魔法捜査官
喜多山 浪漫
第4話
『Nightmare(悪夢)』<3>
まだ陽は沈んでいないはずなのに、古びた洋館の中は薄暗い闇に包まれていた。行く先を照らすのは手持ちのフラッシュライト。魔法で周囲を照らすことも可能だが、MP(マジックポイント)には限りがあるため、あらかじめ装備してきたのだ。
洋館の中は埃っぽく、かび臭い。何かが腐ったような匂いや、すえた匂いも混じっている。長年誰も使っていなかったのかと思えば、廊下には人の出入りの痕跡があちこちに残っている。
竜崎係長の話では、この洋館、出るという噂だ。
何が出るのか?
そりゃあ、もちろん幽霊だ。
そんないわくつきの洋館をなぜ捜査する羽目になったかというと――
事の発端は、指名手配中の魔法犯罪者・鏑木大和から届いた一通の電子メールだった。
件名も本文もなく、この洋館の住所だけが記載されていた。
ここを調べろ、ここへ行け、というメッセージであることは明白だ。
問題はそのメールの発信元で、何と刑事部長のPCから発信されたものだった。その気になれば、いつでも警視庁に潜入できるんだぞと挑発しているのだろう。
日頃から魔法嫌いを隠そうともしない当の刑事部長は、まんまとその挑発に乗って怒り心頭。刑事部長はすぐさま竜崎係長を呼びつけて、ただちに鏑木を逮捕せよとの命令を下した。
今のところ鏑木に関する手掛かりは、メールに記されていた住所に佇むこの洋館のみ。
相手は、世界のあちこちで何人もの要人や悪党を殺害してきた魔法犯罪者だ。どんな罠が待ち受けているかわからない。そこで竜崎係長の判断によって、アルペジオ、ミスター、ローリングサンダーの三名の魔法使いを伴って現地を捜査することと相成ったわけだ。
現地にたどり着いた僕たちが目にしたのは、閑静な住宅街の中でひと際目立つ古びた洋館。近隣の住民たちが幽霊屋敷と噂するのも頷ける外観だった。
門には魔法による封印が施されており、部外者が侵入できないようになっていた。この時点で、洋館がただの建築物ではないことが確定した。
ミスターの魔法で門の封印を解除。続いてアルペジオの魔法で洋館内を索敵すると、案の定、複数の魔法生命体(ゴーレム)の存在が確認できた。
館内に潜む魔法生命体(ゴーレム)との戦闘を想定し、すみやかに管制官・轟響子女史に魔法の使用制限の上方修正を申請。館内の魔法生命体(ゴーレム)の平均レベルから算定し、LV30までの魔法の使用が認められた。
言うまでもなく平均レベルが30ということは、LV30以上の魔法生命体(ゴーレム)も存在するわけで、そいつらと遭遇した暁には漏れなく全力で逃走することになる。
私立鳳凰学園の事件でも平均レベルが採用されて苦労したというのに、今回も同じ措置となった。先の事件で轟管制官の姪っ子を救った好感度ポイントは加算されず、どうやらあのとき彼女が宣言した通り、今後の任務に一切手心を加えないという言葉は僕の聞き違いではなかったらしい。
そんな経緯で僕たちは目下、幽霊が出るという噂の洋館の中を当てもなく捜査中なのである。
すでに何度か魔法生命体(ゴーレム)と遭遇したが、これがまた心臓に悪い。フラッシュライトのみを頼りに、いわく付きの館内を探索するのは肝試しさながらであり、そこには幽霊こそ出ないまでも異様な姿をした魔法生命体(ゴーレム)が飛び出してくるわけだから、遊園地のお化け屋敷なんて目じゃないぐらいの怖さなのだ。
魔法素人の僕にとっては、お化けも魔法生命体(ゴーレム)も同じように見えるので区別がつかない。だから、はっきり言ってしまうと、メチャクチャ怖いのだ。独りぼっちだったら、悲鳴を上げながら引き返している自信がある。というか、そもそも館内に一歩たりとも入らなかっただろう。何とかかんとか何食わぬ顔をして捜査を続けられているのは、僕以外にも頼れる仲間が三人いるからに他ならない。
「魔法犯罪の捜査って、捜査官1名に対して魔法使い1名が原則でしたよね?」
怖さを紛らわすために隣にいるアルペジオに話しかけてみる。極力、声が震えていることを悟られないように。
「原則はそうです。しかし、捜査官不足が深刻な現在、そうも言っていられません。魔法使いを単独で野放しにするのは絶対NGだとしても、捜査官1名に対して魔法使いを複数名配備するのはやむを得ない措置として上層部は黙認しているようです」
捜査官不足、か。
この国の魔法と魔法使いに対する差別意識の強さから、魔法犯罪捜査係の捜査官のなり手は極めて少ない。その上、本城の殉職があったばかりだから誰も志願しないだろう。異動命令が下った瞬間に辞職する者さえいるに違いない。
あ、そうか。
……今更ながら僕にも辞職するという選択があったのだと気づく。
「ただ、それだけじゃないでしょうね」
アルペジオが何やら含みのある言い回しで続ける。
「……というと?」
「魔法犯罪捜査係には他にも捜査官がいますが、彼らは今も原則通りに捜査官1名、魔法使い1名の体制を変えていません。つまり、捜査官殿は特別扱いされているのですよ」
特別扱い……。
あまり嬉しくない特別だ。
しかし、こうして薄気味悪い洋館の中を捜査するのに魔法使い三人を引き連れているのが安心材料になっていることは事実だ。ここは特別扱いとやらに感謝しておくべきだろうか。
「竜崎係長と、それから絶対に口には出さないでしょうけど轟管制官も、捜査官殿の能力を高く評価しているという証左です。だから、複数の魔法使いを指揮するに耐えうると判断した。そして事実、捜査官殿はこれまで複数の魔法使いを指揮して事件を解決に導くことに成功しています」
「うーん。過分な評価をいただいて嬉しいような、嬉しくないような……」
複雑な心境に頭を悩ませているところに、ローリングサンダーがなぜか嬉しそうにバンバンと背中を叩いてくる。痛い。
「ま、そういうこった。頼りにしてるぜ、ダーリン」
「ダ、ダーリンんん?」
「うん。竜崎係長は旦那様。アンタはダーリン。へへ、いいだろ?」
何がいいんだ? 全然よくねえよ。
「風馬はーん。あの竜崎係長を相手どっての三角関係とは、あんさんも好き者……もとい、なかなかの剛の者でおまんなー」
ミスターが薄暗い闇の中で白い歯をむき出しにしてニヤニヤと笑う。
「いやはや、すでにそこまでの関係にステップアップしていたとは。まさに疾風迅雷。目にも止まらぬ早業ですな。しかし、捜査官殿。魔法使いローリングサンダーは未成年ですぞ。くれぐれも取り扱いにはご注意を……」
と、笑顔でアルペジオが人差し指を立てながら忠告してくるが、目が1ミリも笑っていなくて怖い。
「そ、そんな……アルペジオさんまで、やめてくださいよ」
畳みかけるようにポケットにしまってあるオラクルからも管制官の声が響く
「ついこの前、警告したけど捜査官と魔法使いの恋愛は禁止よ。この件は上に報告しておくわ」
嗚呼、もう……。
いっそ早く天変地異が起きて、世界が滅びないものだろうか……?