魔法捜査官

喜多山 浪漫

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魔法捜査官

喜多山 浪漫

第2話

『Monsters(怪物たち)』<3>

 警護対象の要人宅へ向かう車内。その空気は重苦しく息苦しい。

 僕は心を落ち着けるために、車に乗り込む前に竜崎係長から受けたブリーフィングの内容を頭の中で整理することにした。


 今回の任務の概要はこうだ。

 A国から殺し屋が入国した。ただの殺し屋ではない。魔法使いである。

 公安部の情報では、日本政府の要人暗殺が目的らしいが詳しいことは掴めていない。すなわち、警護を担当する日本警察としては暗殺のターゲットになりそうな要人すべてが警護対象となる。

 ただの殺し屋ならともかく、相手が魔法使いとなればその対策にも魔法使いが必要になる。しかし、警視庁に所属する魔法使いの数は限られている。魔法犯罪に対抗できるほどの魔力を有する魔法使いを抱え込むのは体内に時限爆弾を仕掛けるようなものだと考えている警察上層部は、必要最低限の人員になるようにコントールしながら運用しているため魔法犯罪捜査係は常時慢性的な魔法使い不足にあるらしい。


 殺し屋はA国大使館の外交官として入国したと推測される。外交官として入国したからには警察としては手の出しようがない。事は政治の領域に及ぶ。

 魔法使いは銃や爆弾を持ち込む必要がない。人を殺すのも身体一つあれば事足りる。だからと言って普通に入国しようとしても必ず入国管理局で阻まれる。なぜなら出入国のゲートには魔力を感知する高感度のセンサーが複数備え付けられているからだ。このセンサーに引っ掛かって初めて自分に魔力があることが判明し、首輪のお世話になる羽目になった民間人もいるぐらいだから精度も高い。


 日本国は銃火器や麻薬などの禁制品の他にも魔力を持つ人間の出入国を固く禁止している。

 出国を禁じる理由は、魔法使いによるハイジャック、あるいは外国での犯罪を防ぐため。さらに付け加えるなら、魔法使いが亡命した場合に将来の日本の脅威となるからだ。

 入国を禁じる理由は、ただでさえ危険な魔法使いを、一人たりとも国内に入れたくないという恐れを多分に含んだ世論の強固な意思によるものである。


 日本は先の大戦で敗北した。

 戦勝国たる諸外国は、戦後日本に対して徹底して戦争の罪と魔法の危険性を植え付けた。

 もともと日本では古来より魔法が盛んに用いられ、神道・陰陽道・密教など流派は異なれど、それぞれが独自の魔法体系を築き上げ、発展を遂げてきた。そのおかげでアジアの小さな島国であるにもかかわらず、欧米の列強諸国に植民地支配されることなく、神代の御代から独立を保ってきたのである。

 先の大戦においても、日本の優秀な魔法使いたちが欧米列強の植民地支配と人種差別から逃れるために命を懸けて戦った。最終的には、連合国軍による数の暴力と核兵器の前に敗北を余儀なくされたが、日本の魔法使いたちに散々煮え湯を飲まされた諸外国は、再び日本を魔法大国にしてはなるまいと、ありとあらゆる手段を講じた。

 GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)が真っ先におこなったのは、政府高官、軍指導者の他にもハイレベルな魔法使いをA級戦犯として処刑することだった。魔法使いたちには一切指揮権がなかったというのに大量虐殺をおこなった戦争犯罪者として、ことごとくヒステリックなまでに該当者を洗い出して処刑台に送った。世に言う東京魔法裁判である。


 脅威となる魔法使いたちを始末したGHQは、次なる策として徹底的に日本国民に刷り込み教育をおこなった。

 「魔法は悪しきもの」

 「魔法は危険なもの」

 「日本が魔法を軍事利用したから戦争が起こった」

 戦後日本の教科書は、GHQの徹底的な管理下で改訂された。この刷り込み教育は洗脳と言い換えてもいいほど苛烈なもので、現在も日本国内にはびこる魔法に対する差別意識の根源となっている。


 学校教育だけではない。

 GHQは日本のマスメディアを統制下に置き、徹底的に情報のコントロールを行い、日本人に「敗戦国」と「戦争犯罪者」という罪の意識を刷り込んだ。俗に言うプレスコードとWGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)である。

 不思議なことに日本が主権を回復した後も報道機関は一生懸命この刷り込みを継続している。GHQ解体後も日本復活を望まない勢力に買収でもされているのだろうか。「ペンは剣よりも強し」と言うが、ペンは金には弱いのかもしれない。


 戦後、日本は東洋の奇跡といわれるほどの経済的発展により復興し、先進国の仲間入りを果たしたものの、このような歴史的背景があったために、こと魔法に関しては戦後教育の影響により、保守的どころか過剰なアレルギー反応を示す魔法後進国となって現在に至る。

 アメリカ・ロシア・中国・イギリス・フランスの国連常任理事国5ヶ国すべてが魔法をエネルギー資源と称し、軍事利用を含むあらゆる分野で活用するとともに核兵器に代わるクリーンな大量破壊兵器として外交・安全保障に利用している現状をもってしても、いまだに日本が魔法後進国の地位に甘んじているという事実は、戦後の日本教育がGHQの完璧なコントロール下で醸成された結果と言える。


 この事実から目を背けるかのように、日本国憲法は平和憲法であり憲法9条さえ守られていれば戦争は起きない、他国も攻めてこない、と真顔で発言する政治家や有識者と呼ばれる方々が少なからずいるのだから重症だ。憲法とは国家を縛るためのものであり、他国による侵略を防いでくれるものではないというのに……。無知とは恐ろしい。いや、恐るべきはその無知を意図的に作り出した連中か。

 嗚呼、戦後は続くよ、どこまでも。

 ともあれ、そんなわけで見事に魔法後進国に仕立て上げられ、魔法に対して極度のアレルギー反応を持つ我が国に、魔力を持つ者が出入国するのは事実上不可能になのである。


 しかし、これは表向きの話だ。

 実際には公然と魔法使いが大手を振って出入りできるルートが存在する。これがまた日本という国の悲しいところだ。密入国は、ほぼ完璧と言っていいほど不可能な状態なのだが、外交ルートを使われると、まったく手出しができない。

 「遺憾の意」を最終兵器とする日本の弱腰外交は、先進国のみならず発展途上国の間でも有名であり、外交官の身分を持っている外国人の出入国は完全にスルー。身分証を見せるだけで入国手続きをパスできてしまう。

 さらには与野党議員の中にはハニートラップだかマネートラップだかに引っ掛かり、領土問題を抱える隣国とズブズブの関係にある売国奴がそれなりの数がいると言うのだから、一体全体この国はどうなっているのだろうか。


 このような背景を持つ日本という国は、日本人として生まれ日本に住んでいる魔法使いにとってはこの上なく住み心地の悪い国であり、外国の魔法使いが諜報活動・破壊工作をおこなうのには、これほど楽な国はないと冷笑されているのが実情だ。諸外国から「スパイ天国」と揶揄される所以である。

 そんな状況下で、今回、僕たち魔法犯罪捜査係は公安部からの要請を受け、A国の魔法使いから要人を警護することになったのだ。


「公安部もまだA国の魔法使いの正体をつかめていない。念のために捜査官1名、魔法使い2名の体制で万全を期す」


 そう言って竜崎係長はブリーフィングを締めくくった。

 魔法犯罪捜査係に招集された捜査官と魔法使いたちは神妙な面持ちをしている。公安部からの要人警護要請となれば、状況によっては自分の肉体を盾にせねばならないことがわかっているからだろう。


「一つよろしいでしょうか、竜崎さん」


 緊張感漂う室内に、のんびりとしたアルペジオの声が響く。

 竜崎係長は厳めしい表情でアルペジオのほうを見ただけだったが、それを勝手に了承と受け止めたアルペジオが質問を続ける。


「要人たちが狙われるという情報はどこから入手されたのですか?」


「公安とて無能ではない。A国大使館にも協力者はいる」


「その協力者が二重スパイである可能性は?」


 竜崎係長はアルペジオの最後の質問には答えず、捜査官と魔法使いたちに出動を命じた。係長が二重スパイの可能性を想定しているのかどうか、表情を見る限り、何も読み取れない。この職業、ポーカーフェイスは強みではあるが、この人が笑っている姿をまったく想像できない。

 ともあれ、ブリーフィングを終えて出動を命じられた捜査官は速やかに魔法使いたちとチームを組成し、あらかじめ振り分けられていた要人の警護へと向かった。


 新米の僕まで要人警護という重要な任務を命じられたのは前回の事件で成果を上げたからだと思いたいが、単純に捜査官不足による苦肉の策というのが実際のところだろう。そうじゃなきゃ、ついこの間まで魔法のまの字も知らなかった僕に、日本政治の頂点に立つ要人の命運を左右しかねない任務を与えるはずがない。

 猟奇的な連続殺人鬼(シリアルキラー)を追う捜査とはまるで質が違うものの、やれやれ今回もハードな任務になりそうだ……。