魔法捜査官

喜多山 浪漫

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目次

魔法捜査官

喜多山 浪漫

第1話

『Serial killer(連続殺人鬼)』<12>

 赤い瘴気を放つCODEレッドとはその後も何度か出くわした。

 あらかじめ、「そもそも怪物に見つからないように慎重に行動する」という方針を立てていたおかげで、怪物に気づかれずに戦闘を回避することができた。


 慎重に、慎重に。けれども、限られた時間の中、被疑者の手掛かりをつかむために丁寧に、丁寧に迷宮を探索していく。

 息苦しい。かつてこれほど間近に死を感じた経験はない。精神的疲労がじわりじわりと蓄積していくのがわかる。


「こんなときに聞くのもアレですが……。万が一にも、魔法使いが捜査官の命令に背いたり、暴走した場合、どうなるんですか?」


「ははは。それを私に聞きますか。面白い人ですね、捜査官殿は」


「自分でも馬鹿な質問だとは思います。でも、急な転属で取扱説明書も渡されずに必要最低限のことしかレクチャーされていないんです。このまま取り扱い方法を知らないまま武器を使用するよりも、多少の危険は承知の上で武器の扱い方をしっかり学んでおきたいと思いましてね」


「なるほど。捜査官殿は真面目で素直な方のようですね」


「自分でも馬鹿正直が過ぎると思うときもありますけど」


「ふふふ。いいでしょう。ご質問は要するに魔法使いが裏切った場合どうなるか、ですね。通常、我々魔法使いの言動はオラクルを通して常に管制官に監視されています。言動だけではなく、位置情報から心拍数、脳波まで徹底的にね。そして、私たち警視庁所属の魔法使いの首輪には小型の高性能爆弾が仕掛けられています」


「爆弾?」


「ええ。ですから、もし魔法使いに反逆の意志ありと管制官に判断されれば警告なしで容赦なく――Bomb!! ……この世とおさらばという寸法です」


 Bomb!!という爆発音に合わせてアルペジオが大げさにジェスチャーをしてみせる。

 寝ぐせと区別のつかないくせっ毛と丸眼鏡のせいで、命に関わる真剣な話をしているのに間抜けな道化師にしか見えない。これが僕を油断させるための演技だとしたら大した役者だ。


 ……ん? ちょっと待てよ。

 魔法使いはオラクルを通して管制官に厳重に監視されているのはよくわかった。なら、今この非現実的な迷宮の中でオラクルが使えないのは、とてつもなく危険な状況にあるのではないか。

 わずか2時間のタイムリミット。

 回復手段がない中での迷宮の探索。

 少しでも判断を誤れば即、死に至る怪物どもとの戦い。

 これだけでも相当難易度が高いのに、魔法使いがいつ裏切っても対抗手段がないという、とんでもない条件まで加わってしまった。こんなの完全に無理ゲーじゃないか。


「おや? 顔色が優れませんよ、捜査官殿。ふふふ、どうやら気づかれたようですね。そう、私は今、自由の身というわけです」


 ニヤリと不敵に笑うアルペジオ。

 しかし、前歯が欠けていて、まったく緊迫感がない。


「ぷっ」


 我慢できずに思わず吹き出してしまう。


「この状況下で笑うだなんて……。捜査官殿はよほど腹が座っておられるか、サイコパスかのどちらかですね」


 やれやれと呆れた様子で両手を上げるアルペジオからは殺意のさの字も感じない。

 魔法使いである彼は当然、ダイブする前からオラクルが使えないことを知っていた。ここに至るまでの間、僕を殺そうと思えば、いつでも殺せたはずだ。

 しかし、彼はそうしなかった。不慣れな僕の指示に文句一つ言わず、従順に魔法使いとしての役割を果たした。そして、今もこうして彼にとって都合のよくない事実まで包み隠さずに教えてくれている。


 このとき僕は自分の身の危険を感じるよりも、こんな限られた、しかも危険な状況下でしか自由を味わえない魔法使いへの同情と、法と世間の魔法使いへの扱いに憤りを覚えた。

 果たして、魔法使いは本当に怪物なのだろうか。

 魔法を命の危険から身を守るための盾として使うか、自らの欲望を満たすための凶器として使うかは、使用者の道徳心に依存するものであり、魔法そのものを悪と断じるかのような世間の風潮には疑問を禁じ得ない。目の前にいる、このちょっと間抜けな魔法使いのアルペジオを見ている限りでは……。