キマイラ文庫

魔法捜査官

喜多山 浪漫

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目次

魔法捜査官

喜多山 浪漫

第3話

『Grimoire(魔導書)』<12>

「おっせーよ、新米」


 図書室に着くなり、ローリングサンダーからの罵声が飛んでくる。

 一瞬、僕たちの顔を見て安堵したような表情を見せたような気もするが、おそらく気のせいだろう。


「ったく、グズグズしやがって。どこで道草食ってたんだ、ああん?」


 まったく、この不良娘ときたら年上に対する礼儀がまるでなっていない。

 僕たちの苦労も知らずに言いたい放題のローリングサンダーにムッとするも、ここで怒るのは大人げない。僕は情報共有も兼ねて、2階での捜査で7人の子供を救出したこと。そのあとCODEデスに遭遇したため3階へ移動し、そこで4人の子供を救出したこと。最後にCODEレッドが生まれる過程を目撃したことと、急いで図書室で合流しようと移動する途中にも更に3人の子供を救出したことを伝えた。


「な、なかなかやるじゃねえか」


 僕の報告を聞いたローリングサンダーは賞賛なのか負け惜しみなのか区別のつきにくい表情でそっぽを向いた。こういう表情を見ると年相応のちょっと生意気、けれども可愛い女の子と言えなくもないし、本城がツンデレと評したくなる気持ちもわからないでもない。


「さすがっすね、先輩」


 その後の本城の報告により、彼らが2階西側廊下で8人の子供が救出したことがわかった。これで2年B組の生徒30名のうち、22名の安全が確保されたことになる。

 報告する本城の口調は少し興奮気味で、所轄の刑事たちが協力してくれたことに驚きを隠せない様子だった。僕より経験豊富な本城にとっても、他部署との連携は異例というか奇跡の出来事だったのようだ。


「ふふん。轟の姉御が手を回してくれたんだろうよ。なあ、姉御?」


 過去に何があったか知らないが、どうやらローリングサンダーは轟響子管制官に一目置いているようだ。なぜか我が事のように誇らしげに、僕にドヤ顔を向けてくる。


「ふふ、さあね」


 管制官が冗談めかして、とぼけてみせる。

 どうだ、本城?

 これが本物のツンデレというものだぞ。

 それはともかく、管制官のおかげで風馬・アルペジオ組が計14名、本城・ローリングサンダー組が計8名の生徒の救出に成功し、大半の子供をこの地獄から生還させることができた。完璧とは言えないまでも、最悪の状況下で悪くない成果を上げていると言えるだろう。

 さて、ここからが問題だ。

 残り8名の生徒を探さなければならない。その中には担任教師を虐殺した被疑者もいる。

 僕たちに求められているのは、悪くない成果ではなく、完璧な成果だ。完璧な成果とは被疑者の確保ないしは処分。そして被害者をこれ以上一人も出さないことだ。それを果たせれば魔法犯罪捜査係、ひいては所属する魔法使いへの偏見と差別を軽減できるかもしれない。


「管制官。この図書室で魔力反応をキャッチしたという話でしたよね。今も魔力反応はありますか?」


「ええ。南東の方角にある書架付近から微弱な魔力反応を捉えている。被疑者の可能性もあるから、本城・ローリングサンダー組と連携して必ず確保して」


 確保か。さすがの鉄の女も、いくら凶悪魔法犯罪者とはいえ小学生を相手に「処分」と口にするのは抵抗があるらしい。それは大いに同感なのだが、確保するのは口で言うほど簡単ではない。相手は担任教師を玩具のように壊してしまう残虐非道な魔法使いだ。素手で猛獣を捕えろと言われているのに等しい。

 とはいえ、これも任務だ。命令を受けたからには、やってのけるしかない。

 改めて、図書室を見渡す。

 それなりの広さがあるとはいえ、幼いながらも異常者と言って差し支えのない被疑者と同じ空間にいるのは正直ぞっとする。相手は息をひそめて身を隠しているようだが、僕たちが図書室に入ってきたことには当然感づいているだろうし、会話の内容も聞かれたと考えるのが妥当だ。

 被疑者はまだ小学生。さすがにLV99ということはないにせよ、その凶悪さは連続殺人鬼(シリアルキラー)・時任暗児に匹敵するものとして警戒すべきだ。

 僕と本城はアイコンタクトをかわし、南東の位置を目指す。いつどこから何が飛び出してきてもいいように、全方位に向けて警戒網を張り巡らせる。ピンと張り詰めた緊張感。額に薄っすらと汗が浮かび上がるのがわかる。


 図書室の南東に位置する書架を一つ、また一つと、本城組と二手に分かれて挟み撃ちするように確認作業をしていく。相手の位置を正確に把握していないため、一つ一つの確認作業するしかないのだが、目視確認する瞬間の緊張のピークと、何もなかったときの緊張の緩和の波が激しく、どうにも心臓に悪い。

 そして、残されたのは最南東にある書架。この先に被疑者、あるいは魔力反応を持つ何者かが潜んでいることが確定した。

 アルペジオもローリングサンダーも、いつでも魔法を発動できるように態勢を整えてある。

 僕と本城は覚悟を決めると、呼吸を合わせて一気に最後の書架のほうへと飛び出した。

 すると、そこには――