魔法捜査官
喜多山 浪漫
第4話
『Nightmare(悪夢)』<10>
精神干渉系魔法の波状攻撃が終わり、僕たちは何とも形容しがたい重苦しい空気の中、ダンジョンのように入り組んだ幽霊屋敷の中を当てもなく彷徨っていた。
鏑木大和がこの洋館の住所を送りつけてきたのは、僕たちに過去の真実を見せるためだったのか。だとしたら、もう目的は果たされた。これ以上、この幽霊屋敷に用はない。
だが、過去を見せるだけだったら、わざわざこの洋館に地雷式の精神干渉系魔法を仕掛けるような手間をかけずとも他にも方法はあったはずだ。B国資本の企業が所有する洋館を指定したからには、他にも何か理由があるに違いない。
そんなことを考えながら当てどもなく迷宮のような洋館内を捜査しているうちに、何やら形容しがたい異臭が漂ってきた。
「くせえな……。ミスター、てめえか?」
「わてが屁ぇこいたとでも言いまんのか? そら、ひどい言いがかりでんなぁ」
進むにつれて臭いがひどくなっていく。それに耳障りな異音も聞こえてくる。
やがて僕たちは吹き抜けになっている大きなホールにたどり着いた。ちょっとしたパーティーぐらいなら開けそうな広さがある。
そこには高さ3メートルはあろうかという山のような影があった。ここまで来ると異臭は耐え難いものになり、異音は無数の蠅の羽音であることがわかった。山はピクリとも動かない。巨大な魔法生命体(ゴーレム)というわけでもなさそうだ。
嫌な予感がしつつも、フラッシュライトで照らしてみると――
死体。
死体。
死体。
山のような影はおびただしい数の人間の遺体だった。その数、十や二十どころの騒ぎではない。男。女。子供。老人。無差別に殺害された人間の遺体。
殺害されたと断定できるのは、獣の類による外傷ではなく、鋭利な刃物によって切断された形跡があるからだ。どの遺体も損壊が著しく、頭部がない者までいる。生々しい傷口には大量の蛆虫が湧き、もぞもぞと蠢いているのがわかる。
ひどい異臭と光景にローリングサンダーがたまらずその場で嘔吐する。僕も必死で堪えようとしたが我慢できずに膝を折ってローリングサンダーに続く。ミスターは白いハンカチを口に当てながら脂汗を浮かべている。
「彼らはまだこんなことを続けているのか……!」
怒りを露わにしたのはアルペジオだった。
しつこく押し寄せる吐き気を戦いながら、アルペジオを見上げて尋ねる。
「か、彼らとは……?」
「先の大戦中、B国では非人道的な魔法実験がおこなわれたという噂が絶えませんでした。自国他国を問わず反抗的な人物を収監し、魔導書(グリモワール)や薬物で強制的に魔法使いを作り上げる人体実験です」
「じゃあ、この遺体は……?」
「B国の工作員に誘拐された日本人の亡骸でしょう」
「そ、そんな……」
そんな暴挙がこの日本で、しかも都内の住宅街でおこなわれていたとは信じがたい。
しかし、現在、日本における行方不明者の数は年間8万人を超える。届け出の後に所在確認された数85%。死亡確認された数5%。残りの10%……つまり年間8,000人もの人間が行方知れずのままなのだ。その中に人知れず拉致され、人体実験の犠牲になっている国民がいないとは言い切れない。
吐く物をすべて吐いても収まらない吐き気を堪えながら遺体の山の周囲を捜査する。
板張りの床には巨大な魔法陣のような模様が施されてある。アルペジオによると、強制覚醒の魔法を発動するための儀式の痕跡だという。そこかしこに散らばっているB国語で書かれた書類やメモからもB国の人間の関与は明白だった。
僕はオラクルを取り出して、轟管制官に報告をした。
「そう……。それが鏑木のメッセージだったのね。何かあるとは思っていたけど……とんでもないものを押し付けてくれたものね」
ため息まじりに管制官がこぼす。管制室で頭を抱えている姿が目に浮かぶ。
「管制官。これから僕たちはどうすればよろしいですか?」
「あなたたちの任務はこれで終了よ。ここからは極めて敏感な外交問題になる。上に指示を仰ぐから現場には触れず、そのまま帰還しなさい」
「……了解しました」
B国関係者による日本人大量虐殺の証拠はつかんだ。しかし、事が事だけにここから先は日本政府主体の外交問題として扱われることになるだろう。
常に弱腰な姿勢を貫く政府のことはまるで信用できないが、だからと言って僕たちにどうにかできる問題でもない。せめてこの事件が隠蔽されることなく、世間につまびらかされることを願うしかない。
僕は積み上げられた遺体の山に向かって手を合わせる。続いてアルペジオたちも黙ったまま祈りを捧げた。
「それでは、帰還しましょう」
僕が伝えると三人の魔法使いは安堵したように頷いた。こんな地獄のような場所から早く立ち去りたいという気持ちは、彼らも同じようだ。
早く外の空気を味わいたい。何だったら缶コーヒーの一本でも飲んで一息つきたい気分だ。
しかし、このとき僕たちはまだ知らなかった。
本当の地獄が始まるのは、これからだということを――