魔法捜査官
喜多山 浪漫
第2話
『Monsters(怪物たち)』<6>
大泉外務大臣宅の正門に駆け付けた僕たちを待っていたのは、見るも無残な光景だった。
おびただしい量の血と肉片。かろうじて原形を残した屍にまみれた現場は、かつての新宿ニルヴァナイト猟奇通り魔事件を彷彿とさせる。
むせ返るような濃厚な血の臭いに胃液が逆流する。かろうじて嘔吐するのをこらえたのは意地だった。
何に対する意地か? 魔法使いに頼らないと窮地を乗り越えられないくせに、この期に及んでも魔法を否定する大泉外務大臣に対する意地。そしてオラクルの向こうで、こちらの様子をモニターしているであろう轟響子女史に対する意地だ。彼らに弱気なところを見せたくない。絶対に。
霧となった血が風に舞う中、一人の男がたたずんでいる。明らかに普通じゃない。連続殺人鬼(シリアルキラー)・時任暗児と同類の危険な獣の気配が漂っている。
アジア人……?
A国と言えば、中近東に位置する紛争が絶えない小国だ。しかし、目の前にいる男はアジア人、それも目鼻立ちと雰囲気からして日本人に見える。
「捜査官から管制官に連絡。A国の殺し屋と思われる人物を目視確認しました。魔法使いアルペジオおよび魔法使いミスターの魔法の使用を許可願います」
「管制官から捜査官に連絡。さきほどまで存在した強大な魔力反応が消滅」
「は? 魔力反応が消滅?」
「これは……どういうことなの?」
冷静沈着、冷酷無比の管制官が珍しく戸惑っている。あの鉄の女が動揺するなんて、意外だ。だが、それを笑って楽しんでいられる状況ではない。
これはもしかしなくても、かなりマズいことが起きているのではないか……?
「捜査官殿。おそらく、あの魔法使いは何らかの方法で自身の持てる魔力のすべてを放出して魔法を発動させたのだと思います。代償として魔法使いとしての能力を完全に捨てることになり、二度と魔法を行使することができなくなる可能性が高い。しかし、その恩恵として一切魔力を感知されずに済みます。一見、イチかバチかの特攻作戦に見えますが、これは……なかなか考えたものですね」
「それにどうやらあの魔法使い、わてら日本の魔法使いが魔法を使用するのにマニュアルに沿った手続きが必要なことも熟知しとるみたいですなぁ」
二人の魔法使いが、のん気に感心しながら懇切丁寧に解説してくれる。
くぐり抜けてきた修羅場の数が為せる業なのか。とてもそんなにのんびりしていられる状況じゃなかろうに。
それにしてもすべての魔力を放出して魔法を発動させるとは。ターゲットを暗殺するためなら自らの武器をも投げ出す捨て身の作戦というわけか。何やらただならぬ覚悟を感じる。
「捜査官から管制官に連絡! 聞いての通り、相手の魔法使いは、こちらの事情を逆手に取ってきています。至急、魔法使いアルペジオおよび魔法使いミスターの魔法の使用を許可願います。魔法使用制限は無し! 最大レベルでの対応を具申します!」
逸る気持ちを抑えつつ、祈るような気持ちで進言する。
敵の戦力が不明である以上、持てる最大戦力で臨むのが鉄則だ。
「管制官から捜査官に連絡。魔力が感知できない以上、魔法の使用は許可できない」
「はぁ!? 何ですって!!? そんな馬鹿な!!」
嘆く僕のあざ笑うようにA国の魔法使いが口を開く。
「くくく……。愚かな警察の犬どもめ」
流暢な日本語……。
やはり日本人なのか? それならそれで新たな疑問が湧く。なぜ日本人がA国の殺し屋となり、日本政府の要人の暗殺をしようとするのか。
「これからお前たちが目の当たりにするのは、死者たちの怨念だ。想像を絶する痛みと恐怖と苦しみの果てに死んでいった哀れな者たちの怨念が、この屋敷にいる人間すべてを喰らい尽くすことだろう」
予言めいた不吉なセリフ。返り血のせいで人相がはっきりとはしないが、おそらく笑っているのだろう。男の言葉に呼応するように、地面から禍々しいドクロのような形のオーラが浮かび上がっていく。
怨念――
男の言葉通り、まるで死者の怨念が姿を現したかのようだ。
その怨念がじわりじわりと僕たちに向かって迫って来る。
「捜査官から管制官に連絡!! 早く魔法の使用許可を!!」
僕は悲鳴に近い声をオラクルに向かって叩きつける。
「……魔力が検知できない以上、マニュアルに従って管制官の判断に基づき、最低限の魔法の使用のみを許可する。使用者・魔法使いアルペジオ。使用者・魔法使いミスター。魔法使用制限解除LV……5」
「5!? LV5って! いくらなんでも5はないでしょう、5は! 僕たちに死ねって言うんですか!!?」
「……規則は、規則よ」
「そんな馬鹿な!!」
オラクルを殴りかからん勢いで叫ぶ僕の腕を、二人の魔法使いがつかんで諫めようとする。
「まあまあ、風馬はん。いつものことでっさかい、そう熱うならんと」
「そうそう。一応、これでも警察官らしいのでルールは守らないと。ね?」
「何を悠長な……。このままじゃ殺されてしまいますよ!?」
目の前に死の危険が迫っているというのに、この魔法使いたちの神経は一体どうなっているのだ?
もしも命のやり取りを楽しんでいるのだとしたら、この人たちは世間が言うように、やはり怪物なのだろう。
「くははははははは。馬鹿なやつらだ。警察の犬になったことを後悔しながら死ぬがいい」
じわりじわりと迫ってきた怨念が、獲物に食らいつく猛獣のように突如大口を開けて襲い掛かってくる。
そして一瞬にして視界が奪われ、僕たちは暗闇の虜囚となった。