して、この教室――2年生の教室のある2階にたどりついたことがわかる。

 所轄の刑事が教室の窓を指さす。その意味を理解した僕は急いで、しかしあくまで静かに窓を開けた。彼は何も言わなかったが、目には決意の色が浮かんでいる。彼の行動が懲戒免職すら覚悟で子供の命を優先した結果なのか、それとも「善処する」と言っていた轟管制官が本当に善処してくれたのか、それはわからない。わからないけど、そんなことはどうでもいい。子供たちを外に逃がすことができる。それだけで充分だ。


 僕は念のためにオラクルを使って、教室にいた子供たちの魔力反応を一人ひとり検査する。検査の結果、被疑者候補から外れた子供から順番にアルペジオが抱きかかえ、窓の外にいる刑事に託していく。事件現場で出会ったときの彼は、酷い目つきでアルペジオを見ていたが、今はアルペジオと連携して必死に汗をかきながら救助活動にあたっている。

 僕は思った。

 これが本来あるべき姿だと。

 僕は思った。

 なぜ、この姿を当たり前にできないのかと。


 最後の子供を刑事に託すと、彼は子供を抱きかかえたまま、僕たちに敬礼した。

 僕とアルペジオも、黙って敬礼した。

 子供の命を救うのに本庁も所轄も関係ない。刑事も捜査官も魔法使いも関係ない。

 それは差別も偏見もなく、同じ警察官として一つになれた初めての瞬間だった。