キマイラ文庫

魔法捜査官

喜多山 浪漫

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目次

魔法捜査官

喜多山 浪漫

第3話

『Grimoire(魔導書)』<4>

 現場の確認を済ませた僕たちは、事件の目撃者である2年B組の生徒たちが集まる別の教室へ向かった。

 校内で凶悪事件が発生したとあって、学校側は速やかに生徒すべてを帰宅させる判断をした。ゆえに校内に残っているのは2年B組の生徒たちだけだ。帰宅した生徒の中に被疑者がいるかもしれないのに、とも思ったが、通報を受けて駆けつけた所轄警察にしてみれば政財界の大物の子息令嬢が通う名門校の判断に口を挟む余地がないのも理解できる。

 まあ、起きてしまったことは仕方がない。生徒たちの身元はわかっているのだ。まずは目撃者の生徒たちからの聞き取り調査を優先しよう。


 2年B組の生徒たちが待機している教室へ移動しながら、僕は犯人像に思いを巡らせた。

 あの異常という言葉では足りないほど変形した教師の遺体。あそこまでしなくても人は死ぬことぐらい誰だってわかる。わかっていて、あそこまでやった。そう考えるべきだ。

 教師への怨恨か。それとも万能感や優越感から弄んだのか。どちらにしても真っ当な相手ではない。あの変形した遺体が示す通り、いびつな性格の持ち主であることがわかる。

 また、被疑者が学校関係者であるのなら、これまで鳳凰学園周辺地域で他にも魔法犯罪が起きていてもおかしくない。その点については現在管制官が情報を集めているところだ。しかし、たとえ、そんな事案があったとしても、すでに風評を嫌った学校側にもみ消されている可能性がある。

 調査の結果、これまで学園周辺で魔法犯罪が起きていない場合、被疑者が魔法を使えることをずっとひた隠しにしてきたか、あるいは最近になって突然魔力に目覚めての凶行か。となると――


「捜査官殿。到着しましたよ」


 アルペジオの声が僕を現実に引き戻す。

 思考を深く巡らせていたため、危うく目的地の教室を通り過ぎるところだった。

 僕はプロファイリングを中断し、2年B組の生徒たちが集められている教室の扉を開けた。

 教室に入ると、隅っこのほうで小さくなって固まっている少年少女たちがいた。2年B組の生徒、全30名だ。教室に入ってきた僕たちを見て怯えた表情する子供。怖がってこちらを見ようともしない子供。反応は様々だが恐怖に怯えているという一点で共通している。


 事前に得た情報だと担当教師は授業中に突然苦しみ出し、生徒たちの前であのような姿に変形してしまったそうだ。人間が生きたまま、あらぬ方向に身体を捻じ曲げていく姿を目撃したのだ。怖くないわけがない。怯えて当然だ。かわいそうに。この事件は彼らの心に一生癒えない傷として残るだろう。

 せめて早く身分を明かしてこの子たちを安心させてあげたい。

 できるだけ子供たちに近い目線で話すために膝を曲げてかがみながら、努めて笑顔で話しかける。


「みんな、こんにちは。僕たちは警視庁から来た刑事だよ。事件を解決するために協力してくれるかな? みんなの話を聞かせてほしいんだ」


 しかし、刑事と聞いても反応は変わらず。むしろますます子供たちが身を寄せ合って警戒心を強めたような気がする。ついでに、背後からは「ちっ」というローリングサンダーの舌打ちも聞こえた。

 一拍置いて、おずおずと一人の少女が進み出てきた。恐怖のためか小刻みに身体を震わせているが、黒縁眼鏡の奥には意志の強そうな瞳が輝いている。


「け、警察手帳……」


「え?」


「警察手帳を見せてください」


 驚いた。この状況下で警察を名乗る大人に対して、身分証明書を見せろとは、なかなか勇気のある子供だ。左の胸についている名札を見ると、ひらながなで「さえぐさ ちり」と書いてある。このちりちゃんは学級委員として普段からクラスのまとめ役をしているのかもしれない。その役目から進み出たのだとしたら大した責任感だ。日々責任逃れに勤しむ世の大人たちに見せて差し上げたい。


「はい、これ。警察手帳だよ」


 僕は勇気ある少女の希望通り、バッジと証明写真が見やすいように警察手帳を開いた。少女はさらに進み出て、警察手帳に貼られた証明写真と僕の顔とを何度も見比べる。


「所属は?」


「はい……?」


「所属は?」


 普通、小学2年生の子供が刑事に対して所属まで聞くか?

 しっかりした子だなぁという第一印象を通り越して、尋問を受けている気分になってくる。

 だが、問われた以上、答えないわけにはいかない。犯罪者相手の駆け引きならともかく、子供たちに嘘をついたり適当に誤魔化したりする警察官の姿など見せられない。


「警視庁刑事部捜査一課……魔法犯罪捜査係だよ」


 魔法に対する悪評は誰もが知るところであり、それは子供たちも同様である。そのことが頭にあったため、つい言い淀んでしまった。


「魔法犯罪だって」

「魔法警察だ」

「やだ怖い」

「もう帰りたいよぉ」

「パパ、ママ……」


 僕たちが魔法捜査官だとわかると、子供たちが一斉にざわめく。恐怖に加え、警戒の色を帯びてゆくのがありありと見て取れる。

 魔法は世間から危険なもの、異常なものとして極度に忌避されている。当然のように子供たちにとっても魔法は恐怖の対象なのだ。だから彼らの反応は、親からも教師からもマスメディアからも魔法の危険性を徹底的に刷り込まれて育ってきた日本の子供たちの、至極自然な反応だと言える。

 ただ、目の前の黒縁眼鏡の少女だけは驚いた表情をしているだけで、他の子供たちのような警戒の色は見えない。聞いたはいいが、あまりに意外な答えが返ってきたため、警戒よりも驚きが勝っているのかもしれない。


「ったく、めんどくせえなぁ。おい、チビども。いいから死んだセンコーのことで何か知ってるやつがいたら出てきやがれ」


 一連のやり取りに業を煮やしたローリングサンダーが首をカクカク揺らしながら子供たちを睨みつけながら命じる。

 おいおい、相手は小学2年生だぞ? ただでさえ怯えている子供たちにその格好でその態度は逆効果だってわかるだろ。

 見た目に反して少しは頭が切れるかと思ったが前言撤回だ。ローリングサンダーへの評価をただのヤンキー娘に下方修正しておく。

 当のローリングサンダーは、すっかり頑なになって口を閉ざした2年B組の生徒たちを一瞥して、「ちっ。これだからガキは嫌いなんだよ」と吐き捨てる。

 いや、全面的にキミが悪いんだけどね。

 しかし、困った。これでは子供たちから事情聴取できそうもない。隣にいる本城に視線を送って助けを求めてみるが、本城は「ダメだこりゃ」とでも言わんばかりに首を振って両手で万歳するだけだった。


「はーい、皆さん。ちゅうもーく」


 場違いに明るい声が教室内に響き渡る。

 見ると、アルペジオが子供たちに近寄ってニコニコしている。そして、両の手のひらを合わせて、中に小さなボールが一つ入る程度の空洞を作ってみせる。


「さーて、この中から何が出て来るかな~?」


 まるで教育番組の歌のお兄さんのようなさわやかな笑顔で子供たちに問いかけると、子供たちの警戒心が次第に興味に変わっていく。


「むむむむ……にににに……ぬぬぬぬ……」


 両の手のひらで作った空洞の中に念力を込めるようなそぶりを見せるアルペジオ。そのひょうきんな表情を見て、子供たちの何人かがクスクスと笑い声を漏らす。子供たちの笑顔を見たのは、この学校に到着して以来はじめてのことだ。なんだか僕までつられて表情を崩してしまう。


「ポンッ!!」


 パッと花を咲かせるようにして、アルペジオが両の手を開いて見せる。すると中から、あら不思議。小さなタンポポの花が登場する。それを見た子供たちがワッと歓声を上げる。

 魔法使いアルペジオは、たちまちに警戒心を解いた子供たちの人気者となった。「うわー、すごい!」「もっとやって、もっとやって」とねだる子供たちのリクエストに応えて、アルペジオは黄色い花を咲かせたタンポポを綿毛に変えて、ふぅと種を飛ばせてみたり、懐から小鳥を取り出してみせたりと、重苦しい空気の教室を楽しいマジックショーの舞台に変えてしまった。子供たちはキャッキャッと喜びの声を上げ、笑顔を見せ合っている。まさにイリュージョン。思わず拍手を送りたくなる。


「あ、捜査官殿。ちなみに、これはただの手品です。魔法ではありませんので管制官の許可はいりませんよ」


 と僕のほうに振り向いて、今更ながら説明を付け加え、ニコリと笑う。

 グリムロックでアルペジオの魔力は封印されている。だから魔法を使えるはずがない。そんなことはわかっている。だけど、僕は魔法だと思う。だって、こんなふうに子供たちを笑顔に変えたのだから。子供たちの魔法と魔法使いへのイメージがこれで少しでも良くなることを願いたい。

 子供たちの相手をしているアルペジオを感心して見ている本城と、ふてくされたような表情でそっぽを向いているローリングサンダー。僕は誇らしい気持ちになって、彼らに会心のドヤ顔をお見舞いした。

 どうだ、カッコイイだろう。僕の相棒は。