魔法捜査官
喜多山 浪漫
第2話
『Monsters(怪物たち)』<5>
銃声と悲鳴に一時的にでも混乱したのは僕だけだったようで、竜崎係長は速やかにオラクルで管制官と連絡を取り合って対処にあたる。アルペジオもミスターも落ち着き払った様子で指示を待っている。
うーん。このあたりはさすがだと感心するしかない。
「管制官に連絡。警護対象(マルタイ)の安全確保を最優先したい。魔法使いミスターによる魔法防御の使用を申請する」
「了解しました。外務大臣・大泉一朗太の安全確保を最優先。使用者・魔法使いミスター。魔法使用制限解除LV23。防御魔法『アンチマジックシールド』の使用を許可します」
おいおい。
やけにあっさりとLV23を許可してくれるじゃないか。僕のときは大違いだ。これは僕と係長との階級の差によるものなのか?
……いや、違うな。
竜崎係長は警部で轟管制官は警視だから階級におもねる必要はない。ということは純粋に能力と実績による信頼度の差か。仕方ないとはいえ、ちょっと悔しい。
「竜崎さん。一応確認しておきますが、この騒ぎが陽動である可能性は?」
「ない」
アルペジオの的確な質問に対して竜崎係長が迷いなく断言する。
A国の魔法使いの目的は日本政府の要人暗殺のはずだ。その政府要人に優先順位を付けるならば、優先順位第一位は(実際の政治権力はともかくとして表向きには)内閣総理大臣である。その内閣総理大臣を差し置いて、この騒ぎが陽動ではなく大泉外務大臣がターゲットであると断言する根拠は一体……?
「何をボーっとしている、風馬」
「あ、はい。魔法使用制限解除LV23。防御魔法『アンチマジックシールド』を使用。魔法使いミスターのグリムロックを解除します」
魔法使いのミスターのグリムロックが解除されるのを見て、大泉外務大臣が目をむいて騒ぎ始める。「ワシは魔法の世話になどならんぞ!」と強気の姿勢で竜崎係長に食って掛かる。
「このままではA国の魔法使いの格好の餌食になりますが、それでもよろしいのですか?」
竜崎係長の言葉に大泉外務大臣が忌々しそうな表情で押し黙る。
「これは極秘ルートからの情報なのですが、A国の魔法使いはどうやら私怨によって外務大臣の命を狙っているようです」
「んなっ!!?」
なるほど。先程、竜崎係長が確信をもってこの騒ぎが陽動ではないと断じたのは、独自に情報をつかんでいたからか。わざわざ竜崎係長が総理のところではなく、大泉外務大臣の警護にあたったのも、新米の僕を気遣って(あるいは頼りなくて)同行してくれたわけではなく、最初からターゲットがわかっていたからだったのだ。
敵を騙すにはまず味方からとは言うものの、僕たちにも情報を秘匿するのは果たしていかがなものだろうか。
そんな僕の胸中などお構いなしに竜崎係長は、たじろぐ大泉外務大臣を見下ろしながら続ける。
「不思議ですなぁ。脱・魔法社会を公約に掲げていらっしゃる外務大臣がA国の魔法使いに恨みを買うような個人的なつながりがあったなどと、万が一にもマスコミに知られるようなことがあったら、はてさてどうなることやら」
「貴様ぁ……! ワシを脅す気か!?」
「いえ、とんでもありません。私はただ外務大臣の安全確保を最優先したいだけです」
竜崎係長のなかば脅しに近い説得に、大泉外務大臣は苦虫を何十匹も嚙み潰したような表情でそっぽを向いてしまった。どうやら役者が違うようだ。
沈黙する大泉外務大臣の態度を承諾と受け取ったのだろう。竜崎係長はミスターのほうを見て顎で指示をする。
ミスターが目を閉じて何やらブツブツと呪文を唱えると、大泉外務大臣の周囲にぼんやりと輝く半透明の光が展開された。
「これは……」
「珍しいでっか、風馬はん? わての防御魔法は効果範囲こそ狭いけど、魔法による攻撃に対しては絶対的な防御力を誇りまんねん」
誇らしげに鼻の穴を膨らませて胸を張るミスター。
なるほど。敵の攻撃を完全に弾く魔法か。ロクに相手の正体もわからない状況下での戦いにおいて、これほど心強いものはない。
「よし。警護対象(マルタイ)の安全はひとまず確保できた。風馬よ。魔法使いアルペジオと魔法使いミスターをともない、殺し屋を迎撃しろ。日本の魔法使いの力を見せてやれ。これ以上、諸外国の連中にナメられてたまるか」
「Sir, Yes, Sir!!」
なぜか流暢な英語で竜崎係長に最敬礼するミスター。
この人、本職は軍人なんじゃないのか?
「ははは。相変わらずの武闘派ですね、竜崎さんは」
まるで旧知の仲かのようにアルペジオと竜崎係長が視線をかわす。
竜崎係長の言葉に、魔法犯罪捜査係に配属されてまだ日の浅い僕でさえ、奮い立つものを覚える。魔法使いを嫌悪し差別する人々に、魔法使いがどれだけ治安を守ることに貢献しているのか見せてやりたい。そんな想いに駆られる。
けど、こんなことを口にしようものなら即座に危険思想の持ち主として轟響子女史が上層部に報告し、公安の監視対象になるんだろうな……。
いや、もしかすると魔法犯罪捜査係に配属された時点で、すでに監視下にあるのかもしれない。無事に帰宅できたら、部屋の中に隠しカメラと盗聴器が設置されていないか、確認してみよう。