魔法捜査官

喜多山 浪漫

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目次

魔法捜査官

喜多山 浪漫

第1話

『Serial killer(連続殺人鬼)』<7>

「な、何ですか、これは!? 僕に魔法をかけたんですか!?」


 目の前の非現実的な風景に思わず声を荒げてしまう。

 そんな僕の動揺は気にも留めず、アルペジオが解説を始める。


「はい。もっと正確に言うと、捜査官殿と私の脳を被害者の脳とリンクさせたのです。ここは彼女の記憶の世界……とでも言えばわかりやすいでしょうか」


 は?

 脳と脳をリンク?

 記憶の世界だって?

 いやいや、漫画じゃあるまいし、いくら魔法でもそんなこと――


「可能です。魔法ならね」


 疑念が表情に出ていたせいか、僕の心を見透かしたように断言するアルペジオ。

 何とか反論したいところだが、こうして非現実な現実を突きつけられてしまっては反論の余地がない。

 魔法を使って遺体の記憶を読み取ることは、あらかじめ聞かされていたから知識としては知っていた。しかし、それは被害者が見た光景を、防犯カメラを再生するように映像として映し出すだけだろうと楽観的に考えていた。いや、楽観的と言ってもこの凄惨な遺体が最期に見た光景なのだから相応の覚悟はしていた。

 だけど、これは――

 僕自身が被害者の記憶の世界に入り込んで捜査するなんて、想定外にも程がある。


「捜査官殿と私の肉体は今も遺体安置所にあります。ご安心を」


 戸惑いを隠せない僕を気遣うようにアルペジオが補足する。


「いやいやいや。全然安心できないんですけど」


 僕とアルペジオの肉体は、遺体安置所にある被害者の遺体の前にあるという話だが、意識を失ったまま立っているのだろうか?

 傍らにいる被害者の父はその様子を見て、どう思うのか。佐藤家の主のように攻撃的な態度ではなかったとはいえ、魔法および魔法使いへの憎しみは少なからずあるに違いない。僕らの意識がないところで蹴りの一つや二つ入れられても不思議はない。


「あの、ダイブを使用している間、我々はかなり無防備なのでは……?」


「あ、やっぱり気づいちゃいました? はい、ダイブ中に本体を攻撃されたら防ぎようがありません。包丁なんかで急所を刺されたりしたら一発アウトですね。あはははは」


 あはははは、じぇねーよ。

 全然安心できないじゃないか。

 けれども、仕方ない。これも捜査だ。他に被害者の無念を晴らす方法がないのだったら、危険を承知でこの魔法に賭けるしかない。


 それにしても、改めて思い知らされるのは魔法の恐ろしさだ。

 魔法の危険性とは、何も銃器や爆発物が持つような殺傷能力だけを指すのではない。魔法の存在そのものが人類にとって、世界にとって、危険極まりないことはこのたったLV5のダイブという魔法一つ取ってみてもよくわかった。

 今回は犯罪捜査のために被害者の記憶の世界にダイブしたわけだが、これが犯罪捜査ではなく別の目的で、例えば遺体ではなく生きている人間を対象におこなわれた場合、果たしてどうなるのか。他人の記憶を無断で自由自在に覗き見することができる魔法を、悪用したがる反社会的勢力はごまんといるだろう。法整備がされていなかった時代には、魔法がいかなる手段として使われてきたか。想像に難くない。


 そんな魔法とこれからも付き合っていかなきゃならないわけか。早くも先が思いやられる。被害者の脳にアクセスして捜査だなんて理解がまったく追いつかない。僕は魔法犯罪捜査係の捜査官としてやっていけるのだろうか。


「魔法を頭で理解しようしても無理ですよ、捜査官殿。何せ、魔法の原理はいまだに解明されていなのですから」


 そう。アルペジオの言う通り、魔法の原理は現在も解き明かされていない。いくら科学が進歩しても、それをあざ笑うかのように魔法の存在が横たわっているのだ。


「ささ、捜査官殿。難しいことは考えずに捜査を開始しましょう」


「捜査……」


 そうだ。いつまでも戸惑っているわけにはいかない。アルペジオは魔法使いとしての仕事をした。僕も捜査官としての仕事をしなければ。

 とはいえ、見渡す限り現実離れした異世界の風景が広がっている。これをどこからどう捜査すればいいのやら皆目見当がつかない。

 頼りない魔法使いと二人きりで、とても安全とは言い難い、自らの意志では脱出することの叶わぬ場所に放り込まれた事実を認識させられる。

 ふと見ると、手は恐怖に震え、緊張で汗がにじんでいる。


「この記憶の世界には必ず被疑者の居場所を突き止めるためのヒントがあるはずです。被害者の記憶が時間経過によって失われてしまう前に、そのヒントを何としても手に入れるのです」


 落ち着いた優しい声。しかし、そこからはアルペジオの確固たる信念のようなものを感じる。その信念が果たして警察官としての使命感から来るものなのか、それとも被害者の無念を晴らすための正義感なのか。少なくとも、ただの飄々とした優男というわけではなさそうだ。

 僕もいつまでも立ち尽くしているわけにはいかない。ここがいかなる場所だろうと、相手が何者だろうと、事件解決のために行動しなければ。

 僕は警察官なのだから――